- HayakawaYukio
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この記事が本当なら、東京電力は風と雨のタイミングを見計らって東京を壊滅させようと画策したが雨が予報通りには降らずに失敗したということになる。Reading:炉圧下げるたび 放射性物質外に NHKニュース http://t.co/wnhWFots
2012-07-24 20:41:48東京を滅ぼすチャンスはもう一回あった。3月21日だ。このときも同じような画策が行われたのかもしれない。しかし、風が届かなかった。南からの湿った風に押し戻されて柏上空でセシウムを落としてしまった。東京駅に届いたのは少しだった。
2012-07-24 20:44:11昨年3月、東京に風が向いたのは、3月15日と21-23日だけだった。その日をわざわざねらって原子炉の圧力を下げたとは、なんということをしたんだ、東京電力。
2012-07-24 20:50:25きょうまで私は、原子炉の圧力はそのときたまたま自然に減ったんだと思っていた。人工操作によってその瞬間に減ったのだとは思っていなかった。なんという愚かだ。
2012-07-24 20:51:433月中旬、原子炉から放射性物質がずっとでてたか、それとも間欠的だったかの、牧野-早川論争は、これで決着したと見てよいのではなかろうか。 http://t.co/5Quy8RwV
2012-07-24 21:00:50ただし、悪魔の風が吹いたのではなかった。悪魔の手が圧力解放操作をしたのだった。 http://t.co/kYVIaK2H
2012-07-24 21:01:39ボクの放射能汚染地図が、海上分を取り逃がしている。すなわち全放出量の半分しか把握してないの謙遜は必要なさそうだ。大気放出のほとんどをカバーしていると自信をもってゆってよさそうだ。
2012-07-24 21:04:02@ubitw 12日15時の1号機爆発以降は、out of control に陥ったのだろうと思ってた。コントロールできていたのに、わざわざその時間帯に人力で圧力解放するとは夢にも思っていなかった。
2012-07-24 21:06:37@jun_makino もちろん、3月15日も21日も、陸上に落ちたのは全量の半分以下です。遠方まで達した量の方が多い。これは火山学が教えるところでもあります。
2012-07-24 21:22:12@ubitw 東電会見を見たって何も得るものはないと判断した。それより、データ収集に価値があると思った。地震のデータ収集もあったしね。
2012-07-24 21:23:46翌朝
「もし爆破弁の開放操作によって被曝したなら」の仮定は成り立っていたようだ。その後、15日の大量放出は原子炉を人為で圧力解放したから生じたときのうNHKが報道した。東京電力幹部100人くらいが殺人未遂の.. http://t.co/T5RGBOp1
2012-07-25 06:28:30SPEEDIの隠匿なんて小さい小さい。原子炉の圧力を開放する予告をしなかった。解放したあとすみやかに報告することもしなかった。これは許しがたい情報隠しだ。もし予告や報告があれば、住民はそれなりの防御を.. http://t.co/TQrzz7Sm
2012-07-25 06:32:59これらの暴挙を統一的に説明できる解釈がひとつだけある。それはこれだ。風向きのタイミングなど見てられなかった。そんな余裕はなかった。必死で圧力解放して2号機の爆発を防いだ。もし2号機が爆発していたら、す.. http://t.co/YVfU6VmK
2012-07-25 06:34:41この最悪を防ぐために、SPEDDIを隠匿して風向き情報を国民に与えなかった。風向きによらず用意が整い次第ただちに圧力解放して日本を、いや世界を救った。さて、このシナリオの信ぴょう性と妥当性はいかほど? http://t.co/cxcLybRc
2012-07-25 06:37:04×「放射性物質は、爆発後しばらく時間を置いて、原発建屋から音もなく静かにこっそりと漏れ出したようです。」 ○「放射性物質が大気中に出たタイミングは、原子炉の圧力低下とよく符合するようです。」
2012-07-25 07:01:19とにかく、原子炉そのものの爆発・核燃料の悲惨(つまりチェルノブイリそのもの)を防ぐことで精いっぱいだったのだろう。.@HayakawaYukio さんの「東京電力、万死に値する。」をお気に入りにしました。 http://t.co/E88lrNge
2012-07-25 07:38:06でも、1号機と3号機はすでに爆発してた。2号機の爆発をそうまでして止めたかったのはなぜ?説明つかない。RT @tokabakichi: とにかく、原子炉そのものの爆発・核燃料の悲惨(つまりチェルノブイリそのもの)を防ぐことで精いっぱいだったのだろう。
2012-07-25 07:40:233号機の爆発は14日11時だった。あれをみて2号機でも同じことが起こることを心配したというなら、その日の午後にさっさと圧力解放すればよかった。14日午後ならまだ風は太平洋に向かってた。
2012-07-25 07:41:56強くて大きな爆発に至れば、サーマルが2キロ以上に上昇して、西風に吹かれて太平洋に行っただろう。弱い放出だったからこそ、地上10メートルの風で南に流された。福島にとっては最悪の部類の選択だった。世界にとっては願ってもない選択だった。
2012-07-25 07:49:10