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デリダ、ドゥルーズ、その他の現代思想

フランス現代思想関連ツイートのメモ置き場。7部構成。→ ①デリダ、ベケット、②バタイユ、レヴィナス、③ラカン、④アリストテレス、デリダ、⑤プラトン、ドゥルーズ、⑥フーコー、⑦ニーチェ、ハイデガー、デリダ
人文 デリダ 哲学 現代思想 精神分析 フーコー レヴィナス ラカン バタイユ ドゥルーズ
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1 スパコン、デリダとベケット

宮崎(@parages)氏のツイートに端を発する2日間のツイート。スパコンの話、デレク・アトリッジのデリダインタビューの話には別のラインのツイートもありましたが、ここではデリダの「ありえたかもしれない」ベケット論の話に収斂させてまとめています。

yusuke miyazaki @parages
NHKスペシャルのスーパーコンピューター特集に視入ってしまった。全人生を網羅したビックデータの解析から永遠の生をもつ人格の生成という話があったが、ある哲学者の著作と言語環境を全部インプット・解析して仮想人格を生成させ、永遠に著作を書かせ続ければどうなるのかなどと夢想した。
yusuke miyazaki @parages
テクスト読解について言うと、ある読み手を尺度とすれば、必ず踏まえるべき「定跡」みたいなものがあり、実際それを組み合わせて論文を書いたりするが、デリダなら、ドゥルーズなら、こう読んだたろう、というような「テクスト」をスパコンでかなりの精度で近似的に再現することが可能かもしれない。
yusuke miyazaki @parages
とはいえ、どれほどスパコンの性能が上がっても、どこまで行っても「近似的」にとどまると思う。しかし正確な一致が問われない、ないし確かめようがない世界であれば、そもそもそんなことはどうでもよくなるのだろう。最終的には人格の精密な再現は、逆接的に人格性の価値そのものの消失に至るだろう。
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit
多かれ少なかれそうした手続きを我々もまた踏んでいるかもしれませんね。デリダを援用した岡室氏のベケット論を読みながらそう考えてました。RT @parages デリダなら、ドゥルーズなら、こう読んだたろう、というような「テクスト」をスパコンで…近似的に再現することが可能かもしれない。
yusuke miyazaki @parages
@HAYASHI_twit いま私の念頭にあるのは、かつてフーコー『知の考古学』とボルヘスの図書館から松浦寿輝が展開していたような言語の「熱死」状態なのですが(『官能の哲学』)言語分析を量から質的飛躍に導くスパコンの発展は「作者の死」を不可逆な形で実現するということなのでしょう。
ΙϚ΄ @monaca16
@parages その超えられなかったはずの近似性が人工知能の進化により劇的に打ち破られる時を技術的特異点と呼ぶようです。そして人類は永遠の生をついに自ら手に入れるという、なんとも薄気味悪くも多少プラトニックな話です。
yusuke miyazaki @parages
@monaca16 私はカントの反省的判断力の信奉者なので(苦笑)その「近似性」は構造的に絶対に打ち破られることはないと思ってますが、現実問題としては一致/不一致の判定が一定の認知限界を超えた場合「近似性」は実践的には解消しますよね。それはそれで考えるべきことはあると思ってます。
ΙϚ΄ @monaca16
@parages まさかそういう前提でお話されていたとは…となるとまずカントを復活させて直接聞いてみるのが一番の近道かもしれないですね笑。特異点(singularity)はしかしアメリカを中心に本気で実現しようと考えている人がいて、全く新しい倫理が必要かもしれません。
yusuke miyazaki @parages
@monaca16 なるほど(笑)スパコンでカントの人格を復活させることほど皮肉なことはないですね(笑)。とはいえ、人文学って、テクストを読み込み、著者の霊を乗り移らせるような憑霊術を自分で実践することでもあるので、なんとしてもスパコンのカントに負けないよう精進します(笑)
眼鏡パンダ @sacreconomie
デリダなら「スーパーコンピュータは読解をし損ねることがないが、読解は読解不可能性によってこそ可能である」と言うでしょう。と、デリダスーパーコンピュータが算出しました。
yusuke miyazaki @parages
デレク・アトリッジ氏来日中か。週末に講演会があったの今知った… 駒場でもセミナーがあった模様。自分みたいにデリダ経由で氏を知った人は珍しいのだろうけれど。Acts of Literature での氏によるデリダへのインタヴューは今も必読。http://t.co/ycr8ahyu
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit
デレク・アトリッジのデリダへのインタビューで個人的に興味深いのは、アトリッジがベケットの名前を出してデリダに質問していたところでした。RT @parages 「Acts of Literature での氏によるデリダへのインタヴューは今も必読。」
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit
デレク・アトリッジはデリダにこう質問していました。― In an interview you once (cont) http://t.co/5dmB4Ky9

In an interview you once mentioned Samuel Beckett along with other writers whose texts "make the limits of our language tremble:' As far as I'm aware, you've never written on Beckett: is this a future project, or are there reasons why you have observed this silence?

yusuke miyazaki @parages
@HAYASHI_twit そうですね。デリダにはまとまったベケット論がないので、アトリッジ氏が問い質している感じで面白いところですよね。ジョイスを論じるのであればベケットを論じてもおかしくはないのだけれども、ベケットは近すぎるからかえってダメなんだ、とデリダは言ってますね。
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit
@parages はい、そうなんです。そのデリダの返事が頭に残っていました。実は昨夜「デリダとスパコン」のテーマでツイートした際、岡室さんのベケット論の話を出しましたが、アトリッジのインタビューのことが頭の奥のほうにあった感じです。
yusuke miyazaki @parages
確かに、デリダとベケットの近さ、近いゆえにデリダには苦手と感じられたベケットとデリダとの近接性は奇妙なものであり、読者にとっては問いの対象になりえます。なぜジョイスやアルトーであって、ベケットではないのか。実際こんな本もあるほどです。http://t.co/6syVM2tC
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit
その本はタイトルだけで興味深いですね。スティーヴン・コナーという人もデリダを援用してベケットを論じていたり、日本の若手研究者でもそうした試みが少し出てきているようです。多かれ少なかれデリダの亡霊を憑依させて。RT @parages ベケットとデリダとの近接性は奇妙なものであり、
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit
ドゥルーズはベケットについて書き、デリダはブランショについて書きましたが、デリダの(ありえたかもしれない)ベケット論とは逆に、ドゥルーズのまとまったブランショ論というのも空想してみたくもなります(ちょっと想像しにくいですが)。
Yuji Nishiyama @yuji_nishiyama
ドゥルーズ、レヴィナス、デリダなどでベケット作品をまとめすぎた感もあるが、こんな著作も。Anthony Uhlmann, Beckett and Poststructuralism http://t.co/zMiWstOf
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コメント

Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit 2012年5月22日
まとめ更新しました。現在3部構成です。①ラカン「《盗まれた手紙》についてのセミネール」をめぐって/②アリストテレス『デ・アニマ』からデリダのナンシー論まで/③プラトンとドゥルーズ、狂気をめぐって
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit 2012年6月7日
「A:デリダとベケットをめぐって」の章を追加し、まとめを更新しました。
Shigeo Hayashi @HAYASHI_twit 2012年6月10日
まとめを定期更新しました。セクションB「愛撫の話からバタイユ、レヴィナスへ」を追加しています。
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