あるいはこんなエイラーニャ
サーニャは頬杖をついて目の前でもがき苦しむエイラを眺めていた。その眼は胡乱だ。エイラの苦痛は今にはじまったことではない。何ヶ月になるだろう。エイラのために衰弱していても食べられる食事を作り、動けない彼女を甲斐甲斐しく介抱して、そしてまた苦痛を与える生活がはじまってから。
2012-07-22 23:43:29エイラの腕、下腕部が奇妙なかたちに歪んでいた。骨折した骨が皮膚をゆがめたのだ。それを見たエイラは激痛とショックで失神する。まただ。サーニャはエイラに歩み寄り、麻酔注射を行い、そしてエイラの腕を圧迫していたごつい鋼製の器具からベルトを解いて彼女を解放した。
2012-07-22 23:47:57涙と涎でべとべとになり、白目をむいたエイラの顔はひどいものだったが、それすら愛おしいとサーニャは微笑んだ。「芳佳ちゃん」そして微笑んだまま、後ろの芳佳に声をかける。見ていられないといったふうに、全てから目を背けていた芳佳は、それに反応して身体をびくつかせた
2012-07-22 23:50:13「芳佳ちゃん、お願い」サーニャは簡潔に言う。芳佳はたじろぎ、言った。「また?」「うん、でないとエイラが不具になっちゃうから」芳佳は目尻に涙を溜めながら言う。「もう」しかしそれはいつものことだ。「もうやめようよ、サーニャちゃん、もう」「なんで?」
2012-07-22 23:54:23「芳佳ちゃんはエイラが腕と脚を失ってもいいんだ」「……っ、私は!」「私はいいんだよ?エイラが手も足もなくなっても私が付き添い続けるから。エイラを壊さないでってついてきたのは芳佳ちゃん、あなただよ」それは事実だ。501に居た頃に、エイラが身体に傷を負っている原因を知ったときから
2012-07-23 00:00:57その時から芳佳はずっと二人と行動を共にしている。オラーシャの奥深く、ネウロイの脅威がなくなった後も、こうやって二人に付き添って、サーニャの愛を受け止め続けるエイラを助け続けている。何のために?「エイラは私を拒絶した」サーニャは言った。「拒絶なんかさせない。あんなに愛を囁いて」
2012-07-23 00:02:32「好きだと、愛してるとまで言ったのに、ネウロイとの戦いが終わって、オラーシャとスオムスの関係が悪くなっただけで、国のことなのに、私たちの関係には影響しないのに、そんなもののために愛を捨てようとするなんて、どうかしてる、私はエイラに愛を思い出させてみせる、そのためには」
2012-07-23 00:03:43サーニャの悲しみがわからない芳佳ではない。サーニャは国へ戻れば一人ぼっちだ。愛していた父、家族は離散し、頼れるものなど何もない。ネウロイがいなければ軍もウィッチに冷淡だ。サーニャの中でエイラがどれだけ大きかったろう。しかし国家間の情勢は、たやすく二人を引き裂く。
2012-07-23 00:05:35あらゆる言葉でサーニャはエイラを引き留めようとした。全てを捧げるとまで言った。しかしエイラの決意は固く、そしてエイラは祖国へ敵国出身のサーニャを連れ帰ることなどできはしなかった。「愛してるよ。だから一緒にいられない」それは至極真っ当だったのだが、サーニャには耐えられなかった。
2012-07-23 00:07:08そしてこうなった。サーニャは暴力でエイラを従わせようとした。最初のうち、エイラは喚き、泣き、叫び、その悲鳴は芳佳の心に消えない傷を負わせるほどだった。一時は「サーニャも悪辣なオラーシャ人だったんだ!」と、エイラはサーニャを拒絶しそうなところまでいった。
2012-07-23 00:08:58しかし二人の関係は続いている。「……みや、ふじ」 それはエイラの声だった。エイラは息も絶え絶えになりながら、芳佳に回復魔法を使うよう目で促している。芳佳はその眼を正視できなかった。「なぜそこまでできるんだ?」芳佳には理解できない。
