「要素現象は、解釈の水準にある」(ラカン)

@schizoophrenie 氏による説明。 同氏による、 ・《要素現象の概念――統合失調症診断学への寄与》(『精神神経学雑誌』 第14巻 第7号, 2012年, pp.751-763) http://bit.ly/PACtCu ・《ラカン派の精神病研究――「精神病の鑑別診断」から「普通精神病」へ》(岩波『思想』2012年8月号) http://bit.ly/PADeLN ●http://togetter.com/li/349715 も参照。 ドゥルーズ/ガタリとの関連では、 http://togetter.com/li/194455
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schizoophrenie @schizoophrenie
ジャック・ラカン:精神病〈上〉 http://t.co/jyW54zZl の誤訳メモ。32頁=原書p30の「「基礎的現象〔=要素現象〕」、還元不能な現象こそがパラノイアにおいて解釈すべきものなのです。」は誤り。正しくは「要素現象、還元不能なものは、ここでは解釈の水準にあるのです」
schizoophrenie @schizoophrenie
人格との関係からみたパラノイア性精神病 http://t.co/fW46MdSz のなかでラカンは、パラノイアにおける要素現象の代表として「解釈」(妄想解釈)をあげており、この見解がセミネールでも引き継がれているということなのである。
schizoophrenie @schizoophrenie
ちなみにアソシアシオン版のセミネールだともう少しニュアンスが違って、「私が今しがた定義することになった意味での要素現象、還元不能な現象は、妄想の水準、あるいは解釈の水準にあるのです。」pp.37-38
schizoophrenie @schizoophrenie
要素現象は精神病におけるそれ以上遡行不可能な極点であるのに、なぜそれが「解釈すべきもの」になるのか疑問だったのだが、やっと分かりましたとさ。
schizoophrenie @schizoophrenie
「先に邦訳で読んでいると、その記憶にひきづられてしまって、原書を読んでいても邦訳の誤りに気づかない」現象に名前をつけたい。そして猛省して気をつけたい。
schizoophrenie @schizoophrenie
アソシアシオン版だと、この文はひとつ前の文から繋がっていて、文脈がものすごく明瞭になっている。
schizoophrenie @schizoophrenie
「パラノイア問題に取り組む困難さは、まさにパラノイアが了解の水準にあって〔しかし了解の水準にあるにも関わらず〕、私が今しがた定義することになった意味での要素現象、還元不能な現象は、妄想の水準、あるいは解釈の水準にあるということを把握することにある」pp.37-38
schizoophrenie @schizoophrenie
パラノイアは了解できるのだが、了解不能な核がある。それが要素現象であって、それは典型的には解釈(妄想解釈)によって与えられる、という逆説をラカンはここで述べているのです。Seuil版だと、了解の話から要素現象が大事という話に飛んでいて意味がつかみにくい。
schizoophrenie @schizoophrenie
この文脈で考えると、34頁/p31でシャルル・ブロンデルの『病的な意識』についていわれている「〔この書のもつ〕本質的な指摘remarque élémentaire」は、ここでは了解の地平が停止せざるを得ないことを指摘したことを褒めているので「要素的な指摘」とせねばならないだろう。
schizoophrenie @schizoophrenie
次はその筋の人には前からよく知られている誤訳(意訳)だけども、すぐ後の35頁/p31「基礎的な現象としての着想を取り上げてみましょう」は、「要素的な解釈を取り上げてみましょう」が正しい。
schizoophrenie @schizoophrenie
この箇所はおそらく「妄想着想Wahneinfall」のことを考えて意訳したものと想われるが、先に見たように「解釈」の概念にはラカンは独特の意味を与えているので、ここは意訳すると『人格との〜』から続く要素現象の文脈が読みこめなくなる。
schizoophrenie @schizoophrenie
ちなみにこの35頁/p31のすぐ後ろの文で出てくる「その要素は、そのままの形で反復répétitifされ、繰り返されますréitérations」は、『人格との〜』で指摘された妄想の「反復的同一化identification itératif」への参照でしょうね。
schizoophrenie @schizoophrenie
ラカンにおける「自分が話すのを聞くlorsque le sujet parle, il s'entend lui-même」が出てくる38頁/p33。「他者は、あなたの言うことを聞く唯一の者ではないということは、(*)パロールの現象の本質的な次元の事柄です」には、…
schizoophrenie @schizoophrenie
…アソシアシオン版では(*)の部分に「もっともélémentaireな経験の次元における」(p.43)が入る。ここは、パロールの根源的なあり方のことを論じているので「根源的な経験の次元」でもいいでしょう。
schizoophrenie @schizoophrenie
13頁/p17「私達が考察の対象としている精神病という領野でひとつ例をあげましょう」は、アソシアシオン版では「象徴的秩序において…云々。まったくのélémentaireな何ものかを取り上げてみましょう。ある精神病者が…」となっており、要素現象の体験の事例をあげる文脈になっている。
schizoophrenie @schizoophrenie
以上、élémentaireの語について、Les PsychosesのセミネールをSeuil版、アソシアシオン版、邦訳を対象しながら調べた結果の前半(つまり邦訳上巻に相当)でした。
あしぶみいさみ @ashibumi68
あれっ?それを契機として妄想が形成され始めるところの、ただならぬ気配やいわくありげな兆しなどの要素現象と、主体がそのうちに安らう境位であるところの、地水火風という、エンペドクレスの4大元素との関係ってどうなってったんだっけ? 現代哲学には後者の系譜もあったわけだし。
schizoophrenie @schizoophrenie
@ashibumi68 その辺も関係してくると思うので調べたいのですが、どうなのでしょうね。ラカン自身は後付けで、要素構造という考えはレヴィ=ストロースから輸入した、と自分で言っているんです。ヤスパースを構造主義化したといいますか。
付記
schizoophrenie @schizoophrenie
ジャック・ラカン:神病〈上〉 http://t.co/jyW54zZl の誤訳メモ。32頁=原書p30の「「基礎的現象〔=要素現象〕」、還元不能な現象こそがパラノイアにおいて解釈すべきものなのです。」は誤り。正しくは「要素現象、還元不能なものは、ここでは解釈の水準にあるのです」
SatocHORIKAWA @satocerac
@schizoophrenie 僕の持ってる邦訳(2001年の第五刷)では「還元不能な「基礎的現象」がここでは解釈の次元にあるのです。」になっています。改訂されたんですかね?(その割には誤訳が多い気がします。3巻は特に)
schizoophrenie @schizoophrenie
@satocerac へえ、そうなんですね。セミネール邦訳は知らないうちにちょこっと改訳されてるんですね、はじめて知りました。そのうちアソシアシオン版で全訳つくりなおさないとね。
ここでの《解釈》は、何かに対する二次的なものではなく、一次性の機能である。
schizoophrenie @schizoophrenie
「妄想の意味作用の明証性…は夢のもつ象徴的曖昧さとはまったく異なり、《妄想では、無意識は直接意識のなかで表現される》ことを表していた。…解釈されねばならない夢とは反対に、妄想はそれ自体意識の解釈的活動であると。そしてこれこそ解釈妄想という言葉に提示されるまったく新しい意味である」
schizoophrenie @schizoophrenie
↓は、 http://t.co/4OrhvLG9 の309頁。とても美味しい一節だがあまり注目されない。「解釈」というと普通何かに対する二次的なものとされるのだが、むしろ解釈に一次性の機能をみてとる。ラカンがシュルレアリスムのパラノイア批評と意気投合するのはこの点においてである。
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