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ほたてさんとヨコイさん インターネットと社会のはなし(仮)

レビューという名のラブレターを書いたら、ねとぽよ実質編集長の稲葉ほたてさんからメンションがありました。ネットってすごいな。 ねとぽよ http://www.netpoyo.jp/ 続きを読む
ねとぽよ
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よつ @coomix 2012-06-05 07:08:08
ようやく記事を書きました。 「Re:ねとぽよ2号 -ARG概念についての考察」-ヨコイツウシン http://t.co/fHrkZIdY #netpoyo
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:08:24
@coomix 書評、ありがとうございますー。ユクスキュルに触れられていますが、僕がARG特集で念頭に置いていたのは、J.J.ギブソン『生態学的視覚論』と後期ハイデガーの一連の著作でした。両者は彼に影響を受けています。そこまで遡ってくれたのは、大変に嬉しいですし、ありがたいです。
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:11:30
@coomix 人間が環境からの情報に反応する生物だとして、そのときフィクションはどう位置づけられるのか。普通に考えれば、情報という概念は嘘と現実を本質的に区別する概念ではないので、フィクションは存在しません。大塚さんの立場は、僕なりに要約すれば、これです。(続く)
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:14:51
@coomix ただ、僕としてはARG特集を組んだのは、その先に問題意識があったつもりでした。それは「代替現実感」と呼ばれる感覚にあります。これは取材してみると、「リアルでフィクショナルな体験をしている感覚」に近いものでした。これは、環境-情報の系からなる発想から逸脱します。続く
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:17:03
@coomix 要は、彼らが議論の構造レベルで否定しようとした(?)フィクションの問題を、彼らの議論の延長線上で再定義してみたかったのです。それが、序文の言葉に繋がっていくのですね。
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:20:28
@coomix というのが、ARG特集の意図です。つらつら書きましたが、何かご参考になればー
よつ @coomix 2012-06-05 10:29:54
@jamais_vu わわ、ありがとうございます! 出先なのですぐに反映できないのがもどかしいな。また色々考えてみます。
よつ @coomix 2012-06-05 10:38:30
@jamais_vu 「環境」のような生データと「情報」化されたデータの間には処理が挟まっていて、厳密にはそれは全然違うものなのだけれども、今の社会では「情報」さえも環境要因となっていて、私たちの感覚を狂わせているなあ、と思います。
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:43:32
@coomix 代替現実感のいいところはそこなんですね。情報と環境の間の処理に、ifを挟んでいくこと発想なのです。なので、大塚さんがネットと陰謀説の話をしてましたが、ARGは本質的に陰謀説的なものですw でも、それ自体は何も悪いことではないし、故にデマの問題は厄介とも言える。
よつ @coomix 2012-06-05 10:40:35
@jamais_vu 情報化された段階でそれは既にフィクショナルな存在になるよねえ、と私などは思います。
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:45:45
@coomix 情報化がもたらすのはバーチャル化ですね。でも、バーチャルとフィクションは概念として峻別した方がいいと思うんです。例えば、ニコニコ超会議は、バーチャルとリアルは明確に繋ぎましたが、別にフィクションとリアルを繋いだわけではないです。
よつ @coomix 2012-06-05 10:45:27
@jamais_vu 生身の処理能力を考えれば、情報化と構造化によって確かに「私」の届く範囲は拡張されて、圧倒的に世界は「広く」なったのですが、それは果たして私たちを幸福にしたのだろうか、とも。
稲葉ほたて @jamais_vu 2012-06-05 10:51:21
@coomix ネットのお陰で幸せになった人も沢山いるので、一概には言えないですね。社会の中で幸福になれるタイプの人と不幸になってしまうタイプの人が変わり始めている、という感じかもしれません。
よつ @coomix 2012-06-05 10:49:03
ほたてさんとメンションしまくりたいけど授業いく またあとで…!
よつ @coomix 2012-06-05 13:21:45
@jamais_vu 近代化の潮流の中で、支配者側は中間的なコミュニティを徹底的に破壊してきたのだけれども、資本主義的な弱肉強食の世界では生きていけない人が続出して、解体されたコミュニティをインターネット上に求める人たちが現れたと。そういう意味ではネットは救世主ですらありました。
よつ @coomix 2012-06-05 13:27:23
@jamais_vu ただインターネットは「開けて」いるので、常にノイジーなものが混ざる危険性があるんですね。恣意的であるか否かという見方をすれば、情報化は常に恣意的にならざるを得ない。故に、様々な見解が同時に成立し得るという共通認識、文脈の理解がなければ、誤解は常に生まれる。
よつ @coomix 2012-06-05 13:29:48
@jamais_vu 80年代の世界が持っていた剛性というのは、生身の身体の限界、「私」の届く距離の限界によって担保されていた部分も大きかった。今は身体ひとつでどこにでも繋がれる時代になってしまったので、「あっち側に持って行かれちゃう」危険性が偏在しているとも言えると思います。
よつ @coomix 2012-06-05 13:32:13
@jamais_vu 普通に考えれば、今バーチャルで触れることのできる情報量はベーシックな人間の処理能力を超えている筈なので、適切なフィルタリング/ダウンサイジング/成否判定がなされなければ、どこかで脳がハングアップする筈です。ここには訓練や適性の有無が絡んできます。
よつ @coomix 2012-06-05 13:35:55
@jamais_vu 超会議の存在自体がもう殆どフィクションというレベルの妄想実現力で、問題は、仮想でしか出来なかった筈のことがどんどん現実の世界で実現出来るようになってきているということ、それによって無意識化に存在した現実/フィクションの境界線に対する信頼感が揺らいでいること。
よつ @coomix 2012-06-05 13:39:16
@jamais_vu 「皆の信頼によって剛性を獲得し得るもの」というのが世の中にはあって、まあ社会とかも全部そうなんですけど、ネタがリアルになっちゃうというか、実現可能性というものの判断基準が、今すごく変わってきてるなあというのは感じます。絵空事でしかなかった筈のことが起こる。
よつ @coomix 2012-06-05 13:41:11
@jamais_vu どこでこの次元に来てしまったのだろう、と思うんですけど、それはねとぽよのきっかけとなった例の、あそこから、日本はちょっと、何が現実なんだかバーチャルなんだかフィクションなんだか、よく分からない状態に陥ってしまったような気がします。
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