取材・報道・出版する側/される側の権力関係:「毒婦」を巡るやり取り

北原みのり@minorikitahara氏の首都圏連続不審死事件の本「毒婦」について。取材・インタビューの方法や、取材・インタビュー・報道・出版された被告、被害者の人権への配慮などについてのやり取り。主に、自身もインタビューを仕事でする文化人類学者の山口智美@yamtom氏のタイムライン周辺でのツイートをまとめました。 ●まとめ後の反響を追加しました。更に追加しました。 ●まとめ後の反響をまた&またまた追加しました。 ★「在日認定」についてのツイートを追加しました。 続きを読む
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luke_cat @luke_cat

みのりさんの佳苗に関わった男性にいろいろ訊いたよインタビュー&Tweetに対するすっとこどっこいな批判について思うことは二つ。一つはインタビュアーたるもの、現場ではいろんな意味で全力で闘いますわよ、あらゆる疑問を手を替え品を替えでぶつけますわよ、だってそれが仕事だから。(続)

2012-08-12 14:44:30
wataru @watarloo

これ> http://t.co/XbgEXhus をRTする北原さん(@minorikitahara )は、木嶋被告を「こういう女だから毒婦、魔女扱いしていい」と報じ・論ずるやり方(=佐野眞一的な)を自身が追認しているに等しいことがわかっているのだろうか?

2012-08-12 15:30:06
北原みのり @minorikitahara

@watarloo 賛同してるからRTするだけじゃなくね、色んな考えがあるよなって、紹介したのよ〜。裏読まない、決めつけない、まずは質問を〜。

2012-08-12 15:32:46
wataru @watarloo

@minorikitahara @コメントありがとうございます。?を付けた故、すでに質問を投げかけたと考えますが、改めてお伺いします。ご自身の手法が犯罪容疑者への「毒婦、魔女扱い」と同様のイメージ投影を行っている自認はおありですか?

2012-08-12 15:42:09
北原みのり @minorikitahara

@watarloo ご質問の前提とされている「私の手法」とは何でしょうか。

2012-08-12 15:45:23
wataru @watarloo

犯罪容疑者、あるいは犯罪者をドキュメンタリー作品とすること自体は問題はないし、過去にいくらでも優れた作品はある。でも、作り手自身が対象を消費し、消費する己を演出するスタイルには拒否感があるなあ。ましてや対象との関係が非対称度を高めている公判中や収監中の相手であればなおさら。

2012-08-12 15:48:39
wataru @watarloo

@minorikitahara 「毒婦」というタイトル付け、トークイベントに「ドスコイ」と付けるなど、もしそれがジェンダーの非対称性を前提にカウンターあるいは意味の逆転を狙ったものであったにせよ、はたしてカウンターたりえる手法になっているのかという疑問があります。(続く

2012-08-12 15:54:57
wataru @watarloo

@minorikitahara 続き)Twitter上でさまざまな批判が寄せられている取材&著述方法についてはまた機会を改めて質問機会を持てればと思います。個別の内容に踏み込まざるを得ないので、『毒婦』以外にもいろいろ具体点を絞り出す手間暇をかけないといけませんので。

2012-08-12 15:56:31
北原みのり @minorikitahara

@watarloo タイトルについては拙著に書いてあります。また「ドスコイ」というタイトルについては、チャンコ屋さんがイベント会場だった、ということでそうなったと記憶してます。佳苗の体型と結びつけてはないし、まして悪ふざけするようなイベント内容ではありません。

2012-08-12 16:26:13
山口智美 @yamtom

私も北原さんってエッセイ書いたりする人というイメージがあったんだが、いつの間にノンフィクション書く人になってたんだと思ってた。彼女の本はほんの初期のものしか読んでないので私が知らないだけかとも思ったんだけど、今回のインタビューについての発言きくとなんか素人っぽい気がしてしまう。

2012-08-12 21:33:41
山口智美 @yamtom

「私は彼に寄り添えるような感情は一切持てなかった」と書いてしまいつつ「対話を心がけた」か。

2012-08-12 21:40:42
山口智美 @yamtom

あと、あくまでも「対話」が先にくるというのにも違和感をおぼえるものがある。インタビューというのは「対話」になるときもあるけど、それ以前に、相手の言いたいことや思いをまず語ってもらう場ではないのかしら。

