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2012年5月8日

渡邊芳之先生ynabe39の「「他人が自分を批判する自由」を尊重しないと(自分自身の)言論の自由も将来的に縮小される」

言論の自由とは与えられるものでなくネゴシエーションの結果としての「状態」である by 渡邊芳之
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渡邊芳之 @ynabe39

無責任な言動や自由の濫用の「結果」として言論の自由が狭められるというのはまったくその通りなのだけれど,それを防ぐために事前に無責任な言動や自由の濫用を制度的に規制しようとすると「結果」はほとんど同じことになってしまう。

2012-05-08 07:32:13
渡邊芳之 @ynabe39

言論の自由というのは「その行使者が無責任な言動や自由の濫用を自制する」というある種の性善論の上に成り立っているのだと思う。ただその性善論と「自由のための規制」の中間に「さまざまな折衷的な状態」があり得るのだろうとも思う。「言論の自浄作用」などといわれるようなことがその例。

2012-05-08 07:34:59
渡邊芳之 @ynabe39

自分たちの言論の自由を守るために無責任な言動や自由の濫用を批判する,ということは原理的には正当だと思う。ただそうした「自発的な自浄作用」と「自浄作用の名を借りた実質的な規制」との境目はとても不明確だ。

2012-05-08 07:37:21
渡邊芳之 @ynabe39

そもそもそこでいう「自分たち」や当事者性の範囲が定まらないような場合。「業界による自主規制」みたいなものは多くの場合それだろう。

2012-05-08 07:38:38
渡邊芳之 @ynabe39

言論の自由とは与えられるものでなくネゴシエーションの結果としての「状態」であると私が以前言ったのはそういう意味です。RT @chihirobelmo: …中間点というより、「言論の自由」がある言論を批判する自由も含んでいるが故に自浄作用が発生しているように思います。

2012-05-08 07:41:23
渡邊芳之 @ynabe39

「自浄作用」の本質は相互批判だから「他人が自分を批判する自由」を尊重しないと(自分自身の)言論の自由も将来的に縮小される,というのはその通りだと思う。

2012-05-08 07:44:00
渡邊芳之 @ynabe39

もちろん性善論というのにも「根源的で理由のない性善」と「そのほうが適応的だから(進化的にあるいは個体の学習によって)選択される性善」とがあるとは思う。相互批判や自浄作用の存在は後者の性善を促進するだろう。

2012-05-08 07:47:14
渡邊芳之 @ynabe39

個人的なネゴシエーションだという意味ではそうです。 RT @orixbraves: 学がなくて恐縮ですが、昔からあるご近所付き合いとにたようなものでしようか?

2012-05-08 08:13:21
渡邊芳之 @ynabe39

これは心理学も同じ。放送大学のテキストは平均点が高いと思う。

2012-05-08 08:30:29
渡邊芳之 @ynabe39

そのように当事者が「だから再稼働を進めろ」と主張することはまったく正当だと思います。 RT @mykuma: 補足すると生活環境悪化の脅威がなぜ“殺される”に繋がるかというと、もし医療行為が中断した場合、確実に命が縮むのです。

2012-05-08 10:41:24
渡邊芳之 @ynabe39

「自分の生命のために原発を止めろ」というのと「自分の生命のために原発を再稼働しろ」というのはそれぞれまったく正当でそれを主張すること自体を批判する理由はなにもない。主張される利益とその対立が明確であればネゴシエーションが可能になる。

2012-05-08 10:43:28
渡邊芳之 @ynabe39

しかし「(自分ではない)○○のために原発を止めろ」と「(自分ではない)○○のために原発を再稼働しろ」だと主張されている利益とその対立はかなり不明確になるからネゴシエーションも難しい。

2012-05-08 10:45:34
渡邊芳之 @ynabe39

対立軸がもっと不明確なのは「自分の生命のために原発を止めろ」と「(自分ではない)○○のために原発を再稼働しろ」の場合だ。

2012-05-08 10:47:05
渡邊芳之 @ynabe39

まさにそれが「ポジション」であり対立なんですよ。同じことをセノさんとまったく逆の立場の人だって言えるわけです。セノさんがそれに同意しないだけで。 RT @ceno_sougou: 「それも一理あるけどこっちには百理ぐらいあるんだぜ」

2012-05-08 10:49:23
渡邊芳之 @ynabe39

「可能性の話」になっていくと徐々に「止めろという人の恐れる可能性」との比較になってしまいます。 RT @mykuma: さらに補足。病院は停電しない、といってもどこまでもという保証はないでしょう。そして通う交通手段がなくなったらアウト。薬剤の供給がストップしてもアウトです。

2012-05-08 10:53:38
渡邊芳之 @ynabe39

それはほんとうにそう思います。 RT @Asailuck: むしろ我々は対立軸を可能な限り不明瞭にし、私益と私益の間のネゴシエーションを避ける作法を躾けられてきたように思えてなりません。

2012-05-08 10:59:35
渡邊芳之 @ynabe39

そのネゴシエーション自体を恐れて相手を否定するだけだったり,判断を行政や法律などに任せようとする傾向が強いように見えるのが気になるんです。 RT @ceno_sougou: まさにまさに。 双方が相手の“正当”性を認めあって初めてネゴシエーションが生まれる。

2012-05-08 11:01:20
渡邊芳之 @ynabe39

結局どちらかが100%正しくどちらかが100%間違っているということはないんだから対立している利益を明確に切り分けて現実的な「痛み分け」を考えなくちゃいけないのに「そもそも何の利益がどう対立しているのか」が見えないからそれができない。

2012-05-08 11:03:56
渡邊芳之 @ynabe39

なにかの基準から見て「間違っている人」であってもそういう人が社会に一定数いるならその人たちを排除することはできないのだから「そういう人が一定数いることを前提にどうやって同意を作るか」を考えるしかない。

2012-05-08 11:06:47
渡邊芳之 @ynabe39

いくら創造論が科学的に否定されたところで創造論者が30%いる社会で創造論を禁止したりその人たちが政治や経済に影響を与えることを禁止したりできるわけではない。

2012-05-08 11:09:29
渡邊芳之 @ynabe39

これまで何人かの人がこの問題について「あなたが言うような対立などない」「議論などない」ということを私に言ってきた。そういう「対立があることを前提にしたネゴシエーションを拒否する姿勢」みたいなものがとても気になる。

2012-05-08 11:21:48

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