山本七平botまとめ/『日本人が抱く”妄想”アジア』/~「花の雨が降った」米軍と「石もて追われた」日本軍の違いとは~

山本七平著『一下級将校の見た帝国陸軍』/石の雨と花の雨と/74頁以降より抜粋引用
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山本七平bot @yamamoto7hei

1】前略~この会話の結論は一言でいえば「日本で言われるアジアなるものはない」ということであろう。「アジアはない」そう、確かに「アジアはない」。~略~だが、この言葉は、誰にも注目されず消えてしまったように思われる。<『一下級将校の見た帝国陸軍』

2012-05-29 11:27:18
山本七平bot @yamamoto7hei

2】そして相変わらず横行しているのが「アメリカはアジアの心を知らなかった」といったような言葉である。だがそういう言葉を口にする人は「アジア」という語の意味内容を、その内心で真剣に検討したことがあるのであろうか

2012-05-29 11:57:25
山本七平bot @yamamoto7hei

3】「アジアはない」この言葉にはすぐ反論が出るだろう。これは日本人のタブーに触れる言葉だから、激烈な反論かもしれない。では次のように言いなおしてもいい。「我々が頭の中で勝手に描いているアジアとかアジア人の心とかいった概念に適合する対象は、現実にはどこにも存在しない」と。

2012-05-29 12:26:51
山本七平bot @yamamoto7hei

4】三十年前、何百万という人が、入れかわり立ちかわり、東アジアの各地へ行った。私もその一人だった。そして現地で会った人々が、自分のもっているアジア人という概念に適合しなかった時「こりゃ我々の”見ずして思い込んでいるアジア人という概念”が誤っているのではないか(続

2012-05-29 12:57:03
山本七平bot @yamamoto7hei

5】続>否、この広大なユーラシア大陸の大部分を占める地に、”アジアといった共通の像”があると一方的に決めてしまうのは誤りで、単なる一人よがりの思い込みではなかったのか?」と反省することができたなら、日本のおかした過ちはもっと軽いものであったろう、と私は思う。

2012-05-29 13:26:50
山本七平bot @yamamoto7hei

6】我々は、否、少なくとも私は、残念ながら当初は、そういう考え方・見方ができなかった。そして自己の概念に適合しない相手を見た時、多くの人と同じように私も、いとも簡単に言ってのけた。「ピリ公なんざぁアジア人じゃネエ」。ピリ公とはフィリピン人への蔑称である。

2012-05-29 13:56:58
山本七平bot @yamamoto7hei

7】そして、アジアの各地で実に多くの人がこれと似た言葉を口にしていたことを、戦後に知った。これはどういうことであろうか。

2012-05-29 14:26:51
山本七平bot @yamamoto7hei

8】自己の概念に適合しなければ、自己の同胞をすら「非国民め」と村八分にする精神構造から出た「非アジア人め」という相手を拒否する言葉だと思うが、一体なぜ我々は、こういう場合、自己のもっている”アジアという概念”の方を妄想と思えないのであろうか

2012-05-29 14:58:01
山本七平bot @yamamoto7hei

9】一体なぜ、甚だ茫漠として明確でない自己の概念――というより妄想を絶対化するのか。「アメリカはアジアの心を知らなかった」と言うなら、そう言う人は「アジアの心」とやらを本当に知っているのか。そしてそれは、その心を探し求めて、全アジアを経めぐった上で形成された概念なのか?

2012-05-29 15:26:41
山本七平bot @yamamoto7hei

10】米海兵隊によるベトナムからの米人引揚げ作戦の報道は私を憂鬱にした。何万という難民がそのあとについて脱出していくが、石を投げる者はいない。その記事の一つ一つは、しまいには読むのが苦痛になった。

2012-05-29 15:57:03
山本七平bot @yamamoto7hei

11】形は変わるが三十年前我々も比島から撤退した。誰か我々の後について来たであろうか。勿論事情は違う。私が言うのは本当について来てほしいという事ではない。誰かが「日本軍の後について脱出したい、しかしそれは現実にはできない」と内心で思ってくれたであろうか、という事である。

2012-05-29 16:26:56
山本七平bot @yamamoto7hei

12】勿論何事にも例外はある。しかし我々はアメリカ軍と違って、字義通りに「石をもって追われた」のであった。人間は失意の時に、国家・民族はその敗退の時に、虚飾なき姿を露呈してしまうのなら、自己の体験と彼らの敗退ぶりとの対比は、まるで我々の弱点が遠慮なくえぐり出される様で苦しかった

