作品の楽しみ方 「引き出し型」/「アジャスト(調整)型」

 面白そうな話だったので、とりあえす初まとめ。  既に誰かがまとめられいたり、不足があったら連絡いただけると幸いです。
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泉信行 @izumino

あと最近、人と会っていて気付いてること。物語の受け手には、「引き出し型」と「アジャスト(調整)型」 がいる。おおまかに分けると

2010-06-27 23:59:50
泉信行 @izumino

引き出し型は、いわゆる教養主義者で、「自分は古いタイプの時代遅れな消費者」と自覚してることが多い。つまり、ある作品には「読み方」というのがあって、その作品が楽しめない理由を「その読み方の引き出しを自分が身に付けていないから」に求める。そして「引き出しを広げる勉強」を良しと考える

2010-06-28 00:03:57
泉信行 @izumino

このタイプに偏る人の場合、ありうる問題としては、「読み方さえ修得すればどんな作品も楽しめるはず」という、ある種の傲慢さや、「引き出しが増えれば増えるほど、より多くの作品を楽しめるはず」という、盲信に基づいた言動を取ることなどがある。読み方のストックが主体で、作品は客体だとも言える

2010-06-28 00:10:32
泉信行 @izumino

アジャスト型に寄った人になると、むやみに引き出しを広げようとするより、文脈を良く知らない作品でも「なんとなくそのまま楽しむ」ことができるように変わる。手持ちの引き出しで対応しようとするよりも、作品ごとに自分の読み方を合わせていく(調整しながらライブに作り上げていく)ようなイメージ

2010-06-28 00:14:47
泉信行 @izumino

実際の性格で例えると、「対策を増やそうとするタイプ」と「順応力を高めようとするタイプ」という分け方でいいと思う。もちろん、この両方の特性を合わせ持った人が一番理想的。あと、前者タイプは「誤読率」が高い人達なので、逆にユニークな解釈をひねりだせるという能力が評価できる

2010-06-28 00:19:46
泉信行 @izumino

アジャスト型は、いわゆる「私は作品を読むとき、まずその作品の大ファンになったつもりで読むんです」と言っちゃえる人にも近い。GiGiさんが言っていた「ニコ厨」も近い。ただ、作品に合わせることに特化していても限界はあるので、なかなか理想どおりにはいかない。

2010-06-28 00:28:55
このツイートは権利者によって削除されています。
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泉信行 @izumino

で、もとからアジャスト型の人は、メソッドやツールにはあまり関心を持たないので、ぼくの読者は基本的に引き出し型の人が中心になるんだろうなー、と言えると。ちなみにさっきまで、明らかにアジャスト型の人相手にこの話してました

2010-06-28 01:53:40
泉信行 @izumino

「ニコ厨的なアジャスト型の人種」がネットで増えていくのは良いことだと思われる。ただ、このタイプは自主的に語りたがる性格でもないので、Twitterのようなコミュニケーションツールをうまく咬ませて意見を汲み出していく形になりそうだ

2010-06-28 02:00:43
泉信行 @izumino

まだ話を続けますけど。引き出し型とアジャスト型に消費者が分かれるという分析は、「伝わりやすい作品にするにはどうすればいいか」という問題につながる。引き出し型には「引き出しと照応できずに理解できない」という伝わらなさがあり、アジャスト型には「内容に自分を合わせられない」があるからだ

2010-06-28 02:06:00
泉信行 @izumino

これに対して、古くから作り手の取ってきた工夫というのが、teachingとleadingだ。ティーチングは、作品の読み方がわかるように、それとなく(or あからさまに)作品の中で消費者に教えようとする。笑えばいいシーンで笑い声を入れるような手間をかけるわけだ

2010-06-28 02:10:50
泉信行 @izumino

ちなみにニコ厨がニコ厨たりるゆえんは、このteachingをコメントや大百科が肩代わりしてくれているからだ。コメントが自動的に楽しみ方を教えてくれるので、「なんとなく期待しながら見ておけば、勝手に読み方がわかってくるだろう」という、のほほんとしたスタイルが自然になっていく

2010-06-28 02:14:08
泉信行 @izumino

逆に「読み方がわからないから楽しめない!」「この読み方は間違っているのではないか?」とか真剣になりがちなのが引き出し型で、彼らには「どの引き出しで読めばいいのか」という参照項を誘導してあげるleadingが有効になる。既存作品の引用をして「あ、そのオマージュか」って理解させるとか

2010-06-28 02:20:28
泉信行 @izumino

このティーチングとリーディングが両方弱い作品というのが、「読みにくい」と言われたりする。例えばアメコミが「読みにくい」と言われたりするのも、構造的に読みにくいというより、ティーチングもリーディングもいまいちうまくいってないからだ、と考えた方が実際に近い

2010-06-28 02:23:38
泉信行 @izumino

ただし、ティーチングとリーディング(教と導)がうまくいっていないことと、その面白さは別問題。それに、「教導」の強さが必要かどうかは環境で異なってくる。さっきの例でいうと、アメコミはアメリカ本国だと教導は弱くていいが、日本では弱くちゃダメだと考えられることになる

2010-06-28 02:28:18
このツイートは権利者によって削除されています。
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泉信行 @izumino

@Tetsugaku ぼくの印象だと、知ったか呼ばわりされるのは引き出し型の傾向のある人達で(常に付け焼き刃だから)、アジャスト型はそもそも知識を「ひけらかさない」のが特徴だと思います

2010-06-28 02:42:55
泉信行 @izumino

@Tetsugaku 要するに、ニワカ知識で「わかったつもり」に陥るのはどっちでもありうることなんですが、「頑張って全部わかろうと気張る」のが引き出し型で、「自然とわかる範囲以上のことはべつに気にしない」のがアジャスト型なんだと思ってます。極端に分けるなら

2010-06-28 02:46:34
泉信行 @izumino

まぁだから引き出し型とアジャスト型の言い争いとしては「リーディングが不十分だろボケ」に対して「充分ティーチングされてっだろ、ちゃんと全部読めカス」というのがあって、自分の知識が主体となっているか、作品そのものを主体化するか、の齟齬がそこで生まれている

2010-06-28 03:01:29
泉信行 @izumino

それは「このにわかが」と叩いてる人が引き出し型なだけです(笑) “@Tetsugaku: @izumino ニコニコは原作を知らないまま、アジャストで作品を楽しむことが多いと思うんですけど、そうすると、気軽な感想に『知ったか乙』というレスがついてなんだかなぁという……。”

2010-06-28 03:03:58
泉信行 @izumino

@Tetsugaku ニコニコで「このにわかが」は基本的に嫌われると思うんですが、そういう人がいるから大百科も更新されるし、原作や教養を広げようとする人も出てくるという意味で、共存してるんですよね。ある意味、共依存に近い関係かもしれません

2010-06-28 03:06:48
泉信行 @izumino

RT @Tetsugaku: @izumino 生徒が居るから、教師が育つパターンですね。「こんなことを知らない人も居るのか」と言うことでデータベースが更に増えるという。ニコニコの場合は大百科だけでなく、原典映像も関連映像としてアップされたりするのがいいところですね。

2010-06-28 03:12:04
泉信行 @izumino

問題は、引き出し型の人が学ぶ側に回った場合で、基本的に「熱心な学ぶ姿勢」を示すんだけど、「自分が培ってきた読み方は絶対に捨てきれない」「理解できないものについてはとことん理解できない」「アジャストできてない状態でも作品の批評はやりたがっている」という問題が重なっていくことがあり

2010-06-28 03:18:26