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大飯原発デモとハーバーマスの「核時代の市民的不服従」

以下もご参照下さい。 『市民的不服従をめぐるやりとり』 http://togetter.com/li/331119
政治 原発 市民的不服従 デモ ハーバーマス
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あらら @A_laragi
@takashima724 @hirakawah @tari_GT そういえば、ハーバーマスが「核時代の市民的不服従」というある意味ズバリの論考書いてましたね・・・。
あらら @A_laragi
「…法律家たちのあいだで支配的な見解を教えてもらうと、「法は法だ」というメンタリティが幅をきかせていることが明らかである。法治国家において市民的不服従を試みる者…は、法という最も傷つきやすい最高の文化的獲得物のひとつを危険に晒す輩とされ…」(ハーバーマス「核時代の市民的不服従」)
あらら @A_laragi
「これに対してロールズの主張によれば市民的不服従こそは、民主主義の道徳的基盤が適正に理解されているかどうかの試金石なのである…つけ加えるならばドイツの地における最初の民主主義的共和国…の成熟度をはかる試金石でもあるのだ。」(ハーバーマス「核時代の市民的不服従」)
あらら @A_laragi
「…近代国家はその市民が、法秩序を刑罰への恐怖からではなく、自分から自由に承認することを求めている。…通常こうした承認は、憲法に即した機関によって法が合議され、議決され、発布されていることをその根拠としている。」(ハーバーマス「核時代の市民的不服従」)
あらら @A_laragi
「だがこうした正当化をいくら論じても、この正当化の手続き自身がなぜ正当であるのか、また憲法に即した諸機関の正規の活動が、いや最終的には法秩序全体がなぜ正当であるのかについては、何の答えも出て来ない。」(ハーバーマス「核時代の市民的不服従」)
あらら @A_laragi
まあそういうわけで、もちろん「法は法」なのですけど、その「法」や法体系そのものの正当性について、常に問い直す機会というものが、民主主義国家にとっては不可欠なわけですね。その重要な契機の一つが、「市民的不服従」なわけです。
あらら @A_laragi
ちなみに、「市民的不服従」というのは、アナーキズムとは異なるので、その重要な条件は、「法規に違反した場合の法的結果を引き受けること」です。つまり、それに伴う刑罰については甘んじて受けることがセットになります。
北守 @hokusyu82
@A_laragi あ、ただその前提は、承認しうる憲法秩序が存在していること、ですよね。
あらら @A_laragi
(つまり、さらに根源的な問い直しも原理的にはありうるということですね)
あらら @A_laragi
現在、大飯原発の前で起こっていることは、決して単なる「操業妨害」でも無法な「立ち回り」でもありません。民主主義国家の市民として、誇りをもってなされ得る「市民的不服従」と解釈すべき行為です。私たちはその問いかけに、「法」ではなく法以前の「正義」という観点から向き合う必要があります。
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