2012-08-12 21:42:15
山口智美 @yamtom

インタビューで、インタビュワーである自分が話しすぎてしまうときには、ちょっと失敗したなと私は反省するのだけど。

2012-08-12 21:43:26
山口智美 @yamtom

どういった種類の「対話」かにもよるのかもしれないですけどね。RT @lawkus: 寄り添わないことと対話することは対立しないと思います。北原さんはともかくの一般論としてはですがw RT @yamtom: 「私は彼に寄り添えるような感情は一切持てなかった」/「対話を心がけた」か。

2012-08-12 21:43:58
tum @tummygrrl

@yamtom 一般論として良くわからないのですが「対話」というのは「感情の寄り添い」なくしては成立しないものですか?(反論ではなくて素で質問なので申し訳ないです…

2012-08-12 21:43:59
北原みのり @minorikitahara

@yamtom イメージと現実って違いますからね〜。人物ルポを書くようになってから、インタビュー仕事多くやるようになりました。ちなみに、どこらへんが、素人っぽいのか教えてくださいな。

2012-08-12 21:44:38
山口智美 @yamtom

@tummygrrl 今ほかの方にレスしたのですが、どういった種類の「対話」かによるんでしょうね。ただ、インタビューとしてのなんというか質のようなものを考えた場合、「対話」をめざすのならばどういった対話か、って私にとっては重要かなあと思うのです。

2012-08-12 21:45:07
北原みのり @minorikitahara

@yamtom 対話心がけました。でも、彼の言うことにちっとも共感できませんでした。こ

2012-08-12 21:47:03
山口智美 @yamtom

@minorikitahara レスありがとうございます。しばらく北原さんの本読ませていただいていませんので、お仕事に関しては私が単に知らなかったのかなとは思っていました。私もインタビューをする仕事をしていますが、インタビューのときの権力関係に対する見方がかなり違うと思います。

2012-08-12 21:47:15
山口智美 @yamtom

@minorikitahara そのときに共感できないのはある意味仕方ない面もあります。ただ、それをこういう形で例のキス云々の質問(私にはセクハラに思いました)とともに、流すことはどうなのかという疑問が一点(倫理的な問題でもあるかと)。

2012-08-12 21:48:47
tum @tummygrrl

@yamtom つまり、ノンフィクションというジャンルの場合、インタビューを通じて相手の考えや感情を引き出すのが重要で、そのためにはある程度の感情的な寄り添いが必要だ、という事かしら?ジャンル的に違うよね、という理解であたってます?

2012-08-12 21:50:00
山口智美 @yamtom

@minorikitahara またインタビューされる側のことを考えても、それが「書かれる」ことを意識せずにインタビューをされているわけではないでしょう。その点で、インタビューの場での権力関係と、それを「書く」あるいは「書かれる」ことでの権力関係は切り離しては考えられないはず。

2012-08-12 21:50:18
山口智美 @yamtom

@minorikitahara インタビューしたものを表現する際、「自分」の感覚とか自分自身への記述がでてくること自体が悪いとは思いません。ただ、一連のツイートを拝読している限り(そしてネット上に最近でてきたものを見る限り)、「自分」のほうが相当に前にでている感じをうけます。

2012-08-12 21:52:57
山口智美 @yamtom

@minorikitahara その結果、例えば今回の被害者の方について、ツイートからみえるその方の記述は大変一面的なものでしかなくなってしまっている。北原さんについてのほうがよくわかってしまう。それは取材の結果としてのお仕事としてはどうなのかなと私は思う面があります。

2012-08-12 21:55:07
山口智美 @yamtom

@tummygrrl 私はノンフィクションと酷似していながら若干違うジャンルを書く人間なのでちょっと違いはあるのかもしれませんが、どこまでできるかは別として、どこまでトライできるか、そしてそれをどうやって記述するのか、していいのか、というのは私にとっては大きな問いです。

2012-08-12 21:58:46
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