五十音図論あるいは原言語論について #コトバ #ことば #言葉 #言語 #五十音図

「母音」や「子音」が<原言語>として成立してゆく過程を考察します。
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クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

商用のことや祖先のことや/ 忘れるというではないが、/ 都会の夏の夜の更(ふけ)ー/  死んだ火薬と深くして/ 眼の街灯の滲みいれば/ ただもうラアラア唱ってゆくのだ :(中原中也「都会の夏の夜」『山羊の歌 初期詩篇』現代詩文庫 思潮社 1975年:引用は現代用語に改めた。)

2012-05-29 11:12:40
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

月は空にメダルのように、/ 街角に建物はオルガンのように、/ 遊び疲れた男どち唱いながら帰ってゆく。/ ーイカムネ・カラアがまがっている/  その唇は開ききって/ その心は何か悲しい。/ 頭が暗い土塊になって/ ただもうラアラア唱ってゆくのだ。:続

2012-05-29 11:05:22
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

中也の詩「都会の夏の夜」に、それは次のような詩句とともにある。

2012-05-29 10:59:57
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「ーではもう「ただもうらあらあ唄つて行く」しかないようなのだろうか。/ ー「ただもうらあらあ唄つてゆく」しかないようだ。」と、「1 潜戸から・潜戸へ」という詩は収斂しているのだが、この「ただもうらあらあ唄って行く」の出所を確認するために、久し振りに中原中也の詩をめくって見た。

2012-05-29 10:48:16
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

東北一帯の地震と津波による甚大な自然災害と福島での原発の人工災害の深刻さを考えていると、入沢康夫さんの詩集『死者たちの群がる風景』の中の「刻一刻に、千年が過ぎて行く」という言葉が脳裏に焼き付けられて、何度かここでもつぶやいた。その時、その詩の最後の言葉がずっと気になっていた。

2012-05-29 10:39:13
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「ろ」を含む擬音語は「よろよろ」とか「とろとろ」とか「ころころ」とか他にもあるとして、「ろ」と発音する時の「舌」の<捲れる感じ>がこれらの擬音語の共通感覚としてあるのではないか?というのが、自分が長年無意識の内に言葉における「音の響き」が気になっていた原感覚的な理由なのだと思う。

2012-05-28 12:04:37
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

問題は「おろおろ」にしろ「うろうろ」にしろ、辞書的な説明を取り入れると、これは「意味喩」つまり「意味を重ねて人の行動の様子を表わしている言葉」ということになるのだが、「おろ」の「ろ」、「うろ」の「ろ」という一音の響きに焦点を当てると、ここには「音喩」が潜んでいるとも解釈できる。

2012-05-28 11:53:12
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

では「うろおぼえ」は「虚覚」かと思うと、広辞苑には「うろおぼえ」=「疎覚」(確実でない記憶)となっていて、「うろ」が「疎」と「虚」の間でゆらいでいる。ただ「疎」も「虚」も心の空間的なイメージとしては似たような意味をさした語なので、まぁ、いいか、ととりあえず収めとく。

2012-05-28 11:38:07
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「おろおろ」=「事態の見通しがつかないで、右往左往して取り乱すさま」とうのが広辞苑の解釈。そして「おろおぼえ」は「疎覚」となっている。フォロアーの人も指摘していたことだが、これはいわゆる「うろおぼえ」のことだ、と思い「うろ」を調べてみると「虚」(うつろ所、あな)となっている。

2012-05-28 11:32:36
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

先日フォロアーの人がつぶやいた宮沢賢治の「サムサノナツハオロオロアルキ」の「オロオロ」の問題をもう一度考えてみよう。その人にはとりあえず広辞苑で調べて、「おろ」の原義は「疎」(確かでない)となっています、と返信させてもらった。そうすると「おろおろ」の辞書的な意味と折り合うからだ。

2012-05-28 11:24:56
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

↓ところで、鈴の音が「ろんろん」と表現されたら、なにかちがう!と、多くの日本人は感じるだろう。たぶん、多くの外国の人も。では「ろ」と「り」の「響き」の違いは、どこから生まれ、どうしてそう感じてしまうのか?というのが、擬音語(母音と子音)の、日本語で言えば「五十音図」の問題になる。

2012-05-28 11:15:12
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

↓ 鈴なりに 鈴蘭なってる 鳴っている りんりん (字余り)

2012-05-28 10:56:13
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

う〜ん、と時々思わず唸りながら、吉本隆明さんの「擬音論・造語論」(『宮沢賢治』最終章1989年)を読んだ。<音>に込められた宮沢賢治の「原言語」あるいは「普遍言語」への憧憬のようなものが、賢治の擬音語や造語を具体的に読み込むことで明らかにされていく手さばきは、さすがだと思った。

