山本七平botまとめ／『なぜ人は論理的説得で心的転回を起こさないのか？』～”黙示的”思想伝達手法に抗えぬ日本人～

山本七平bot @yamamoto7hei

26】簡単にいえば、例えば何かの拍子にストーブが滑って近寄って来ても、それが体に触れるまではジュッと感じない訳で、その五分前でも、人はそれに予め触れる事はできない。

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27】そして中根千枝氏の言葉を敷衍すれば、そのストーブが五分後の未来において、人の体に触れた時どういう状態になるかを幾ら説明しても、日本人はそれを信じないという事である。

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28】これを短く言えば「人は未来に触れられず、未来は言葉でしか構成できない。しかし我々は、この言葉で構成された未来を、一つの実感をもって把握し、これに現実的に対処すべく心的転換を行なう事ができない」という事になるであろう。

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29】臨在感的把握は、それが臨在しない限り把握できないから、これは当然の事と言わねばならない。同時に我々は、自らの手で、このような形で言葉を構成した事はなかった。言葉は常に黙示的伝達の手段であった。

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30】これは日本の批評にも現われており、論争の際でも相手の言葉の内容を批評せずに、相手に対するある種の描写の積み重ねで、何らかの印象を読者すなわち第三者に与え、その印象に相手を対応さす事によって、その論争に決着をつけてしまおうとする。

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31】この結果生じたのが「世界で最も罵詈讒謗に弱い」という批評を受ける状態であった。 いわばある種の情況を創出される事を極端に恐れ、その情況による人々の心的転換を恐れるという態度である。

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32】ただこれも「空気しか消えれば消え、従って、論証によってより正確な未来を言葉で構成する事を不可能にしている。それがさらに、人々が「言葉による未来の構成」を実感しないという悪循環を生んだ。

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33】一方、これではどうにもならぬという事に気づいて「否応なく未来の予測を必要とする集団」例えば企業などは、自らを一種の鎖国状態におき、その密室内だけで、自らの内で通用する言葉だけで自己の未来を構成し、その構成された未来と現状との間で事を処理するという傾向も生んだ。

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4】それがまたその閉鎖集団内部の私的信義に基づく忠誠を醸成し「父と子の隠し合い」の倫理を益々強固にしていく。もしこの状態がこのまま進めば、恐らく日本は、その能力をもつ集団ともたない一般人の双方に分かれて行くであろう。

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35】というのは、「空気」に基づく行動が、廻り回っていつしか自分の首を締めて行き、その判断で動き廻っているとどうにもならなくなる事を、人は否応なく実感せざるを得なくなってくるからである。

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36】戦争直後にこの事は嫌という程実感させられたわけだが、現代でも、公害問題が華やかだった時、「経団連」をデモ隊で囲んで「日本の全工場をとめろ」といった発言に対して、ある経済記者が「一度やらせればいいのさ」と投げやりな態度で言った例にその実感がある。

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37】これは臨在感的把握に基づく行為は、その自己の行為が廻り回って未来に自分にどう響くかを判定できず、今の社会はその判定能力を失っているの意味であろう。彼の考え方を要約すれば「ジュッと熱く感じない限り理解しない人達だから、そんな事をすればどうなるかいかに論証したって耳は傾けない。

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38】だから一度火傷すればよい」といった一種の諦めの発言であり、これは戦争中にもある。そしてそれが終って”空気”が消失すれば、結局また同じことを言うわけである。

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39】「日米の生産力・軍事力の違い、石油・食糧の予測、小学生でもわかる計算がなぜできなかったのか……」と同じように「全工場をストップすれば一体どんなことになるか、小学生でもわかることがなぜわからなかったのか」と。

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40】このことは起らなかったが、小規模では絶えず行なわれてきた。そして人々は、この時も洗剤騒動の時も、臨在感的把握に基づく直接的行動が自分に思わぬ結果を招来する事を何となく知ったわけである。それが現在の一種の無反応状態の原因であるという人もいる。

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41】しかしその中である種のエリートは前記の作業をしている。これが次第に進めば、結局新しき士大夫が全てを統治して「民はこれに依らしむべし、知らしむべからず」の儒教的体制へと戻って行くであろう。そして戻って行く事を心のどこかで人々は半ば認め出したのではないかと思われる徴候もある。

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42】これに対して「自由」はいかなる位置に立ちうるのか。それを探すには、かつて彼らが、黙示録的支配から何によりいかにして脱出して来たかの歴史が、一つの参考となるであろう。