20120815 #NHK スペシャル「終戦 なぜ早く決められなかったのか」

敗戦から67年を迎える太平洋戦争。その犠牲者が急激に増加したのは、戦争末期だった。勝敗はとっくに決していたにもかかわらず、なぜもっと早く戦争を終えることができなかったのか。当時の日本の国家指導者の行動や判断には、多くの謎や不可解な点が残されている。 今回NHKは研究者の共同調査で、戦争末期の日本の終戦工作を伝える大量の未公開資料を、英国の公文書館などから発見した。それらによると、日本はソ連の対日参戦を早い時期から察知しながらソ連に接近していたこと。また、強硬に戦争継続を訴えていた軍が、内心では米軍との本土決戦能力を不十分と認識し、戦争の早期終結の道を探ろうとしていたことがわかってきた。1日でも早く戦いを終える素地は充分に出そろっていながら、そのチャンスは活かされていなかったのである。 続きを読む
政治 太平洋戦争
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ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP「終戦 なぜ早く決められなかったのか」イギリス国立公文書館。第二次大戦時の機密書類を保管。ULTRA=西国機密情報の中に、日本の武官が送った電報が。昭和20年5月24日「ヤルタ会談でソ連が対日参戦を約束」8月9日ソ連対日侵攻。その半年前に米英ソで密約。
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#NHK SP。ソ連対日参戦の情報は日本に届いていた。なのになぜ早期終戦に結びつかなかったのか。6月、リスボンやベルンの武官も、ソ連参戦を警告していた。早くからソ連参戦は把握されていた。国のリーダーたちは内心では戦争の早期集結を探りながらも、その決断ができなかった。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。大戦における日本人死者310万人。犠牲者は最後の数カ月に急増。シベリア抑留、中国残留孤児、北方領土問題などが、戦争最後の時期に発生した。もっと早く戦いをやめ、悲劇の拡大を防ぐことはできなかったのか。
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#NHK SP。熊本県人吉市の川越郁子さん。自宅にある資料は、海軍少将・高木惣吉のもの。戦争終結の秘密工作をしていた人物。そのメモが近年に発見された。陸海軍・外務省・宮中に連携する人間を見つけ、終戦を実現させようとしていた。
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#NHK SP。昭和20年4月、米軍沖縄上陸。本土空襲で3月・4月に、20万人の犠牲。5月、ドイツ降伏。トルーマン大統領、日本軍部に無条件降伏を要求。
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#NHK SP。当時は軍と政府が、別々の情報部をもっており、縦割りの弊害が起こっていた。ここにきて、情報部を廃して、6人が秘密のトップ会議を開く。鈴木貫太郎総理、米内光政海相、阿南惟幾陸相、東郷茂徳外相ほか。少しでも有利な条件で終結したい。ソ連を仲介役に利用する。
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#NHK SP。東郷、ソ連への大幅な譲歩を提案。長年、陸軍の仮想敵国だったソ連。必ずしも一枚岩ではないと見る。外務省政務局長・安東「いよいよ終戦する以上は、日清戦争以前の状態に帰らなければならないと。与えるべきものは与える、譲るべきものは譲ると」
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#NHK SP。指導者たちは、まもなくソ連が攻めてくると知っていた。5月以降、ソ連参戦の情報は具体的になってきており、それを真剣に受け止めていたはず。しかしこれについて、トップ6人が話しあった形跡がない。情報はきちんと伝わっていたのか。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。東郷は参戦情報を知っていたのか。孫の和彦さん「これは初めて聞きますよね。当然大本営には入っていた。だから外務大臣に入っていたかどうかわからないということ」陸海軍は、ソ連参戦の密約を知りながら、外務省に知らせずにソ連との交渉に向かわせようとしていたのでは。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。外務省の安東政務局長も、ソ連参戦情報は知らなかったと証言。6人のリーダーたちは、最初から国家の最重要情報の共有に失敗していた。なぜ共有しなかったのか。軍では、米軍に本土決戦を挑む考えが主流。米軍を中国大陸の部隊と連携して迎え撃つ。夏〜秋と想定。
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#NHK SP。防衛研究所・小谷調査官、対米一撃のシナリオを維持したかったために、情報を出さなかったのではと見る。ソ連が敵に回ることがわかっていたが、陸軍は最初の想定に合わない情報を外に出したくない。外務次官「外務省は戦争の全部を知っていますよ。陸海軍はわかってない」