2012-05-27 16:42:43
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「いいかえれば母音とは胎乳児と母親の関わりの、種族や民族を超えた共通性と、習俗の差異のつみ重なりから生みだされた言語母型の音声にほかならないといえる。」(吉本隆明「大洋論」『母型論』1995年) 吉本さんは確かに、「五十音図」に触れる論拠を手にしていたのだと思う。

2012-05-26 17:52:28
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「それぞれの種族語や民族語における母音の共通性と末端でのヴァリエーションがどこから生まれ、どんな根拠をもっているかをいってみれば、母親と胎乳児のあいだの関係の本質とその種族や民族の習俗のわずかな、あるいはおおきな差異のほかからは生みだされないことがわかる。」:続

2012-05-26 17:47:16
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「口(腔)や鼻(腔)にかけての洞腔の構造が同じということに帰着するとかんがえるのが、いちばん理にかなっているようにおもえる。そしてこの仮定はもっとさきまでおしすすめることができる。 ひとつは母音は波のように拡がって音声の大洋をつくるというイメージだ。・・・」:続

2012-05-26 17:43:27
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「過程のあいだに、意味をもった種族語あるいは民族語の話し言葉に変わることだけは確かなことだ。・・わたしたちはここで、種族語や民族語の差異を超えた母音の共通性を、ヒトの類としての共通性に対応するという仮定にたてば、その共通性は咽喉(喉)(のどぼとけ)から」:続

2012-05-26 17:38:02
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「人間の音声が発せられて言葉にまで分節される器官の場所は、誰にもはっきりと指さすことができる。まず喉頭(喉)(のどぼとけ)で発せられた音声が、口(腔)と鼻(腔)をぬけたり、こもったり、渦巻いたり、ひらかれたり、つぼめられたりしながら分節された吐息になってゆく複雑で微妙な」:続

2012-05-26 17:33:24
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

吉本さんが「芸術言語論」の最後のところで展開しようとした「五十音図」。自分なりに展開できたらと思う。(いつか、ブログかなにかで・・・)

2012-05-26 16:21:05
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

そうこうしているうちに「よろける」から「よろう」そして「よう(酔う)」まで行って、「よっぱらい」の「っ」と「ろれつ」の「つ」に引っ掛かってしまった。「つよい」「つらい」「つまる」、「ひっかく」「しったする」など、「発音の仕方」と「音の響き」と「意味」と、なにか関係あるのだろうか?

2012-05-26 16:17:23
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

「おろおろ」から「うろうろ」に往き、自分は「よろよろ」と「ぶらぶら」しながら、「うるうる」や「やれやれ」や「むらむら」しながら「よれよれ」になって行った。「いらいら」「ぶるぶる」「くるくる」「かりかり」「じりじり」「はらはら」・・次々と「ラ行音」のオノマトペが繰り出されて来る。

2012-05-26 16:02:37
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

↓ずいぶん昔、五十音図の「あ」とか「か」とかの、一音そのものに意味があった、と主張した本(今は題名も著者名も覚えていない)を読んだことがある。TLでは、宮沢賢治の「サムサノナツハ オロオロアルキ」の「オロ」の語源が問題になった訳だけど、「ラ行音」そのものが気になり出した。

2012-05-26 15:54:10
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

吉本隆明「芸術言語論 -沈黙から芸術まで-」2008年7月30日:パラレル・パラソル: http://t.co/e8t7Fmn7:ある人のツイッターがきかけっで、「おろ」について調べてるうちに「ろ」と「つ(っ)」が気になり出し、「吉本隆明と五十音図」を検索したらここに来た。

2012-05-26 15:41:13
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

@den6 :今、昼ご飯を食べて、den6さんへのツイートを読み返して見たら、「おろおろと足が開く」のつもりが、「よろよろと足が開く」となっていました。たぶん無意識の内に「おろおろ」と「うろうろ」に共通する「足の開き方」がイメージされて、ボケた頭が勝手に「よろよろ」したようです。

2012-05-23 13:17:57
クマの『論点』 #みんくま草 @greenminkuma

@den6 :「疎」は会意文字で「足を開く」という意味ですか。そう言えば「うろうろ歩く」とも言いますね。「会意文字」は白川静さんの「融即の原理」(言わば、その時々のブリコラージュ的な文字の組み合わせ、と自分は理解しています)に基づく造字法ですね。確かに「よろよろ」と足が開きます。

2012-05-23 11:37:17
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