福島県民62人の甲状腺被ばく調査 床次眞司・弘前大教授ら ― その詳細と疑問
- miakiza20100906
- 23015
- 40
- 5
- 67
論文に示される二つの甲状腺被ばく量 (もちろん等価線量) 》
この論文では以下の2種類の甲状腺被ばく量(thyroid dose)が示されており、そこが少々ややこしい:
【1】 被験者62人の喉にスペクトロメータを当てて求められた被ばく量 (論文の Table 1)
こちらが被験者62人各自が実際に受けた被ばく量に相当する。
ヨウ素の摂取過程について、著者らは「プルーム中のヨウ素を呼吸で吸い込んだ」というシナリオを有力視しているが、Table 1 には念のためとして、呼吸で吸い込んだ場合と、汚染された飲食物から経口摂取した場合の、二つの推定被ばく量が示されている。ただし、両者の値に大きな差はない:
■ 吸入摂取の場合 [mSv]: 最大 23(子供),最大 33(成人)
■ 経口摂取の場合 [mSv]: 最大 25(子供),最大 37(成人)
なお、スペクトロメータによって甲状腺被ばく量を求める手順は次の通り:
(a) スペクトロメータを被験者の喉に当て、甲状腺内のI131から放たれるγ線のカウント数 [cps] を計測する。この調査での測定時間は 300 秒。
(b) カウント数からバックグラウンド分を引き、換算係数 [cps/Bq] で割ることで、甲状腺内に残る I131 量 [Bq] を求める。なお、換算係数の値は子供と成人で異なる。
(c) 求められた甲状腺内の I131 量と、推定吸入日(3/15)から測定日(4/12-16)までの日数から、各自が吸入した I131 の総量 [Bq] を算出する。
(d) 求められた吸入総量に甲状腺等価線量係数 [mSv/kBq] を掛け、甲状腺被ばく量を求める。
【2】 成人の I131 吸入総量から推計された子供の被ばく量 (論文の Table 2)
こちらは「これくらいの被ばくを受けた子供がいたかもしれない」という可能性を示すための、いわば架空の被ばく量。
こちらの被ばく量は以下のような手順で推計された:
(a) 被験者62人のうち、I131 を最も多く吸ったと判定された成人をピックアップする。その吸入総量は推定 85 kBq。
(b) I131 の吸入が「3月15日の午後1時から5時まで」の4時間になされたと仮定し、吸入総量 85 kBqと成人の呼吸量 [m3/4h] から大気中の I131 濃度 [kBq/m3] を推定する。
(c) 求められた濃度の I131 を子供が4時間吸い続けたと仮定し、吸入総量と被ばく量を推計する。このとき、呼吸量と甲状腺等価線量係数には年齢別のものを使用し、各年齢ごとに推定被ばく量を求める。
なお、この推計において、吸入の開始時刻(午後1時)はプルームの到達時刻、終了時刻(同5時)は雨が降り始めた時刻としている。また、「雨が降り始めて以降は I131 が土壌に沈着し、人が吸入した可能性は低い」としているが、そう考えられる理由については詳しい記述はない。
以上のような方法で推計された子供の甲状腺被ばく量 [mSv] は以下の通り:
■ 36±3(3ヶ月),63±5(1歳),63±5(5歳),56±4(10歳),48±4(15歳)
上述したとおり、この被ばく量は一種架空のものではあるが、50 mSvを超える甲状腺被ばくを受けた子供の存在可能性を示唆している。そのため、床次教授らは 「当時津島地区には乳幼児を含む住民が多く滞在しており、50 mSvを超える子供がいる可能性は否定できない http://bit.ly/SxyOEd 」 と警鐘を鳴らしている。
この調査の目的と、先行研究についての一言 》
この調査の目的について、著者らは次のように説明している: 「2011年3月に原子力安全委が主導し、小児1149人の甲状腺被ばく調査が実施されたが、これはスクリーニングを目的として行われたものであり、より詳細な測定が必要である。...本論文で我々は、ヨウ素被ばくについての詳細な測定結果を 初めて 報告する(論文の p.2 左段より.意訳)」。
この記述はフェアさを欠いている。というのも、この論文よりもずっと早くに公表された詳細な調査結果が有るからである:
飯舘村と川俣町の住民15人の外部被ばく・内部被ばく調査 鎌田七男・広島大名誉教授ら
http://togetter.com/li/300220
この鎌田教授らの調査では、I131 による甲状腺被ばくのみならず、外部被ばくやセシウムによる内部被ばくまでが調べられている。また、評価方法や調査人数はそれぞれで異なるものの、鎌田教授らの方がずっと早くに結果を公表(2011年6月)しており、論文の投稿(2011年7月)や出版(2012年3月)もずっと早い。それにも関わらず、床次教授らは鎌田論文を引用すらしていない。研究者として、これはアンフェアである (※床次教授らが鎌田教授らの調査を知らないだけかもしれないけれど)。
報道の推移と、一つの大きな疑問 》
床次教授らの調査結果については、これまでに2回大きな報道があった。今でも読める記事を幾つかピックアップすると:
2012年3月
甲状腺被曝、最高87ミリシーベルト 50ミリ超も5人(朝日新聞) http://bit.ly/yc4aRs
2012年7月
甲状腺被ばく最大で33ミリシーベルト 弘前大、福島の住民調査(共同通信) http://bit.ly/MuYKuZ
甲状腺被ばく量: 弘前大チームが最高値下方修正(毎日新聞) http://bit.ly/SxANbA
福島の住民 甲状腺被ばく量半減 弘前大調査(河北新報社) http://bit.ly/P41Ef4
「測定が2011年4月に行われていたにしては公表が遅すぎる!!」という話はさておき、2012年3月には「成人の最大被ばく量は 87 mSv」と報じられ、7月には「同 33 mSv」と報じられた。3月から7月までの間に、被ばく量の推定値が大きく下がった格好だ。
