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リスク = 危険という誤解 ─ 基準値と測定値が語るもの ─

放射線防護対策決定の根拠である しきい値無し直線仮説(LNT) は、 「絶対安全がない低線量放射線被ばくによるがんや遺伝的影響の発生確率を示す学説」 なのでしょうか。 もしそうなら 「許容できる線量」 などあり得ない。 CTは危険性のある検査だからやめた方がいい、 ラドン温泉なんてとんでもない即刻閉鎖しろ、 と私なら訴えますが、もちろんそうではありません。 放射線被ばく影響の誤解は リスク = 危険 という誤解。基準値も測定値も安全危険を語らない。 続きを読む
復興 震災 リスク 基準値 危険 低線量被ばく lnt 測定値
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リスク = 危険 という誤解
toshibo @Q_toshibo
「安全というなら、なぜ対処をするのか」というコメントについて(5月中旬、中谷内一也HP) http://t.co/3U4kcdIF
toshibo @Q_toshibo
できるだけ被ばくを少なくする、っていうリスク管理が、「危険であることを示唆」するように映像化されることがよくあります。例えば管理区域。
toshibo @Q_toshibo
TVで「放射能マークに立入禁止の標識、中では防護服を着た人たちが黙々と働いてる…」みたいな映像を見せられると、「危険な場所」として印象づけられてしまいます。でも実際は、管理区域は放射線の量などが「管理されている区域」、防護服は「汚れてもいい服装」でしかありません。
toshibo @Q_toshibo
リスク評価を「被害を予測計算すること」、リスク管理を「危険回避」、リスク比較を「複数の選択肢から正誤を決定すること」だと誤解してる机上の空論者が多すぎる。現実の生活は、例えば「車は電車よりはるかにリスクが高いから車はやめて電車にしよう」っていうような単純なものではないです。
toshibo @Q_toshibo
リスクの大きさを知る(評価する)目的は、「危険だから無くせ」と訴えるためでもなければ、「100パーセント安全というものはない」と開き直るためでもないです。リスクを適切に管理して安全確保の努力をすることで、得られる恩恵を最大限にする。みんながより良い暮らしをするためです。
toshibo @Q_toshibo
リスクの大きさを知ると、自動車はとても容認できるものではないと感じます。でも車を無くせという話にならない。それは被害のスケールが大きいか小さいかとか、全然そんな話ではないです。個人が簡単に所有でき利便性が実感しやすく、必要性が広く認識されているからだと思います。
toshibo @Q_toshibo
車でも薬でも放射線でも、単一のリスクにだけ注目してもそこには答はなくって、 より良い判断のためのモノサシ作りのプロセスがリスク評価。利益を不当に制限することなく安全を確保するためのルール作りや環境整備などを行うのがリスク管理です。
状況によって変わる基準値 「正当化」と 「 最適化 」
toshibo @Q_toshibo
たとえ大学のエラい先生でも、机上で放射線の教科書を開いて字面を見ただけでは正しく理解できない部分があります。「しきい値のない確率的影響」とは、「たとえわずかでも被ばくした線量に比例してがんになりやすいという事実」ではない。どういうことか、改めて連投します。
toshibo @Q_toshibo
結論から言うと、1.リスク評価に用いるLNT(しきい値なし直線仮説) は、科学的合意ではない。リスク管理のための「合理的かつ単純なモデル」 2.リスク評価は健康影響評価ではない。「より良い判断をするためのモノサシ作りのプロセス」 3.LNTはサイエンスではなくポリシー です。
toshibo @Q_toshibo
1/9 低線量被ばくの人への影響(発がんリスク)は、線量率による違いや放射線以外のリスクなど、様々な要因で不明瞭になってしまうため、実際のとこ正確にはわからない。いろんな学説に基づく議論も、より確からしいものは何かというもの。科学的には「小さすぎて不確か」という結論になります。
toshibo @Q_toshibo
2/9 そこで、しきい値は無い、いや有る、いやいや低線量は健康に良い、いやいや低線量こそ有害、といった議論に終始してても現実の対処に困る。では不確かさをどう見積もるか。やっぱ、しきい値は無いと仮定してリスク管理したほうがいいよね、というのがLNT。法規制などの根拠です。
toshibo @Q_toshibo
3/9 つまりLNT は科学的に妥当というものではない。だから何mSv被ばくすると何%の確率でがんになる、っていう健康影響評価はできない。ではいったい何なのか。不確かな可能性(リスク)と、他のリスク要因や必要以上に被ばくを避けることによるデメリットを考慮し対策を決めるためのもの。
toshibo @Q_toshibo
4/9 例えば被ばくを伴う職業人の被ばく線量限度は 100mSv/5年(生涯1000mSv)ですが、この数字もまた安全危険を示すものではない。ぶっちゃけて言うと、これだけ被ばくしたとしても、リスクは他の職業と比較して高いことないですよ、という数値です。
toshibo @Q_toshibo
5-9 かといって、この数値の範囲ならノープロブレムということでもない。肝心なことは、個人の被ばく(Sv)と環境の放射線レベルや放射能濃度をモニタリングしながら、できるだけSvを低くするように適切に管理すること(ALARA)。つまり「モニタリングされてるから安全」な仕事です。
toshibo @Q_toshibo
6/9 一方、患者として医療で受ける被ばくは法規制の対象外。リスクがあるからと線量規制すると、診断や治療によるメリットを不当に制限することになるかもしれないからです。それでも現場の医師、技師や医療機器メーカーもまた、患者さんの被ばくをできるだけ少なくするよう努めてます。
toshibo @Q_toshibo
7/9 リスク評価は「被ばくによる発がんの確率を計算すること」ではないです。 「より良い判断をするために不確かさを見積もること」。そのための「合理的で単純なモデル」が LNT。だからサイエンスでなくポリシーです。
toshibo @Q_toshibo
8/9 リスク評価の目的は、適切なリスク管理のため。リスクを「できるだけ少なく」 As Low As Reasonably Achievable(ALARA)。「できるだけ避けるべき」 ではない。人が豊かに、健やかに、安心して幸せに暮らせるために何ができるのかということです。
toshibo @Q_toshibo
9/9 「できるだけリスクを回避しろ」は公益を、人の利益を不当に制限することかもしれない。だから行政はそんな対策はとれない。結局リスクを考えるということは、公益や「その人にとって、私にとって何が最良か」を考えることでもある。「しきい値なし」とか字面だけではわからない部分です。
toshibo @Q_toshibo
サイエンス(科学的事実)とポリシー(対処の考え方)の区別 http://t.co/ptfT99vQ
測定値が語る「多くの人たちの努力の結果」   最後は心の問題
toshibo @Q_toshibo
発生した悪い出来事が治まることを「収束」とニュースなんかで言うけど、それ言うなら「終息」じゃねーの、って思ってました。しかし混乱した無秩序の状態から、徐々に落ち着いた状態になっていく様は、なるほど「収束」かもしれない。
toshibo @Q_toshibo
何ミリシーベルトだったら安全/危険なのか、っていうことじゃなくって、リスクをどう管理して安全と安心を確保するか。それは普通の人たちの努力の積み重ねで達成されるものだと思います。専門家は黒子にすぎず、努力をバックアップするのが政治だと思う。
toshibo @Q_toshibo
放射線の人への影響も、安全厨だとか危険厨だとか根拠のない極端な安全-危険論から、徐々にリスク論に収束していくのだと思ってます。その人にとって何が最良なのか。最後は人の心の問題だと改めて思います。

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