押井守監督作品「機動警察パトレイバー2」で柘植行人が演出しようとしていた「戦争」とはなんだろう?

ダークナイト・ライゼス関連で押井守「機動警察パトレイバー2」(以下P2)がよく引き合いに出されるので、はてあれはどういう話だったかな……というのを主に柘植の意図と行為から思い出しながら書いたメモ。
ninomae_fumi 39016view 2コメント
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  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:04:08
    P2の柘植の目的について。荒川や後藤が把握していたような、首都での戦争情況を演出することにより、この国の欺瞞に満ちた平和を暴露すると共に打ち砕き、最終的には戦後からやり直させるというデスペレートな思想と、柘植は一線を置いている。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:07:45
    それは柘植が表現したかったものが結果として生み出すものであり、柘植が行いたかったのは「ここから見ると、あの街がまるで幻のように見える」という言葉や、冒頭の戦闘シーンに表象されるような事柄である。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:11:08
    そして首都での戦争状況とやらも、実のところ戦う敵を見失い、わけも分からず孤立している自衛隊員たちの目線で描かれる。柘植の演出する「戦争」は「誰と、何のために戦うために備えなければならないのかわからない」ことを自衛隊員たちに思い知らせるかのように演出されている。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:13:09
    戦争状態の演出に先立って描かれる自衛隊の戒厳令も、漠然とした平和を打ち壊す異物であるかのように見えて、実は日常の中にさり気なく回収されてしまう。そして「戦争」が演出された時、市民たちはやはり孤立してあり誰が何のために戦っているのかわからないことを思い知らされる。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:16:51
    つまり押井の描く日本にとっては戦争は観念にすぎず、実態としての行為を最低限にしか伴わず、十分な強度を持ち得ないのだ。「リアルな戦争なんてどこにも存在しない」そう荒川茂樹は喝破する。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:19:44
    戦争のリアルというもの(の不在)をテーマにして突き詰められた思想犯罪。P2における柘植の目的は、結局そのように捉えることができる。そして、その対となる平和もまた、戦争のリアルの不在によってリアルでなさを暴かれてしまう。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:22:15
    漠然とした平和という幻想はたしかにテロにより破壊された。しかし「戦争」のリアルのなさゆえに、市民たちは戦争と平和の間でどちらにも依拠できなくなっているし、宙吊りのままであるほかない。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:25:53
    柘植の外傷体験において「戦争のリアル」が柘植視点からは徹底的に排除されていることについて注目すべきだろう。モニタ上で戦争を見る。部下たちが殺されていくのを通信で聞く。モニタの上の敵に銃爪を絞る。彼の戦争のリアルは、すべてが終わった時、ハッチを出て、ようやく身体的に明らかになる。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:28:10
    リアルでない情況認識、リアルでない戦闘体験、しかしその結果として身体的レベルで振りかかる外傷。その反復として柘植は徹頭徹尾「戦争のリアル」を欠いた「戦争」を演出せざるを得なかった――あるいは戦争をそのようなものとしてしか捉えられなかったのではないのか。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:32:20
    そうするとリアルでない領域から突然リアルな外傷が降ってくる話をせずを得ない。彼の戦争の対義にあるリアルを欠いた平和を戒厳令と戦争情況演出で打ち砕き外傷を与えた。ただそれは柘植の体験を反復し、リアルでない領域から突然外傷が降り掛かってくるものとして描かれた。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:33:49
    そして柘植は己の持つ戦争のリアリティを完全に日本に伝えることには成功しなかった。彼は結局挫折するのだ。しかしその上で、もう少しこの街を見ていたかったという。自分が伝えようとしたことが、どのような形で伝わったのか、それが見たいからだ。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:35:25
    P2の柘植の話ってそういう話だとぼくは思っているのだけど、これと「ダークナイト・ライゼス」が同関係あるのか、ちょっと良くわからない。P2とダークナイト・ライゼスが似てると云われるのって、本当にそうなの? という話をP2側の話を書くことで問うてみたかった。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:40:27
    柘植が挫折しなかったら米軍進駐という決定的な外傷を与えられたのかもしれなかったけど、その割には柘植って「止められるものなら止めてくれ」って手がかりや足跡を残しまくってるんだよね。だから、彼はデスペレートな精算主義とは一線を引いていると考えざるをえない。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:42:03
    「いま生きているこのリアルがじつはまぼろしなんじゃないか」ってことを外傷的に伝えようとするってモチーフ、押井作品で頻出するけど、P2ってまあそのラインで語れる話なんで、平和とか戦争とか革命とかをさもリアルに語っちゃうような人に冷水ぶっかけてる作品だよな、とは。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:50:58
    リアルと戦争の定義を曖昧にしていたのであまり良いまとめにならなかった。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:56:22
    共同幻想としての戦争とか平和とかと別に、個人の身体的体験としての戦争とか平和とかがあるわけ。で、押井は共同幻想が幻想でしかないって指差し確認する。身体的体験のレベルにおいても、人を一度それから遠ざけ、そして外傷的体験を置くことにより、既存の身体的体験にもとづく個人的リアルを覆す。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 14:57:03
    その2つを組み合わせたのがP2って映画である、という話でした。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 15:00:51
    柘植という人物が日本と共有していたかもしれない(おそらくはしていなかった)共同幻想と、彼が身体的体験として、共に享受していた「平和」という幻想を、突如外傷的経験が破壊する。そして、その反復として、柘植は日本という主体にそのような「外傷的体験を経た幻想の破壊」を強要する。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 15:03:03
    でも幻想を破壊はするんだけど、その後どうするかとかどういう幻想を与えるかとか、そういうことには一切配慮してないしするつもりもない。結果的になんか戦争と平和について意識高くなった日本がなんかの答えを出すかもしれないしそれは見てみたいけど、なにかの幻想を押し付ける意図が柘植にはない。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 15:03:30
    繰り言モードに突入したのでこのへんで切る。
  • にのまえふみ @ninomae_fumi 2012-08-20 15:06:09
    「戦争」も共同幻想と身体的体験に基づくものとして描かれるけど、結局「平和」と同じように幻想でしかないので、と、最後に付け加えておく。

コメント

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