「磯野!面白い構造の天然物を見つけたんだ!ほら、これだ!4員環のスピロ縮環構造の側鎖、そして28員性の巨大なポリエーテル環だ!」
2012-05-21 23:33:00「ほら、これが合成ルートだ。俺の開発した環化反応がキーステップになってるんだ!すごいだろう?」 そう言って中島は自信満々に合成ルートを見せてきた。私から見てもエレガントだと思うほどのルートだった。しかし、今にして思う。あの時に中島を止められていたらと。
2012-05-21 23:38:34中島は確かに優秀な研究者だった。ドクター生にして、JACSに3報載るほどであった。彼には確かな実力があったが、挫折という経験がなかった。
2012-05-21 23:46:07ある報告会の日、中島の報告書にはdecomp.の文字が並んでいた。彼にとって、ここまでうまく行かないことは初めてであった。
2012-05-21 23:48:51その日以降、中島は彼の下に付いている院生や学部生を怒鳴り散らす姿が目立つようになった。一向に進まぬ全合成に、彼のプライドは傷つき、あまつさえ反応が進行しないのは部下のせいだと考えていたのだ。
2012-05-21 23:52:33私は見るに耐えかねて、中島の下の学生を異動させた。おそらくはこのまま中島と共倒れしてしまうだろうた思った末の、苦渋の決断であった。
2012-05-22 00:00:43そのことが、中島の逆鱗に触れてしまった。「なぜ俺を信用しない!俺が今までこの研究室にしてきた貢献はなんだ!?」 私は言い返せなかった。確かに彼の成果で、GCOEをとれ、研究費が増えたのだから。
2012-05-22 00:04:12日が経つにつれ、中島の顔には焦燥の色が浮かび、学生の間には疲労と、中島に対する怒りの顔色が伺えた。これ以上は大変なことになると思い、彼らに2週間の休暇を与えた。
2012-05-22 00:20:12「こんなにうまく行かないことは初めてだ。俺にセンスが無いってことを認めたくなかったんだ。だから学生にあたってしまった。すまないと思っている。」 酔った中島から聞けた言葉は、思いもよらなかったが、私が聞きたかった言葉そのものであった。
2012-05-22 00:27:48そして休みが明けた日。学生たちは公然と中島に反抗し始めた。このことは、すでにプライドが傷ついていた中島に追い打ちをかけた。自分が最も得意とする事がうまく行かず、さらに自らの部下に裏切られたのだ。
2012-05-22 00:32:22そしてある日の報告会で、全合成達成まであとワンステップという報告を、ここ一年ほど見たことないような笑顔で語る中嶋がいた。私もようやく中島が報われると思っていた。
2012-05-22 00:40:13だが、翌日の中島の顔は暗かった。理由を聞けば、脱保護ができず、続く環化反応ができないという。ここに来て、最後の一手が決まらないという状況であった。
2012-05-22 00:43:35そしてダメモトで仕込んだ、パラジウムによるベンジルの除去。原料すベてをつぎこんだ。そして、生成物のNMRチャートを呆然と見つめる中島の姿があった。彼は振り返りこう言った。「なぁ、メチレンシクロヘキサン基はどうやったら外れる?」
2012-05-22 00:49:37その翌日、割れたサンプル瓶を握りしめた中島の姿があった。彼に対して恨みをもっていた学生が、重要な合成中間体の入ったサンプル瓶を破壊し、内容物をメチャクチャにしていったのだ。
2012-05-22 00:54:53私はかける言葉が見つからなかった。「これも、自業自得かな!アハハハハハハ!!!」狂ったように笑い出す中島。そう、彼の心は完全に折れたのだ。
2012-05-22 00:57:20その日からラボに中島は来なかった。彼の自宅に行っても、人の気配は無かった。実家にもいない。やがて中島の捜索願いが出された。
2012-05-22 00:59:431週間後、中島は自宅から100kmも離れた公園で保護された。発見当初は奇声を発しながら街を徘徊していたという。かつての優秀な研究者が、異常者になってしまったのだ。
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