2012-07-23 00:10:46エイラは言った。いかなる暴力にも自分は屈しない。自分はスオムスの人間として誇りを忘れない。サーニャもじき解るだろう。じき?サーニャが理解するまでエイラはこの責め苦を受け続けるつもりなのか?エイラは衰弱しながらも自信を込め言った。できないからって諦めちゃダメだ、と。
2012-07-23 00:12:21そうして何ヶ月もこうしている。回復魔法をかけながら芳佳は二人の関係を思った。サーニャはどこまで理解しているのだろう、いや、すべてを理解しているのかもしれなかった。自分の持てる全てをぶつけるまでサーニャはやめないだろう。エイラはそれでも屈しないだろう。二人は力尽きるまで暴力を…
2012-07-23 00:14:16「……そんなのは、異常だ」自分が付き添っていなければ、とうに死んでいるかもしれないエイラを見て、芳佳は言った。芳佳は自分が回復させた人間が再び壊されることに耐えるのも限界だった。いい加減にしてくれ、そう叫びたかった。しかし二人の関係は完成していて、どこにも付け入る隙はない
2012-07-23 00:15:36芳佳は今日も見ているしかないのだ。かつての仲間を大事だと思うかぎり。彼女は優しいから。「いっぁあああ!」電流を後頭部から流されて失神し屎尿を撒き散らすエイラも、「はぁっ、はぁっ!」涙をとめどなく流しながらエイラを征服しようと暴力を振るい続けるサーニャも、捨てることなどできはしない
2012-07-23 00:17:25自分の治癒魔法は何のためにあるのか、愛とは一体何なのか、ここまで相手に捧げなければ愛し合うことはできないのか。芳佳は既に真っ当な人間性を自分も失い始めていることを理解した。こんなところにいつまでも閉じこもっていれば当然だ。二人はいつまで続けるのだろう
2012-07-23 00:21:48どちらが先に力尽きたのか、今となっては解らない。ただ解っているのは、二人は一緒の棺桶に入り、並ぶ二人は手を握り合っていたことだ。葬式は寂しいものだった。棺桶の中の花もあまり確保できなかったし、二人の腹部の銃創も処理しきれていない。だが私には限界だったのだ
2012-07-23 00:24:20芳佳は涙を流しながら、凍て付いたオラーシャの大地に二人を葬ると、すべてがおこなわれていた小屋に火をかけ、半年を過ごした悪夢の地を後にした。結末はいつでも最悪だ。ネウロイを倒せば人類が争い、平和になれば愛が暴走する
2012-07-23 00:25:44しかし勘違いしてはいけない。この結末は二人が望んだものだった。国家などというしがらみから逃れるには、二人はもっと遠い場所へ行くしかなかった。芳佳が銃声で飛び起きた時、二人は抱き合って互いのこめかみをぶちぬいた後だったのだ。
2012-07-23 00:26:59「なんで、何のために!私は!」 焼け落ちる小屋から遠ざかりながら、芳佳は絶叫した。涙を流し、声が枯れるまで吼えた。二人の関係は間違いなく完成し、永遠の愛の証を自分は保存してやった。だがこの無力感はなんだ。後味の悪さはなんだ。私の大事な二人にはもう会えない。どこで間違えた
2012-07-23 00:28:43「そう、良かったじゃない」芳佳は自分の耳を疑った。久しぶりに会ったミーナは憔悴しきった顔をしていたが、まさか自分の報告にそんなことを述べるとは予想しなかった。怒りより困惑、そして嫌な予感。「何が、あったんです」「トゥルーデが」ミーナの顔が歪む「トゥルーデがっ!」ミーナは崩れ落ちた
2012-07-23 00:35:20みんな戦いが終わったことに耐えられなかったのだ。栄光は過去のもの、仲間たちは未来の敵。それに耐えられなかったのは二人だけではなかったのだ。腐敗する軍部に耐え切れなかったバルクホルンは消された。芳佳は気づく。自分は良いことをしたのだ。すくなくとも、エイラとサーニャは……
2012-07-23 00:36:50