貴女に会うために

パラケスス家一番のリア充短編。
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霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 「ただいま帰還したでありますよー!」よく言えば陽気、悪く言えば知性がまるっきり削げ落ちたような声と共に、その館の扉が開かれた。館の中は耳鳴るほどに静まり返り、昼間だと言うのに薄暗い。あらゆる窓に薄いカーテンが引かれている。幾世代も遅れた調度品の数々。

2012-07-01 22:24:06
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL そんな、時に取り残されたかのような館である。建っている場所も、地図にも載らないような深い森の奥だ。廃墟であってしかるべき館。しかしそのどこにも、僅かな埃も積もってはいなかった。誰かがここに住み着いて、手入れを怠らない証拠である。扉を開けた男はざっと中を見回し

2012-07-01 22:27:39
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 満足げに笑ってみる。白衣に眼鏡、というどこにでもいそうな研究者然とした男だった。水面のように煌めく美しい金の髪は、てんで無法にはねていて不格好である。「たっだいまー!!」男は館の中に響き渡るよう、大声でまたも叫んでみる。しかし帰ってくるのは静寂のみだった。

2012-07-01 22:35:36
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 「あっれー?ガルザー?いるでござろーう!?」にやにやと男は誰かに向けて声を張り上げる。「ガルザの喜びそうなお土産もこうして持って帰ってきたでござるよー!?」そう叫び掲げるのは、小脇に抱えていた箱である。軽々持ち上げどこかに見せつけてみるが、やはり反応はない。

2012-07-01 22:42:22
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 痛いほどの静寂に対し、男はぽん、と手を打つ。「そうえいばこの前はお気に召さない様子でごっざったなあ。でも今度はきっと気に入るでござるよ!」そう言って男は箱を開き、中の物を取り出し「じゃーん!見て欲しいでござるよこの」頭上から振り下ろされた包丁を軽々避けた。

2012-07-01 22:52:49
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 「えー……」避けはしたが、肝心の『お土産』が無残にも被害を被ってしまっていた。残念そうに摘まんだボロ布を見下ろして、そして男は顔を上げる。「気に入らない?でござる?」こくり、と目の前の者は静かに頷いた。包丁を構えたまま、彼に真っ直ぐな怒気を飛ばしている。

2012-07-01 22:57:15
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 女である。背丈は彼より少し低く、華奢な体をメイドの正装で固めている。どこにでもいそうなその見てくれに、しかし明確に浮かぶ違和感が乗っている。女は仮面を被っていた。舞踏家などで用いられるような、装飾めいたものでは決してない。顔全体を覆う無骨な鉄仮面。

2012-07-01 23:01:28
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 目鼻口の場所にも穴が一つも穿たれてはおらず、まるで拷問器具や、拘束具といった仮面である。メイド姿とどう考えたところで親和性の欠片もありはしない。しかし女は当然の空気でその姿で現れて、男はそんな女に怪訝な顔ひとつ向けなかった。代わりに無念そうな眼差しを飛ばす。

2012-07-01 23:05:07
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 「折角ガルザに着てもらおうと、東の国から輸入したものなのに……」しょんぼり、と紅白眩い布を片付ける男。ミコフク、とか言うらしいそれは、東国の聖職者がまとうという女性用の礼装だった。とはいえ彼もガルザも東国の生まれでもなければ、特別信心深いわけでもない。

2012-07-01 23:10:49
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 「何で取り寄せたのかって?決まっているでござろうよ!」無言のままで包丁を向けるガルザに、男は勝手に顔を明るくして宣言。「布地が多くて丈も長く、一見守備が固いように思えてその実!動きにくくて無防備になるわちらちらと地肌が見える部分があったりしてとにかくもう萌」

2012-07-01 23:14:38
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 今度はフォークが飛んできた。ひょい、と肩を竦める程度でそれをかわす彼。そしてニヤリ、と照れ笑いのようなものを浮かべ「……ツンデレ」顎を狙った鋭い蹴りを摑んで止める。ガルザは瞬間身を大きく捻り、その拘束から逃れ飛びのいた。彼は残念そうにため息をつくだけだった。

2012-07-01 23:18:35
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 「また色気のない下着を選んでもう!うん!すっごくいいと思うでござるよ!うん!黒とか紐とかそんな冒涜的な布きれより、やっぱりこう、真っ白に小さなリボンとか、そういった色気のなさが逆にそそるって言いますかって!ちょっと待って欲しいでござるよガルザったらあ!」

