ぶさよでぃっくの大学自治会体験

私の全学連闘争の記録でつ。 概略が分かるものとしては、本邦初公開!
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busayo_dic 4770view 17コメント
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コメント

  • 相武印月齋(斬奸抜刀隊参謀) @Rhone69650 2012-06-07 01:23:05
    壮絶ですね・・(冷汗  というか民青同エゲツな~(涙
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 19:52:47
    私は80年当時、別の大学で自治会委員長やっていました。無意味かもしれませんが、民青がぶさよでぃっく氏に多大なご迷惑をお掛けしたことをまずお詫びします。この際ですので、民青同盟員やそれと対峙している人々双方の参考になればと思い、内部にいた者の恥辱の回想など書かせて頂きます。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 19:53:54
    当時私がいた大学では、自治会執行部への表立った批判者は反共を掲げる国際勝共連合でした。自治会=民青という彼らのビラに反論ビラで対抗したこともあります。内容は「自治会は全員加盟制であり自治会執行部も公正な選挙で選ばれ…」という建前を並べたものでした。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 19:56:05
    しかし、内部では「自治会=共産党が真実だよね」が本音。その本音は、自治会方針を執行部である党員が決定づけていることと、自治会活動への一般学生の参加が少ないことへの自嘲を含むものです。(それでも執行部選挙では過半数の学生が投票参加していた時代のお話です。国政選挙レベルです(笑))
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 19:57:46
    民青系とは共産党系であり、自治会方針は事実上学生党支部の方針です。全学連中央の方針ですら参考程度(そちらも党が主導しているわけですが)。学生党支部は年に2回、情勢と運動の到達点を分析・総括し、総会で方針を決定します。学部ごとの総括と方針も含まれます。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 19:59:54
    自治会方針の原案はそれを踏まえるかたちで執行部党員が書くものです。民青が介在する余地はありません。そもそも民青をどうするかも党支部が決定する事項です。ご存じのように、自分の足で立とうとした民青は党中央の逆鱗に触れて大規模な弾圧を受けました(新日和見主義事件 1972年)。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:01:25
    以後、大学の民青指導部(党員)は党系統と民青系統との二重の指導の狭間に置かれていたことになりますが、基本的には党支部の指導が優先されます。中途半端な位置に置かれた彼らが「党員としても民青幹部としても成長の機会にあまり恵まれていなかった」と今になって思い至ること少なからず。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:02:13
    一方、表舞台では党は滅多に学生の前には出ません。表に出るのは民青(として)です。それは、党が政治的必要によってのみ行動する「意識の高い」前衛組織であるのに対し、民青は「意識の低い」学生を関心や要求で結集させ、行動し学習する大衆組織であるという政治的分業によります。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:03:49
    しかし、大衆組織としての学生自治会が存在するもとで、民青固有の活動は低迷を極め、あるいは自治会活動への障害と意識され、民青は事実上学生を党に獲得するための中間獲得組織として機能しました。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:04:38
    それが(恐らく1972年の新日和見主義事件以後の)大学民青の存在意義でした。民青固有の活動が自治会活動の中に解消されることで、自治会は自治会としての固有の活動を民青化させていたと言えましょう。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:07:17
    今の実態は承知しておりませんが、外から窺う限りでは学生党組織は崩壊しており、民青-党という二層構造が学園内に残存しているとは思えません。党の「大衆化」路線により、もはや民青同盟員であることと共産党員であることの差はほとんど存在しないのかもしれませんが。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:10:00
    話は変わりますが、学生党支部においては「学内反共諸潮流」の動向分析も行われていました。勝共連合の他にも、潜在的な自治会批判者たる第四インターや無党派市民運動系の活動家がおり、彼らの勢力がいかに微々たるものであっても、あるいは主張に共通点があろうとも、党による「大学民主化闘争」へのマイナス因子と位置づけられました。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-07 20:10:47
    まぁ、この程度の断片的回想でも民青や共産党が退潮していった理由は分かるでしょうし、ぶさよでぃっく氏がどれほど傲慢な政治組織と対峙していたかも察しがつくと思います。古すぎる話なので「今」の参考にはならないかもしれないですね。梅雨入り前だというのにカビ臭い話を連ねて失礼いたしました。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-08 16:30:05
     http://bit.ly/LwNpxk 「自衛隊の情報保全隊とやっていること一緒じゃんw」← ぶさよ氏の関心所はそのあたりかと。党員は警察と反共組織関係者に接触した際には時をおかず班キャップに報告する義務があり、情報は支部委員会まで上げられ分析されます。「党に対し事実を隠してはいけない」を忠実に守る私は交通違反を二度報告してます(^_^;) 
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-08 16:30:27
    なお、防衛上の観点から会議ではペンネームで呼び合うのがルール。私服にビラを渡した党員が発覚した時は全党一斉にペンネームを変えました。会議に遅刻しようものなら「もし権力の弾圧だったら皆を危険に晒す行為」と批判されることも。
  • 道草クー太郎 @KutaroMichikusa 2012-06-08 16:30:54
    当時の学生党組織ならぶさよ氏とは互角に戦えたかもしれませんね(笑)冗談は置くとして、ぶさよ氏が党に勝った要因は氏の「兵法」もあるとは思いますが、一般学生の支持を集めたことが何よりの力だったと、このまとめからは思いました。党は大衆が一番怖いのです。
  • 623 @623kure 2013-05-29 20:08:29
    多くの運動が抱えた問題は、本来の運動に費やすべき様々な原資を共産党の介入が故に、内なる闘争にむけて消費せざるを得なかったことだろう。それは運動の分裂と衰退を意味した。主役たる民衆が離れる愚かな行為を日本共産党は今日も継続している。

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