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錦織博 @nishiki_hiroshi
キャラクターに神経が行き届いている作品は心地良く楽しい。愛されているキャラクターを大事にして、愛情を込めて制作する。ただそれだけのことだけど、その為のやり方、方法論は実に様々。上手くいっている作品や現場を真似て得られるものでもない。だからこそグイグイと力強く作りたいものです。
錦織博 @nishiki_hiroshi
漫画や小説など、人気のある原作に登場するキャラクター達といえども、アニメの中で勝手に動き回ってくれる訳ではない。その為の舞台や展開を厳密に用意する必要がある。アニメの空間や時間はそれ程自由ではないからだ。それだけに、ある局面でフッとキャラクターが動き出した時の喜びはとても大きい。
錦織博 @nishiki_hiroshi
アニメの時間や空間は監督の自由にコントロール出来ると思われがちだが、キャラクター達は現実の時間に引きずられ、舞台となる空間に縛られてしまう。原作の読者は無意識に作中の時間を自在に操り、見たくない情報を切り捨てている。キャラクターの時間をどう作るかで印象は大きく変わってしまう。
錦織博 @nishiki_hiroshi
実際には、場面によって時間軸を伸ばしたり縮めたりしてはいるのだが、キャラクター達の持つ時間と一致させることは難しい。例えば、禁書1期の6話のインデックスの暴走シーンでは、設計よりも現実に近い仕上がりになってしまったために、違和感を感じた人も多いと思う。
錦織博 @nishiki_hiroshi
狭い場所で濃密な芝居を進行させるためには、実際よりも時間の流れを引き延ばす必要がある。方法としてはスローの多用、背景情報の省略、イメージカットの挿入、カットの繰り返しなどを用いて時間の流れを停滞させる。しかし、それらは周囲の描写や表現と離れていく問題が生じてしまう。
錦織博 @nishiki_hiroshi
出崎監督の作品での、3回PANやハーモニーなどの表現は、基本的にカットを繋がない演出に依って成り立っている。客観のカット、情感のカットを組み合わせるそのスタイルは独自のもので、通常の作品でそれらを真似てもパロディにしかならない。出崎作品で極端な撮影処理が成立する理由も同じことだ。
錦織博 @nishiki_hiroshi
アニメ監督によってカットの繋ぎ方、リアリティのレベルは様々だが、僕は作品やエピソードに応じて、表現を調整しつつ、違う方法も混入させる。少しでも原作の読後感に近づけるためにスタイルを固定し過ぎないようにしている。しかし、その意図が視聴者に伝わらない場合、違和感として映ってしまう。
錦織博 @nishiki_hiroshi
同じカットでも、レンズ設定や色合い、撮影効果によって意味や時間感覚をコントロールする事が出来る。演出はそれらを使い分ける事で時間の流れを自然に見せつつ、本来あり得ない現象を表現する。しかしそれらは微妙な違いであって、時間や空間を根本的に変化させられる訳ではない。
錦織博 @nishiki_hiroshi
従来、アニメ作品では想定した映画空間が成立するように、原作のディテールや展開を変更、調整させてきた。最近のアニメは原作の文章そのものに対抗し、表現のスタイルを変えることでそれぞれの「原作通り」に近い作品を作ろうとしている。この原作にしか当てはまらない表現を作るのが理想かもしれない

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