理由・因果・法則: ジョン・マクダウェル『心と世界』第四講義「理性と自然」注2&6

amazon:http://ow.ly/b3KRn 版元:http://ow.ly/b3L5y ■注2 「… ラッセルの指摘によれば、因果関係という考えは、自然科学の捉える世界の基本的構成原理の役割という点では、法則に基づく過程といった考えにとって代えられるべきである。それゆえ、理由の空間との正しい対比にあるのは原因の空間ではなく、本文にあるように法則の領界なのである。(…) 続きを読む
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縮限 @contractio

マクダウェること火の如し。 http://t.co/PnBBo5kr 第四講義へ。

2012-05-21 08:05:16
縮限 @contractio

マクダウェルの言葉遣いにおいて、「因果関係」と「法則」の関係はどうなっとるんかいな。だいたい重ねて使われてるのかな。・・・いまんとこそう見えてるんだけど。

2012-05-21 19:29:46
Masashi Kasaki @kasa12345

@contractio それでいいと思いますよ。Davidsonから、そのまま引き継いでますので。

2012-05-21 20:07:00
縮限 @contractio

@kasa12345 どもども。ご教示ありがとうございます。

2012-05-21 20:32:40
ta_mu @tamurais

@contractio 重なってないです。法則性に裏打ちされない因果関係を認めようとしています。デイヴィドソンとの差異は第四講義の注からそれなりにわかるのではないかと。

2012-05-21 20:32:52
縮限 @contractio

違う見解来たw。あとで注を確認してみますね。ありがとうございます。 RT @tamurais: 重なってないです。法則性に裏打ちされない因果関係を認めようとしています。デイヴィドソンとの差異は第四講義の注からそれなりにわかるのではないかと。

2012-05-21 20:34:03
OGU_MIN @autochromatics

@contractio 僕も @tamurais さんに一票です。マクダウェルは「理由関係と対立するのは因果関係ではなく法則支配関係だ」と考えていると思います。マック先生がそう考えるのには、デイヴィドソンの他に『神秘主義と論理』におけるラッセルの影響があります。

2012-05-21 20:46:03
Masashi Kasaki @kasa12345

@contractio @tamurais あわわ、間違ったことを言ってしまったなら、お詫びします。確認ですが、@tamuraisさんの言っている注って、2ですか。ここのラッセルの参照の仕方からすると、法則性はあるが因果的ではないという可能性を認めようとしているように思います。

2012-05-21 20:55:16
Masashi Kasaki @kasa12345

僕自身は、因果的→法則的というこを念頭に置いていたけど、逆の、法則的→因果的という条件は考慮から外していた。Davidsonにしても、後者はとっていないのではないか。注2の内容は、少なくとも前者と整合的だと思う。

2012-05-21 21:02:29
縮限 @contractio

@autochromatics @tamurais どもども。第四講義注2のことですね。「理由の空間との正しい対比にあるのは原因の空間ではなく、本文にあるように 法則の領界なである」云々。

2012-05-21 21:09:21
Masashi Kasaki @kasa12345

@autochromatics @autochromatics その見解には同意しますが、そこから、因果関係≠法則関係ということは、厳密には導出できないと思いますね。@contractio @tamurais

2012-05-21 21:13:11
Masashi Kasaki @kasa12345

TLで何か反応があるかもしれないのですが、もう朝なので寝ますー。すいませぬ。

2012-05-21 21:23:17
ta_mu @tamurais

@kasa12345 いま出先で携帯しか使えないので、十分なコメントができないです。すみません。続く

2012-05-21 21:23:20
縮限 @contractio

さらにむつかしいことになってきたのでここは静観w

2012-05-21 21:24:35
OGU_MIN @autochromatics

@kasa12345 @contractio @tamurais 正確に言うと、マクダ先生は「因果関係と法則関係は完全に重なるものではないし、理由関係と因果関係は排他的なものではない」と理解していると解しています。因果関係が時に法則関係となりうるということは認めていると思います。

2012-05-21 21:24:43
OGU_MIN @autochromatics

「理解していると解している」って変な日本語だな・・・。

2012-05-21 21:25:25
ta_mu @tamurais

@kasa12345 僕が念頭に置いていたのは、「心的出来事」でのDに反対して、理由であるものは<理由として>原因でありうるという含みをもたせている箇所でした。他のテキストでの主張を重ねて読んでいるかもしれません。

2012-05-21 21:43:22
ta_mu @tamurais

@contractio いえいえ。「<単に>因果的」といった言い回しには法則性を重ねてもよいと思います。あと実は、理由の空間と対比される空間を法則の領界としたのも後にMは撤回しました。まあ、これはとりあえず忘れてください。

2012-05-21 21:57:35
Masashi Kasaki @kasa12345

@autochromatics うーんと、その文の前後件にはやはり関係が全然ないですよ。前者を言うのに、後者は必要でも十分でもないですし。理由、因果関係が排他的ではない、というのもDavidsonが言ってることと同じですが(続く)@contractio @tamurais

2012-05-22 01:29:49
Masashi Kasaki @kasa12345

@autochromatics ここではDに同意しているわけではないですよね(mriさんが言うように)。あと、因果関係が時に法則関係になりうることは認めるって、ちょっと強すぎませんか。そんな強いこと言ってると思えないです、ここで。@contractio @tamurais

2012-05-22 01:34:15
OGU_MIN @autochromatics

@kasa12345 どうも。先の文では前件が後件から導かれるということを言おうとしていたわけではないです。前件はラッセルの議論を受けて、後件はデイヴィドソンの議論を受けて、理由・因果・法則の関係についてマクダウェルはこういう立場をとっている、ということを言おうとしたものです。

2012-05-22 01:39:50
Masashi Kasaki @kasa12345

@autochromatics なぜ強すぎるかといえば、それは「ほとんどの因果関係は法則関係を持たない」を含意しているように聞こえるからです。「ほとんど」が強すぎると思いますし、因果→法則的という関係を否定してないと思います。@contractio @tamurais

2012-05-22 01:41:56
OGU_MIN @autochromatics

@kasa12345 「時に」は確かにミスリーディングでしたね。しかし、もしマクダウェルがラッセルの因果性排除の主張に全面的に同意しているとすれば、そのくらい強い事を言っているという解釈も成り立つと思います。注2からだけだとラッセルの主張にどの程度同意しているのかは不明ですが。

2012-05-22 01:51:39
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