茂木健一郎氏 @kenichiromogi 【時代の気分をとらえる点において、大人も子どもも変わらない】連続ツイート
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じお(1)昨日、とても温厚な紳士とお話していたら、「いやあ、私たちの時は、学生運動で大学をバリケード封鎖していたから」と言われて、はっとした。今のその方を見ると、とてもそんな風には思えない。しかし、確かに年代的にはそうである。それで、「あの頃」のことを、いろいろ思い出した。
2012-07-14 10:31:10じお(2)「あの頃のこと」と言っても、私は1962年生まれだから、70年安保は8歳。ほとんど、何もわかっていなかった。それでも、子どもなりに何かを感じていたことは確かで、いくつかのことが鮮明に記憶に残っている。例えば、「安保反対、安保反対」というシュプレヒコール。
2012-07-14 10:32:37じお(3)小学校に上がったばかりの子どもが、「安保、反対、安保、反対」と言っても、なんのことだかわからなかったが、とにかくそこに「時代」があるようには感じていて、友だちたちと一緒に歌っていた。それから、小学校の校歌に、「小学生われら、ここに学ぶ」という一節があるのだけども、
2012-07-14 10:34:09じお(4)その部分を、「小学生われら、ここに全学連!」と替え歌にして歌っていた。全学連というのが何のことだかよくわかっていなかったが、「ゼンガクレン」という音が好きだったし、「ゼンガクレン!」と言うと、先生たち大人が慌てたり、独特の反応をするのが楽しかったのだと思う。
2012-07-14 10:35:32じお(5)振り返ってみると不思議なのだが、社会の中で起こっていることの詳細はわからなくても、その空気は実に正確にとらえていたように思う。1969年の東大入試が中止になった、というのは、今考えれば大変なことのはずなのだけれども、そんなことも、「うわー」みたいに受け止めていた。
2012-07-14 10:36:45じお(6)何とはなしに勢いがあって、楽しそうでさえあった学生運動が、次第に崩壊していく感じも、小学生なりに正確に捉えていたように思う。浅間山荘事件は小学4年生の時だったけれども、山荘の建物に大きな鉄の球がガンガン当たるのを見ていて、ああ、一つの時代が終わるのだな、と感じていた。
2012-07-14 10:38:06じお(7)小学校高学年の頃には、新聞を読むようになっていて、浅間山荘事件の後に発覚した連合赤軍事件の詳細は、新聞の活字として鮮明に覚えている。それでも、今思い出して不思議に心に残っているのは、新聞など読むことがなかった、小学校に上がるか上がらないかの時に私が感じていたことである。
2012-07-14 10:39:44じお(8)時代の気分を感じるという点において、事実の詳細を知る大人も、あまりわかっていない子どもも、それほど変わらないのではないか。逆に言えば、大人たちも、何かに突き動かされて行動に出るときには、事実や理屈だけではない、時代の気分のうねりのようなものをとらえているように思う。
2012-07-14 10:41:19じお(9)昨日、温厚な紳士が「いやあ、私たちの時は、学生運動で大学をバリケード封鎖していたから」と言われたので思い出したことは、以上のようなこと。ところで、年代的に絶対にそうなのに、椎名誠さんは作品の中で学生運動に一切触れない。椎名さんの最大の「批評性」がそこにあるのだろう。
2012-07-14 10:43:27