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。6月初旬。沖縄守備隊の全滅は時間の問題。全国民に本土決戦の準備を加速するよう指令。参謀本部作戦部長・宮崎「物的客観的情勢において、極めて困難。じゃあ断念するか。できない。作戦部長の名においてそれは言えない」
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#NHK SP。明治大学・山本智之氏。主戦派の東条英機首相が陸軍中央の権限を握ると、早期講話派が外されていった。しかし梅津美治郎に代わると状況が一変する。左遷されていた早期講話派が呼び戻された。「方針転換は急にはできない。少しずつ。梅津や阿南が、慎重に終結へ導いていた」
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。阿南は、対米決戦を一貫して主張。しかし、阿南の秘書官の松谷誠大佐は、阿南に「国体護持のほかは無条件と、腹を決めるべき。早ければ早いほどいい」事実上の降伏受け入れ案。阿南は「私もだいたい君の意見の通りだ」「準備は周到に堂々と進めねばならんのだ」
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#NHK SP。問題は、その準備の時間が日本に残されているか。6月6日、最高戦争指導会議。川辺虎四郎「あくまで徹底抗戦を貫くべき」決定された方針は、和平から大幅に後退。山本氏「弱音をはくと、主戦派に伝わる。主戦派が暴走する懸念があるから、慎重にならざるを得なかった」
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#NHK SP。陸軍「阿南さんの腹の中は講和だった。しかし部下の者が『天皇さんが縛り首になるぞ、それでもお前ら無条件降伏というのか』と。阿南さんの心境がお辛かったと思う」6月7日、高木惣吉の記録に、米大統領と直接交渉のパイプができそうだと。今なら早期終結のため応じると。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。高木、米内を訪ね、米と直接交渉をすべきと進言。米内「謀略の疑いがあるではないか」陸軍と海軍を内部分裂させる謀略だと。米内、処理を外務省に任せるよう指示。もし米の謀略なら、日本は自ら弱みをさらすことになり、責任を海軍がとることになると恐れた。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。米戦略事務局側にいたのはアレン・ダレス。ソ連の影響力への不安が高まっており、ソ連介入の前に、日本に早めに天皇制維持を伝えるべきだという考えもあった。日本に早期終戦の可能性をもたらすチャンスだった。高木「これ以上悪くならないんだから、わらをもつかんでね」
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。しかし外務省が模索していたのは、ソ連を通じた和平交渉。高木の言う和平ルートの可能性を真剣には検討せず。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。6月11日、陸軍トップによる天皇への報告。梅津美治郎による奏上。「以後の戦闘は不可能とご承知願います」陸軍の精鋭部隊が、一撃すら期待できないほど弱体化しているという。天皇、大きな衝撃を受ける。もう戦争ができないと言っているのと同じ。一撃後講和は崩れる。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。6月22日、天皇がトップ6人を招集。天皇からは、国策の思い切った転換、戦争収束に向けての考え方が問いかけられた。米内「速やかにソ連への仲介依頼交渉を考えている」東郷も同意。天皇、梅津に問う。梅津「内外に影響が大きいので対ソ交渉は慎重に」陸軍の件は触れず。
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。しかし天皇、梅津に問いかけを続ける。「慎重にしすぎた結果、機会を失する恐れがあるのではないか」梅津や阿南が本当に主戦派なのか、和平を望むのか、確認したかったのでは。梅津も阿南も、重大な事実に口をつぐんだまま。天皇「よもや一撃の後でというのではあるまいね」
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。軍の最高幹部が、一撃後の講和というベストシナリオにこだわらないと、初めて明言。しかしソ連参戦が近づいているという事実は、未だ共有されず。成蹊大学・茶谷誠一助教「現代人から見れば、もうちょっと真剣に最後の引き際を早く考えられなかったのかと」
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。高木惣吉、決断をためらうリーダーたちに失望。「阿南さんばかりじゃない。腹と公式の発言と、表裏が違っていいものか。国家の運命を背負った人が、自分の腹と違うことを言って。違ったら職責がどうとか言われるが、平時ならいいが、祖国が滅びるかという非常事態に」
ほんのこ @shbttsy74
#NHK SP。会議から3日後、沖縄戦敗北。軍人・民間人あわせて18万人が犠牲に。
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