- Dr_crowfake
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呆然と立ちながら、エイラは思った。これは軍法会議だろうか。目の前にはデスクに陣取るミーナ中佐、左にバルクホルン大尉、右に坂本少佐。本当はそれ以外の面子もいるべきなのだろう。「エイラ少尉」冷徹なミーナ中佐の声が部屋に木霊する。「なぜ、サーニャさんを見殺しにしたの」
2012-06-06 21:45:322) 見殺し、そうだ。私はサーニャを見殺しにした。シールドの効かない大出力レーザを発射するネウロイは、われわれ501のエースたちを寄せ付けず、そして後方から支援射撃と観測を行っていたサーニャへ突っ込んできた。私はネウロイとサーニャの間にいた。守れる場所にいたはずだった、いつもなら
2012-06-06 21:47:473) 私はサーニャとネウロイの間に割って入った。身を挺してサーニャを守るつもりだった。シールドを貫通された仲間たちはみなダメージを受けていたが、致命傷ではない。私もやれるはずだ、逃げろ、サーニャ。しかしネウロイは私の予想に反して、正面にある口をぱっくりと開く。私には見えてしまった
2012-06-06 21:50:134) そう、見えてしまった。発射されるそれまでと比較にならない大出力レーザ、ぶちぬかれるシールドと自分の胴体、臓腑を撒き散らし、切断部を焦がしながら堕ちていく自分の末路。一瞬の間に途方もない恐怖が生まれ、私はそれに抗うことができなかった。死にたくない。回避を選ぶ。いつものように
2012-06-06 21:52:075) 当然、レーザはサーニャに向かった。気づいたときは手遅れだった。私は回避した次の瞬間に自分が何をしたか理解した。彼女の名前を叫ぶ。そこに彼女はもういない。何かよくわからない黒い破片が海へ落下していった。絶叫しながらそれを追う途中、後ろから撃たれてそのまま自分も海へ堕ちた。
2012-06-06 21:53:366) 気づけば医務室だった。あのネウロイは誰がどうやって倒したのだろう、それを気にする間は与えられなかった。回復するまで病室には誰も来なかった。回復して病室を出れば、すれ違う仲間たちは私から目を逸らすか、怒りの視線を向けるかのどちらか。何を意味しているのか簡単にわかる。そして今だ
2012-06-06 21:55:11「ミーナ、今のは言い過ぎだ」バルクホルン大尉が割ってはいる。「あの攻撃は予想外だった。未来が解るなら回避して当然だ。警告を発する時間はあったのか」「ミーナが問題にしているのは、そういった意味ではないと思う」坂本少佐が反論する。「501は家族のようなものだ、ミーナ、そうだな」
2012-06-06 21:57:448) ミーナ中佐の顔が曇る。なるほどそういうことか、軍法会議ではないらしい。家族会議か。エイラは思考だけが先行するものの、身体がついていかないことに気づきつつあった。立っているだけで精一杯だ。皆からどう見えているだろう?「私には、信じられない」搾り出すような中佐の声。
2012-06-06 21:59:499) 「あなたがサーニャさんに抱いていた好意は私も知っているつもり、ならなぜ」「やめろ、ミーナ」バルクホルン大尉が制する。「彼女に何の責任がある。不可抗力だ。本土戦で何度もあったろう、大人気ないぞ」言葉と裏腹に、大尉の顔は宮藤が来る前のようだった。坂本少佐は苦虫を噛み潰したような
2012-06-06 22:01:5210) 「私は」動かない身体を必死に動かす。「エイラ少尉?」喉と唇に動けと命令する。今言わねばどこで言えばいい?「私はサーニャより自分の身を優先しました。確かです」「やめろ少尉」坂本少佐すら割って入った「ミーナは少々錯乱しているんだ。一番苦しいのはお前だと解っている」それでも……
2012-06-06 22:04:0211) 「わたしは、サーニャをころしました。愛する人より、じぶんが大事でした。怖くて他に何も考えられませんでした。ごめんなさい」 言い切った。これでいいと思った。後は彼女たちが何とかしてくれるだろう、力が抜ける。自分の発言を半数して、改めて自分がサーニャに何をしたか理解し、倒れた
2012-06-06 22:05:4612) しばらく記憶がない。部屋に閉じこもっていた気がする。リーネと宮藤の声がドアの外からたまに聞こえた。あいつらはいいやつだな。下腹部に不快感。そういえば何も食べていない。自室謹慎ということになっているそうだが、ドアを開けた記憶はない。そういえば内側から鍵をかけたっけ。
2012-06-06 22:06:4713) 涙が出ない。なぜだろう。サーニャと自分が写っている写真を見る。サーニャってこんな顔をしてたっけ。堕ちていくばらばらの黒焦げが脳裏から離れない。あれが、サーニャだ。私の殺したサーニャだ。思わず写真立てを壁に投げつけた。ひどい動悸、自分にこんなものを見る権利はない。人殺しめ。
2012-06-06 22:08:3614) 久しぶりに食堂に出た。気まずい。皆はたぶんそれぞれ言いたいことがあるんだと思う。でも私に何も言わなかった。話はまとまっているんだろうきっと。優しさが辛い、誰かに私を罰してほしい。罪悪感から逃れるために大好きなサーニャを記憶から追い出そうとしている最低の自分を罰してほしい。
2012-06-06 22:10:4615) 飛行脚を履いたのは何週間ぶりだろう?魔力が落ちているといわれた。医務室へ再び。精神的な問題だろう、先生はそう言った。少佐は無理をするなと。私はそんなに酷い顔をしているのだろうか?鏡を見る。なんだ、この程度か。黒焦げでも、ばらばらでもないじゃないか。どうして、その程度で
2012-06-06 22:13:0416) 食堂でたまたまハルトマンと一緒になった。珍しく彼女は声をかけてきた。悲しそうな顔で言う「サーニャん、残念だった」曇った顔で言う「でも両方死んでたのに比べたらさ」震えながら言う「私だって……なんでもない」涙で一杯になった眼を向けて言う「ごめん、耐えられない」彼女は去った
2012-06-06 22:15:4617) 彼女が去った後しばらく立ち尽くしていた。妙な爽やかさを感じていた。あれは罰だ。みんな本当は泣いている、悲しんでいる。それを目の当たりにできた。私はやはり最低だ。私はここにいるべきではない。もっと皆から罵られ、蔑まれなければならないのだ。銃殺にされたっていい。いや、銃殺なら
2012-06-06 22:17:2918) 「エイラはなぜ私の射線に入ってきたんだ」バルクホルン大尉は震えながら滑走路に膝を着いていた。二丁のMGは転がったまま。「死場を探していたんだと思う」シャーリーは泣きじゃくるルッキーニの頭を撫でながらそう推測した。水没する彼女は長い紅いものを溢しながら逝った。回収は困難だ
2012-06-06 22:20:39いつまでもその上空でエーリカが叫んでいた。「バカ、エイラのバカ!!なんで勇気を出せなかったのさ!サーニャんの分まで生きなかったんだ!バカぁっ!!」いつまでもその傍らで咽び泣くミーナと、それを支える坂本少佐の姿があった。だが彼女たちは誰もエイラの胸中を理解できなかったろう。
2012-06-06 22:22:2420) 皆、彼女に罰を与えるべきだった。罰されなかったエイラは罪悪感から逃れることができなかった。サーニャと同じ末路を辿ることでしかそれを果たす方法を思いつけなかった。むりもない。自分の愛が虚像だったと理解してしまったのだから。自分が人を愛する資格を持たぬと知ってしまったのだから
2012-06-06 22:24:11