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2010年6月28日

好位置との思い出

7/19 NATSUMEN@渋谷クアトロ のライブで蔦谷好位置がNATSUMENから卒業します。つらつらとツイートした思い出話をまとめました。
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KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

蔦谷好位置。今でこそ日本一のプロデューサーとなったが、初めて彼を知ったのは彼が北海道のインディーズバンド「カナビス」にいた頃だった。新宿タワーレコードでたまたま手にしたインディーズのCDがカナビスで、俺は彼らの突き抜けたセンスに一瞬でファンとなってしまった。

2010-06-27 22:34:17
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

しかし、いわゆるインディーズバンド。当時(2000年)は今のようにネットが発達しているわけもなく、彼らの情報など得ようにも得られる訳も無く、「良いバンドだなあ。こんなバンドがインディーズなんて勿体ないなあ」とCDをヘビーローテーションすることしかできない日々が続いた。

2010-06-27 22:37:01
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

しかし、たまたま買った「ぴあ」の巻頭特集ページに「カナビス」の文字を見つける。「おお、あのバンドだ!」彼らのワーナーミュージックからのメジャーデビューが決まり、東京進出するという記事だった。「これで彼らに会える!」と鼻息を粗くし、東京初ライブの日を待った。

2010-06-27 22:39:45
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

東京での初めてのライブは渋谷タワーレコードの地下にあるホールだったが、何かの企画の無料ライブで、抽選で当たらないと行くことができない。しかし協賛が「スペースシャワーTV」だった。ついてる。当時スペースシャワーTVの番組タイトルをデザインしたのでコネがあった。

2010-06-27 22:44:03
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

初めてライブを見た印象はひと言でいうとひどかった。「想像と違いすぎる。これは売れないw」それだけハチャメチャなバンドだった。でも、念願の彼らと会えて非常に嬉しかったので、そのとき持っていた自分でデザインしたポストカードを、彼らに渡してほしいと担当の方にお願いし、会場をあとにした。

2010-06-27 22:47:52
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

デビューしたばかりの彼らの主なプロモーションは、無料インストアライブだった。圧倒的な存在感のあるボーカルと、歌えるギター、もしくは歌えるキーボード(蔦谷好位置)の二人、もしくは三人で様々な場所でライブしていた。もちろん俺は都内の行けるライブは行けるだけ行った。追っかけだった。

2010-06-27 22:51:05
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

彼らと初めて話をする機会がようやく訪れる。下北沢251でカナビスのメジャーデビュー初のワンマンライブ。ライブ後に鼻息粗く自己紹介すると、彼らは俺が渡しておいてほしいとお願いしたポストカードのことを覚えていてくれた。

2010-06-27 22:55:25
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

蔦谷好位置とは同い年。家も徒歩で行き来できるほど近所ということもあり仲良くなった。しかし、バンドは思ったほど売れず、2枚のアルバムを残し解散してしまう。蔦谷好位置が己のプロデューサーとしての力量不足が原因だった、もの凄く後悔していたことを覚えている。

2010-06-27 22:58:51
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

メジャーにいる間は給料が出るが、バンドが解散した途端に収入が無くなる。音楽から足を洗う人、定職に就きながら音楽を続ける人と様々だ。蔦谷好位置は音楽に集中するため、バイトすらせず音楽一本で生きることを選択した。

2010-06-27 23:03:30
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

当時は俺もフリーのグラフィックデザイナー。二人とも大して収入も無く、常に不安な未来と背中合わせの生活を精一杯生きた。お互い信じられるのは自分の可能性と決意だけだ。お互いの家でお互いの制作物を見せ合い、聞かせ合いながら、ビール片手によくそんな熱い話をした。

2010-06-27 23:07:37
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

今や彼は日本一のプロデューサーだ。今思えば自分のプロデュースにも長けており、自分の可能性を詰め込んだCD-Rを関係者に配っていた。俺はその素晴らしい楽曲に似合うべく、彼の名刺代わりとなる格好良いジャケットを制作し協力していたのだが、ある日「コンペに勝った!」と報告を受ける。

2010-06-27 23:13:39
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

JUDY AND MARYを経てソロシンガーとなったYUKIの、次のシングル曲が蔦谷好位置作となる。これはとんでもないビッグニュースだ。ここまでの彼の苦悩や、共に踏ん張って来たことを思い出す必要も無く、自分のことのように嬉しかった。

2010-06-27 23:18:28
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

そこからの蔦谷好位置の快進撃はみなさんの知る通り。一躍時の人としてもの凄いスピードで階段を駆け上がっていく。彼がNATSUMENに加入したのはYUKIのコンペに勝った頃だったと思う。「すげー面白いバンドに参加することになったから見に来いよ」と誘われ、俺は下北沢ERAに行った。

2010-06-27 23:23:29
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

初めてNATSUMENを見た印象は、好位置から聴かされていたままだった。「ギターを弾いているが弦が全て切れている」「ギターを弾かずに振り回している」「ビール」。実に無茶苦茶だが、音楽に嘘の無い、極めて稀に見る最高のバンドを目の当たりにし、即ファンとなった。

2010-06-27 23:29:02
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

その後、NATSUMENのジャケットからTシャツなど数々のデザインをし、フジロックで一緒に涙し、活動停止→復活の瞬間もずっと側で見て来たが、蔦谷好位置の異常なほどの多忙っぷりは、心配せずにはいられない状態となっていた。

2010-06-28 00:01:59
KojiTakeuchi 竹内光司 @adesignerjp

出会いがあれば別れも必ず訪れる。今度は、またいつか同じステージで暴れる蔦谷好位置を見ることを新しい楽しみとし、NATSUMENの新しい未来、蔦谷好位置の新しい未来を今と変わらず見ていくことにしよう。皆様も彼らの応援をよろしくお願いします。

2010-06-28 00:03:53

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