2012年7月13日

病院坂の首縊りの家

It's only a paper moonという曲から見えてくるものは?かなりネタバレしてますので、原作を未読のかたや映画を未見のかたはご注意ください。
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カルヴァドス @cornelius0321

『病院坂の首縊りの家』再読。原作にもIt's only a paper moonが出てくる。この曲は、重要なことを含んでいると思う。近いうちに、長々とツイートしてみたい。 http://t.co/6LWpLZg0

2012-06-28 23:39:59
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カルヴァドス @cornelius0321

<病院坂の首縊りの家1> ①原作でも映画でも、ジャズの名曲であるIt’s only a paper moonが効果的に使われている。山内敏男と山内小雪の兄妹は、「アングリー・パイレーツ」というジャズ・バンドを組んで生計を立てている。

2012-07-01 00:16:50
カルヴァドス @cornelius0321

②ジャズ・バンドで暮らしているというだけなら、別にジャズのどんな曲でもいいのに、なぜこの曲なのか。まずこの動画を見て欲しい。http://t.co/u7AL03UK

2012-07-01 00:16:38
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カルヴァドス @cornelius0321

貼りつける動画間違えてしまった。後で訂正しよう。ヒトフクロウの呪いだな…

2012-06-30 01:04:45
カルヴァドス @cornelius0321

③paper moonというのは「紙製の月」で、昔のアメリカあたりでは、月にまたがって写真を撮ると幸福になれるというジンクスがあったのだそうだ。もちろん本物の月にまたがることは不可能なので、ボール紙などで作った舞台装置の月をスタジオに設置して撮影するわけだ。

2012-06-29 23:28:17
カルヴァドス @cornelius0321

④そんな装置を備えて写真を撮る場所といえば、広いスタジオのある「写真館」しかない。 そう、この曲は、「写真撮影と関係がある」のだ。私たちは、この曲からこのことを確認しておきたい。

2012-06-29 23:28:06
カルヴァドス @cornelius0321

⑤Say, its only a paper moon(ほら、ただの紙で作った月ですよ)、 Sailing over a cardboard sea(ボール紙の海に浮かんでいる月ですよ)、

2012-06-29 23:27:56
カルヴァドス @cornelius0321

⑥But it wouldn’t be make-believe(でも、作り物には見えませんよ) If you believed in me(私の腕前を信じて下さればね)

2012-06-29 23:27:45
カルヴァドス @cornelius0321

⑦写真屋が客にそう言って、本物の月みたいに撮ってあげますよという場面のように考えられる。

2012-06-29 23:27:35
カルヴァドス @cornelius0321

⑧映画では、金田一耕助(石坂浩二)が本條写真館に写真を撮影しに来た時に、黙太郎(草刈正雄)が、深山幽谷とか神社とか、写真の背景になるスクリーンをあれこれ取り替えるシーンが、はじめの方に出てくるが、これも一種のpaper moonだといえる。

2012-06-29 23:27:23
カルヴァドス @cornelius0321

⑨make-believeは「つくり話」「つくりもの」という意味だ。そしてこの言葉が仮定法で使われているという所も重要である。仮定法は、必ず何か含みのある表現である。

2012-06-29 23:27:09
カルヴァドス @cornelius0321

⑩「私を信じてくれれば、作り物には見えない」を言い換えれば、「私を信じてくれなければ、作り物であるということがバレる」ということになる。

2012-06-29 23:26:48
カルヴァドス @cornelius0321

⑪原作では、クラブで小雪たちが演奏しているところに法眼由香利が乗り込んでくるという場面でこの曲が使われている。つまり、小雪と由香利が対峙するシーンを象徴するものとしてIt’s only a paper moonが使われている。このことを、見過ごしてはいけない。<2につづく>

2012-06-29 23:26:32
カルヴァドス @cornelius0321

<病院坂の首縊りの家2>①It’s only a paper moonで示したように、この物語は、20年にわたる壮大なmake-believe(つくり話)として展開されることになる。

2012-07-01 02:04:48
カルヴァドス @cornelius0321

②今回私は、この長い小説を、推理小説としては読まなかった。そう断ったうえで、読み直してみた場合、上巻のテーマは「私は父なる人といかなる関係を持つべきか」である。

2012-07-01 02:03:16
カルヴァドス @cornelius0321

③幼くして実父・桜井健一を亡くした弥生には、父なる人の思い出がほとんどなく、「父と娘のあいだにはスキンシップが欠けていた」(上巻p.24)とあり、さらに次のページでは、父の後継者である男(=猛蔵)とのあいだにスキンシップを感じたのかもしれないことが示唆されている。

2012-07-01 02:03:07
カルヴァドス @cornelius0321

④実父のいない弥生は、血縁関係にない猛蔵とのあいだで父娘関係を「構築し直す」。同様に、実父のいない敏男は、血縁関係にない琢也とのあいだで、父息子関係を「構築し直す」。

2012-07-01 02:02:55
カルヴァドス @cornelius0321

⑤そして弥生と猛蔵の父娘関係はSMという形で構築し直され、敏男と琢也の父息子関係は、「風鈴集」から「天竺浪人」という形で、文学の才能を通じて構築し直される。これが先ほど挙げた上巻のテーマに対する答えである。

2012-07-01 02:02:46
カルヴァドス @cornelius0321

⑥敏男は、血のつながらない父・琢也から愛情を受けて育った。次の言葉がそれを裏付ける。

2012-07-01 02:02:31
カルヴァドス @cornelius0321

⑦「琢也は縁もユカリもないこの敏男をとても可愛がりました。…眼の中に入れても痛くないほどの可愛がりようでございました」「敏男もまたその寵愛にこたえて琢也を真実の父のように慕っていました」(下巻p.358)

2012-07-01 02:02:22
カルヴァドス @cornelius0321

⑧下巻に出てくる言葉だが、これは小雪によって語られる回想なので、時系列的には上巻の範疇である。私たちは、この敏男と琢也の関係から、「血縁関係がなくても、人は人と幸福な家族関係を構築できる」ということを確認しておきたい。

2012-07-01 02:02:10
カルヴァドス @cornelius0321

⑨映画の猛蔵はSそのものであり、弥生はその被害者なのでMと考えられるが、原作の弥生はSで、猛蔵はその容貌に反してMである。そして弥生のS性が、娘の万里子や孫の由香利に継承されていく。

2012-07-01 02:02:00
カルヴァドス @cornelius0321

⑩原作の敏男もその容貌に反してMであり、由香利を拉致した後、由香利のS性の虜となり、二人は痴情の果てに絶命する。敏男があの空き家で変わり果てた姿になったのは、これが理由である。

2012-07-01 02:01:48
カルヴァドス @cornelius0321

⑪首から上だけの無残な姿なのは、首から下を見られては困るからだ。映画と原作で大きく異なるのはこの点である。

2012-07-01 02:01:38
カルヴァドス @cornelius0321

⑫さてここから、弥生と小雪によっていろいろな処理がされた後、小雪が「由香利」であることにmeke-believeされる。そしてその「由香利」は滋と結婚し、不羈奔放なわがまま娘から落ち着いた奥様へと「変貌」する。

2012-07-01 02:01:24
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