0.はーい、chimumuだよー。さてさて、今日はシナリオのかなりヤバ目のテクニック「赤いニシン」についてヒッチコックの『サイコ』を題材につぶやくよー。ネタバレしまくりだから、『サイコ』見ていない人は読まないほうがいいよ。
2012-06-18 23:49:341.『サイコ』のプロットは割とシンプルである。金に困った男に惚れている女(ジャネット・リー)が、会社の金を盗んで男に渡しにいく。その過程で「本当にこんなことしていいのだろうか」という不安が、警官による尋問などを効果的に挿入しながら、丁寧に描かれてる。ここが序盤。
2012-06-18 23:50:582.夜、道中で激しい雨に遭い、彼女はモーテルに立ち寄る。ここまでで27分。このモーテルの経営者(アンソニー・パーキンス)がかなり怪しい。壁穴から彼女の部屋を覗いたりしている。どうみてもアブナイ奴である。観客は、彼女の身の安全を懸念する。物語はここで加速し始める。この辺で約44分
2012-06-18 23:56:453.このあたりは「どのようにして彼女はこの男の魔の手から逃れられるのだろうか」という気持ちで観客は映画を見ている。しかし、約49分頃、シナリオの構造でいえばミッドポイントで凄まじいことが起こる。シャワーを浴びている彼女は何者かに刺殺される。http://t.co/ntQHKye3
2012-06-18 23:58:404.この殺害シーンのショットと編集は「サイコシャワー」と呼ばれてもの凄く有名である。絵コンテを描いたのがソール・バスというこれも有名なタイトルデザイナーだ。ここはイーストウッドの『恐怖のメロディ』やスコセッシの『レイジング・ブル』など多くの模倣を生んだ。
2012-06-19 00:00:155.話を戻そう。この殺害は完全に予想外である。なぜならば、主人公は物語の中途では死なないというのが、物語の鉄則だからだ。我々は知らず知らずのうちにそういう教育を受けている。では主人公は中途では死なないという鉄則は破られたのかというとそうではない。彼女は主人公ではなかったのである。
2012-06-19 00:01:246.このように観客をミスリードするテクニックを「赤いニシン」(red herring)と呼ぶ。一般的なシナリオ用語ではリバーサルである。これは当時としては相当な離れ業だったにちがいない。
2012-06-19 00:02:487.そして、この「赤いニシン」の中で、主人公ではない人間をそれらしく見せ、それを殺すなどして観客を混乱に陥れ、もう一度別の主人公で物語をすすめる技法が『サイコ』で披露される。こういう、主人公では実はなかったキャラを「まちがった主人公」(false protagonist)と呼ぶ。
2012-06-19 00:06:368.では、『サイコ』の本当の主人公は誰か? 殺害したモーテルの経営者、アンソニー・パーキンスである。しかし、そんな異常な性格の殺人者が主人公になりえるのだろうかという疑問も湧く。彼に共感出来る人間などほとんどいないのに。
2012-06-19 00:09:069.しかし、ここでヒッチコックは映像の力を巧に使いながら、徐々に、殺人者の物語としてこの作品を見るように観客を誘導していくのである。
2012-06-19 00:10:0110.その最も秀逸なシーンが、女が乗ってきた車をアンソニー・パーキンスが沼に沈めるくだりだ。ここで、車はすぐには沈んでくれず、屋根を水の上に出したまましばらく浮かんでいる。観客の心の中に「大丈夫?」という気持ちが芽生える。その時、完全に主人公が切り替わるのである。そして車は沈む。
2012-06-19 00:10:5111.この殺人犯に、殺害された女の妹と恋人だった男のカップル、そして私立探偵が迫る。ここから先は、観客の心の中には「主人公は殺人を犯した。彼は捕まるのだろうか」という感情が支配的になっていくのである。ヒッチコック映画の基本である。
2012-06-19 00:12:3912.シナリオを検討するときに、よく「主人公に共感出来ない」ということが言われる。そういう発言をする人は大抵「主人公が好ましい振る舞いをしていないので魅力がない」ということを指摘している。しかし、生半可な共感などは映画にはほとんど役に立たない。
2012-06-19 00:13:0713.共感が物語にとってもっとも強烈に作用するのは、とうてい共感出来ないであろうキャラクターにおもわず共感してしまう時だ。その時、<共感>から<驚異>に感情は変質しているのである。それをとても巧妙にやっているのが『サイコ』である。主人公を入れ替えて驚かしているだけではないのだ。
2012-06-19 00:15:4114.因みに、「赤いニシン」という呼称の由来は、動物愛護の立場から貴族のキツネ狩りに反対している人が、キツネのいる方向とは逆に赤いニシンをぶら下げて猟犬の嗅覚を攪乱したというところから来ているらしい。これは僕も最近になって知ったことである。
2012-06-19 00:16:07