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山本七平bot @yamamoto7hei
①【「人種的憎悪」について】『ニューズウィーク』誌を見ていたら、ジョン・ダワーの『非情な戦い――太平洋戦争における人種と勢力』の紹介が目についた。理由は、戦後にフィリピンの収容所で目にした、醜悪に戯画化された日本兵のマンガが冒頭に掲げられていたからである。<『「常識」の落とし穴』
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②われわれの世代はこのマンガだけで、その中で日本人がどのように描写されているか、ある程度は想像がつく。もちろんダワーが、それを、戦争という異常な状態における人種的偏見として紹介しているにしても――。
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③従って紹介の内容のうち、「出っ歯で、近視で、チビザル」の「ジャップ」は人間以下だと言ったようなものには少しも驚きを感じなかったし、次の紹介文ぐらいの程度なら、不思議とも思わない。
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④「人類学者は、日本人は幼くて、野蛮で半ば狂っていて、子どものころの排泄のしつけが原因で大人に十分なりきれず、彼らが何かにつけ劣等意識をもつのも当然、と解説した」と。
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⑤マッカーサーの日本人十二歳説はおそらく、こういった”人類学者”の影響であり、彼自身は、本当にそう信じていたのであろう。だが、次の紹介文には、自己の経験から戦時中のことにはあまり驚かない私も、少々驚いた。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑥「……あと8cm背が高かったら、日本人は真珠湾を攻撃しなかった筈、という報告書があるかと思えば『現代に生き残った一種の奇形』と言ってのける雑誌もあった。スミソニアン研究所のある科学者はルーズベルト大統領に『日本人の頭蓋骨は我々よりおよそ二千年発達が遅れている』と報告している。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑦この生物学的遅れを取り返すためには、戦争が終わったら日本人は他の人種と結婚すればよい、とルーズベルトは言った」
山本七平bot @yamamoto7hei
⑧日本にも確かに「鬼畜米英」という言葉はあった。しかしこれはいわば一種の誇大表現であることを、この言葉を口にする者も聞く者も暗黙のうちに了解しており、米英人を本当に、人間でない「鬼」と「畜生」であると思っている日本人はいなかった。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑨そしておそらく当時の日本のどの記録を探しても「アメリカ人は生物学的に日本人より二千年遅れている」といった”人類学者”はいなかったであろうし、「幼くて、野蛮で半ば狂っている」といった”人類学者”もいなかったであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑩いわば戦時中の日本人の反米的表現は、アメリカ人のように、はっきりした具体性をもち、一見、科学的ないし学問的な裏づけをもつようなものではなかったといえる。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑪もちろん日本側にも米英への憎悪はあり、これは戦争にはつきものだといえるが、日本人にあるのは「敵への憎悪」であっても「人種的憎悪」ではなかったといえる。このことは、自らが人種的憎悪の対象であったヘブル大学の日本学教授ペン・アミ・シロニー博士も別の表現で記している。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑫いわば同じドイツ国民でもユダヤ人であれば抹殺したのは、敵への憎悪というより人種的憎悪というべきであろう。だがアメリカ人にも同じ傾向があったことは、この本の紹介をみるとわかる。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑬コンセントレーション・キャンプに入れられた日系人を「どこで卵がかえろうが、毒蛇は毒蛇」とロサンゼルス・タイムズが記したと。以上のように見ていくと「敵への憎悪」と「人種的憎悪」とは、はっきり分けて考えるべき問題である。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑭もちろん憎悪とは一種の感情であるから、その感情を抱きえないものには理解できない。そして日本人には「敵への憎悪」は理解できても「人種的憎悪」は本当には理解できないものであろう。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑮これはおそらく、われわれがその歴史において、多人種国家を経験したこともなく、例外があるとはいえ、少数民族を抱え込むことも、少数民族として抱え込まれたこともないからであろうが、人類の世界に「人種的憎悪」というものがあることは、残念なことだが、認めざるをえまい。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑯戦争が終われば敵への憎悪はやがて消える。しかし人種的憎悪は戦争・平和に関係なく存在する。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑰ただ、人種的憎悪は勿論のこと、人種的偏見も表面的には「悪」と規定され、それゆえに世界は南アフリカ政府を非難し制裁しているわけだが、しかし非難している側にも同じものが潜在し、それが別の表現、いわば「正義」や「公正」の仮面をかぶって作用して来ないという保証はない。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑱たとえば東京裁判の「文明に対する罪」や「人道に対する罪」は、日本人は「野蛮で残酷、無慈悲で狂信的」だから原爆を落とすのを当然としたトルーマンの日記と、前に引用した”人類学者”や”生物学者”の意見と対応してみるとその真意がよくわかる。
山本七平bot @yamamoto7hei
⑲そして戦後、日本人の中にさえこれを継承し、自虐的な自己憎悪、即ち日本人による日本民族への憎悪が一種の「正義」としてまかり通ってきたこともまた事実である。こうなると「いわんや、他国に於いてをや」という気もする。この問題は、日本側でも深く研究すべき問題であろう。

コメント

冷たい熱湯 @Tuny1028 2014年3月3日
仮にも科学者と呼ばれる人々が感情で己の説を歪ませるものだろうか。彼らはおそらく「憎悪」ですらなく「理知的」に判断した上で日本人が人種的に劣った存在であると確信していたのであろう
イーソップ @AES_OP 2014年10月17日
もちろん、歪ませる。否、歪ませる必要などない。そのような形で最初から生まれてくるのだ。この場合の「人種的憎悪」の「憎悪」とは、つまり日本人が思うような「憎悪」ではない。「人から人へ向けられる憎悪」ではないのだ。"例えば”だが、犬が人と同じ食卓で食事をすることを不潔、と思うような、そんな憎悪なのだ。有色人種が、白人種よりも劣っているのは、彼らにとっては感情でもなければ、理学もんでもない。文化なのだ。それはもう、逃れようのないほどに積み重ねてきてしまった文化として、人種差別というものが根付いている。
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