2012-07-01 23:23:22
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 何も言わずに踵を返し館の奥に消えるガルザの後を追い、男は小走りに駆け出した。何も言葉を発しないガルザ。それにひたすら、しつこいほどに益体もない言葉を贈る男、ギルバート。彼らの関係は明確だった。彼は彼女を救いたいと思っていて、彼女は彼を憎んでいた。

2012-07-01 23:25:31
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL そうしてガルザを追ううちに、リビングへとたどり着いた。ガルザは隣の厨房に消え、彼はただ一人取り残される。それ以上追うことはせず、彼は大人しくテーブルにつくのであった。ことこと、と鍋を煮込む音と、たたた、と軽やかな包丁の音が届き始める。

2012-07-01 23:38:49
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL その律動に耳をすませながら、男は目を閉じる。幸せだなあ、とひたすらにのろけを噛みしめる。口に出してしまえばまた何が飛んでくるか分かったものではない。しかし愛する女性が側にいる。それ以上の幸せなどありえるものか。彼はひたすらに笑みを浮かべるだけだった。

2012-07-01 23:46:30
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL ガルザは炊事洗濯掃除、あらゆる家事を任されて、三百年もの長きに渡って彼と二人きりの生活を続けている。しかしガルザは彼の恋人でも彼に雇われたメイドでもなかった。彼女は彼が名目上保護し、見守り、そして軟禁しているものだった。彼女を生かす、それが彼の仕事だった。

2012-07-01 23:52:26
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 彼とガルザとの出会いは、今から三百年ほど前に遡る。彼はその頃もまた発明家として名を馳せていて、そして今よりも欲に溺れていた。より知識を、結果を、名声を、さらなる上ばかりを追いかけ邁進し続けていた。寝る間を惜しんで実験を繰り返し、身の安全を顧みることなく

2012-07-02 19:31:34
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL あらゆる危険に首を突っ込みつぶさにデータを取り続けた。とはいえ彼は世界を知ろうとしていたわけではなかった。彼の父はこの世の神に等しい存在だ。そのため彼は元より、この世のあらゆる事象を識ることのできる位置に立っていた。そのため彼は切り拓くことを選んだ。

2012-07-02 20:50:23
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL この世をあまねく理解した上で、誰も見たことのないような方法で世界を切る。最初は父を超えるため、そのうちに自らの欲のため、彼はあらゆる分野の技術に手を染めて様々なものを作り上げていった。そんな彼に送られるのは、賞賛や畏怖の遠巻きな目ばかりだった。

2012-07-02 20:54:35
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 一種異様とも言える、節操のない研究の鬼である彼に近付こうとする者はほぼ皆無であった。たまに知識や技術を盗むため弟子入り志願が現れても、それらもすぐに諦め姿を消した。彼は学問にならない生き物には、たとい親兄弟といえども碌な興味を失くしていた。

2012-07-02 20:57:28
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 目標である父も、いつしか超えるべき壁から知識の源としか見なくなっていた。彼はたった一人きり必死に数多の道を切り拓き続けた。それらの日々を思い返すにつけ、現在の彼は首を捻るばかりである。一体何がそんなに楽しかったのか。他人事のように不思議がる。

2012-07-02 21:00:33
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 転機はある日、父から一つの役目を任されたことによる。『さる某国某魔術師が、道を外れた研究をしている』それを探って物によっては始末をつけろ、そんな物騒な使命を受けた。彼は喜び勇んでその魔術師の元に向かった。父は仮の神としての職務を忘れることなく、時たま道を示す

2012-07-02 21:06:54
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL べく自ら動き、また他の者を遣わし世界の形を歪めないよう務めていた。そんな仕事の一部を彼もまた担わされていた。道に外れた魔法、つまり輪廻転生に関わるものであったり、生物を作り変えたりする所謂邪法というものである。父はそうしたものを酷く憎んでいた。

2012-07-02 21:09:41
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 彼はしかし、そうした技術に少しばかりの興味があった。邪法の研究を闇に葬るそのついで、手間賃の代わりだとばかりに書物やデータをこっそりと手の内に入れていた。使う気はなかった。しかし父が忌避するものを自分は好んで蒐集している。そんな優越感がなかったわけではない。

2012-07-02 21:14:59
霜野おつかい@イケナイ教アニメ化! @otukai

@sousakuTL 件の魔術師は大国に召し抱えられ、そこで何かしらの研究に寝食を削り没頭しているという。彼は夜を待ちその研究所に忍び込んだ。宮殿の奥深く、その地下に掘られた大きな魔術施設。彼がふらりとそこに足を踏み入れた時、幾人かの人間が忙しなく動き回っていた。

2012-07-02 21:20:56