被ばく量の見積が下がった理由として、報道では、I131 の吸入日が変更されたためと説明されている。3月報道の評価では吸入日を「事故直後の3月12日」としていたが、7月報道の再評価では、よりもっともらしい「3月15日」に変更された、ということらしい。
しかし、ここで一つの大きな疑問に突き当たる…
『被ばく量の変化が大きすぎる』
論文に示されるモデル式(3)を使って簡単な計算をすればすぐに分かることだが、吸入日が3日遅くなった程度では、どんなに頑張っても被ばく量の見積は 1/1.6 程度にしかならない。87 mSvから 33 mSvにまで減ったということは 約 1/2.6 になったということだが、この大きな変化は吸入日の3日の変更だけでは説明できない。
この点については結局、論文を精読しても解決しませんでした。その後、ツイッター上で議論を重ねることで一つの推論を得るに至りましたので、ここに御報告します、というのが以下のツイートまとめ ↓ ※現在進行中です。
甲状腺被ばく最大で33ミリシーベルト 弘前大、福島の住民調査 http://t.co/9Dtkqzqx 62人のうち46人の甲状腺から放射性ヨウ素を検出したが、国際原子力機関が甲状腺被ばくを防ぐため安定ヨウ素剤を飲む目安としている50ミリシーベルトを超えた人はいなかった
2012-07-12 19:00:10論文(無料): 福島県民62人の甲状腺被ばく量 http://t.co/JTb14c0z 床次真司・弘前大教授らのアレ。I131を3月15日に吸入したと仮定した場合の甲状腺等価線量は、最大 33 mSv。 なぜ今頃になってこんなのが出てくるんだ?しかも論文で…。 #hibaku
2012-07-12 19:29:36床次眞司教授はすでに2月にも活躍なさった。「一関の汚染が3月12日ではなく20日だったと修正する過程すべて http://t.co/qr0r2vD7
2012-07-12 20:01:31床次教授らの甲状腺被ばく調査の件、3月の報道では調査人数 65人、ヨウ素の仮定吸入日 3月12日 http://t.co/FGOqBqn8 ,今回の論文と報道では調査人数 62人、仮定吸入日 3月15日 http://t.co/RamUjIjP 調査人数が違うのは何故?
2012-07-12 20:05:21それから、甲状腺等価線量の最大値は、3月の報道では 87 mSv http://t.co/FGOqBqn8 、今回の論文と報道では 33 mSv http://t.co/RamUjIjP どちらも成人。論文によると、測定日は4月12-16日。仮定吸入日を3日変えただけでこの変化?
2012-07-12 20:37:50弘前大の調査。3/13吸入と仮定した場合は最大値87mSVで、5人が50mSVを超えていたはずです。3/15吸入としただけでここまで甲状腺等価線量は下がるんですか?RT @miakiza20100906 http://t.co/WYnvnbNb
2012-07-12 19:50:27@skull_ride 前回の評価での仮定吸入日は3月12日。それでも線量の変化が多過ぎる感じだけど。
2012-07-12 21:08:57なるほど、それは有り得るかも。 RT @chiba_donguri: @み 前回の調査中3人は、12-14日に福島を出た、ということでしょうか?
2012-07-12 21:09:50@HayakawaYukio @miakiza20100906 一方、受理されてからアクセプト→公開まではメッチャ早いような。
2012-07-12 21:25:05そう、滅茶苦茶はやい。もしかすると、一旦リジェクト→再投稿、のパターンかも。 RT @mumindaninoie: @HayakawaYukio 一方、受理されてからアクセプト→公開まではメッチャ早いような。
2012-07-12 21:42:47同じ調査だけれど、I131の吸入日を 3/12 から 3/15 に変えてるから、計算を全部やり直してるはず。再計算の結果を公表したのは、この論文と今日の報道が初のはず。 RT @ystricera 3月ニュースになったやつ?
2012-07-12 22:00:13@miakiza20100906 @skull_ride テレビの時は、吸入量を大人に合わせて計算してあったと思うのですが、今回は吸入濃度を合わせてあるみたいですね。
2012-07-12 22:22:34@leaf_parsley それは 87 mSv から 33 mSv への変化には関係してないと思う。 @skull_ride
2012-07-12 22:38:58@leaf_parsley その点もそうだし、サーベイメータを使った評価とダスト濃度からの評価は全く別個のもの。 @skull_ride
2012-07-12 23:04:50これ、調査対象者にはちゃんと結果が伝えられてるんだろうか…。すごく不安になってきた… https://t.co/cFYJIjCy https://t.co/6X3gShdc https://t.co/N3KJipTB https://t.co/NiAd3U4N
2012-07-12 23:21:58サーベイメータを使って甲状腺等価線量を直接測ってるのにその結果自体が大きく変わってるのが解せないんですよね。逆算して得られる吸入量の推定値が吸入日によって変化するのなら分かるんですが••RT @miakiza20100906 @leaf_parsley
2012-07-13 07:11:16@skull_ride いや、そこはおかしくないよ。サーベイメータで測っているのは、甲状腺にまだ残っているI131が放つγ線。吸入日が変われば、吸入したI131のうち、測定日時点でまだ甲状腺に残っているI131の割合が変わって、推定吸入量が変わる。 @leaf_parsley
2012-07-13 07:34:07あ、そうか。測定日に出た数値から最大甲状腺等価線量を計算で推定する訳ですね。了解です、失礼しました。RT @miakiza20100906 @leaf_parsley
2012-07-13 07:42:08