2012-05-29 16:56:53
山本七平bot @yamamoto7hei

13】そしてその苦痛を誰も感じていないらしいのが不思議であった。というのはそれは30年前の、マニラ埠頭の罵声と石の雨を昨日の事のように私に思い出させたからである。私も同じ体験を記した事があるが、ここではまずその時点の正確な記述である故小松真一氏の『虜人日記』から引用させて頂こう。

2012-05-29 17:26:54
山本七平bot @yamamoto7hei

14】「……『バカ野郎』『ドロボー』『コラー』『コノヤロウ』『人殺し』『イカホ・パッチョン(お前なんぞ死んじまえ)』憎悪に満ちた表情で罵り、首を切るまねをしたり、石を投げ、木切れがとんでくる。パチンコさえ打ってくる。隣の人の頭に石が当り、血が出た……

2012-05-29 17:57:25
山本七平bot @yamamoto7hei

15】これは21年4月戦後八ヵ月目の記録であり、従って投石・罵声にもやや落着きがあるが、これが20年9月頃だと異様な憎悪の熱気のようなものが群衆の中に充満しており、その中をひかれて行くと、今にも左右から全員が殺到して来て、八つ裂きのリンチにあうのではないかと思われるほどであった。

2012-05-29 18:26:53
山本七平bot @yamamoto7hei

16】だが、サイゴンの市民は「アジアの心を知らない」米軍に、一個でも石を投げたであろうか護送の米兵の威嚇射撃のおかげで、我々はリンチを免れた。考えてみれば、我々は「護送」において常にここまではしていない。

2012-05-29 18:56:55
山本七平bot @yamamoto7hei

17】内地でも重傷を負ったB29搭乗員捕虜を、軍が住民のリンチに委ねた例がある。だが、私とて、もし「親のカタキだ、一回でよいから撲らせてくれ」などと言われたら、威嚇射撃でこれに答えることはできそうもない。

2012-05-29 19:27:44
山本七平bot @yamamoto7hei

18】だがこの一回が恐るべき状態への導火線になりうる。そしてこれが後述する日本的中途半端なのである。私は幸運だったのだろう。だが全ての日本兵がそのように幸運だったわけではない。戦争末期~略~戦闘能力なき日本軍小部隊への集団リンチの記録はすさまじい

2012-05-29 19:57:01
山本七平bot @yamamoto7hei

19】これらについては、勿論日本側には一切資料はなく、戦争直後に比島の新聞・週刊誌等に挿絵入りで連載された「日本軍殲滅記」から推定する以外にない。また、小島嶼の警備隊・守護隊の中には、完全に消されてしまって一切消息不明のものも少なくない。

2012-05-29 20:27:14
山本七平bot @yamamoto7hei

20】だがそれらの島の多くは、最初から実質的には無戦闘上陸で、いわば「平和進駐」に等しかった。比島における緒戦の戦場はほぼ、リンガエンからバターンまでに限定されていたのだから――。そして米軍の再上陸がおくれ、その際も無戦闘に等しい島もあったのに。

2012-05-29 20:57:57
山本七平bot @yamamoto7hei

21】ベトナムの記録を調べても、このように悲惨な「米兵落ち武者狩りの記録」といったものはない。では、彼らが人道的民族で我々が残虐民族だったからか。この図式は、戦争直後は断固たる「神話」であったが、今では「米軍人道主義軍隊神話」など、信ずる人はいるまい。では何からこの差が出るのか

2012-05-29 21:26:55
山本七平bot @yamamoto7hei

22】「いやそれは違う、この二つを対比することは土台無理な話だ……」という反論は当然に出るであろう。私自身かつて、一心にこの反論をやったのだから。勿論その時はまだベトナムはなかった。従って題材はバターンであり、それが論じられた場所は戦犯容疑者収容所であった。

2012-05-29 21:57:29
山本七平bot @yamamoto7hei

23】憎悪と投石と罵声の雨の中で、人は平静でいられるであろうか。不思議なほど平静で、彼らの表情とゼスチュアも奇妙にはっきりと目に入る。小松氏もそう記している。だがこれは平静というより空虚と言うべき状態であろう。

2012-05-29 22:27:38
山本七平bot @yamamoto7hei

30】心の中は完全な空洞になり、それがまるで筒のようになって自分を支え、一見、毅然とも思える姿勢をとらせているが、心には何一つない、という状態である。そしてその筒は、硬直した無視と蔑視でできており、安全地帯でほっとしたとき、その筒が微塵にくだけてがっくりする。

2012-05-29 22:58:37
山本七平bot @yamamoto7hei

31】と同時に、くだけた筒に火がついたように、煮えたぎる憎悪がむらむらと全身に広がって行く。そしてそれが一応落ち着くと、奇妙な諦念と侮蔑にかわる。私かあの問題を取り上げたのは、ちょうどそういう心理状態のときだった。

2012-05-29 23:27:35