クリエイティブコモンズについての、法学視点からの整理

神代啓 @ars_luculenta さんより、許可いただいた上でまとめました。 ・CCライセンスは著作権保護法を上書きする「契約」とみなせるのかどうか?の解説。 ・CCライセンスは現行の著作権保護法と矛盾する点もある。 ・民法学でも、意見が分かれているお話の紹介。
ログ 法学 まとめ クリエイティブ・コモンズ 著作権
2423view 1コメント
13
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
抑も論として法学用語の契約とライセンスとは同じ概念を指すものじゃないので最初が不足と思いつつ発言された方の主張は素晴らしいので突っ込みしてもいいか迷ってます…。 QT @lenchroot:クリエイティブ・コモンズ・ライセンス活用のススメ http://t.co/pznvjxvl
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
切身魚さん(@kirimisakana)の連投ツイートをれんちるーとさん(@lenchroot)が纏めた「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス活用のススメ(http://t.co/pznvjxvl)」について思ったことを通常通り無責任に呟いてみます。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
結論だけ書くと「いいね!」なんですが自分の考えも固めようと思いまして。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
まず民法上の契約とライセンスは法律実務用語としては(ライセンスは必ずしも契約で無くてもよいという意味で)無関係の用語で使われてます。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
ライセンスは「ライセンスが無ければ本来違法となる行為を許諾すること或いはそれを証明する書面」を普通指し、契約は「申込と承諾とによる法的拘束力を持った法律行為」を指しています。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
ただ解釈論次第(民法526条2項辺り)、普通は「ライセンス契約」として複合的に用いられていることからも、結果的に契約と同様の効果を持つと解せるということで、一般契約法から呟いてみます。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
民法上の契約の成立要件は当事者間で契約の内容について合致している、誰と契約を締結するのかについて合致している、の少なくともどちらか一方で合致していることです。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
両方合致していない場合でも契約は一応成立するので、契約がどちらか合致せず問題になった場合は契約の有効要件の問題になり、意思表示上の瑕疵や不存在の問題(例:錯誤(民法95条))になり契約が成立しても無効を主張できる点で法的には安定していない状態になります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
この点でCCライセンス自体を契約と解すると完全な改善案にはならないと思います(私見)。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
そこで本来の意味でのライセンスとしてCCライセンスを考えてみます。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
当該ライセンスは利用許諾前文で「本作品は、著作権法及び/又は他の適用法によって保護される。本作品をこの利用許諾又は著作権法の下で授権された以外の方法で使用することを禁止する」と書かれています。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
また「第9条 準拠法」で「この利用許諾は、日本法に基づき解釈される」と書いてあります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
よってCCライセンスは日本の著作権法に掌握され、著作権法に規定が無いものは民法に掌握されることになります。これは著作権法は著作物につき民法の特別法といえて、特別法は一般法に優先するという法の大原則があるからです。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
例としては民法(一般法)に対する商人についての商法(特別法)といった風なもので一例では個人間の金銭貸付債権の消滅時効が10年(民法167条)であるのに対し商事債権の消滅時効は5年(商法522条)という違いがあったりします。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
となれば創作活動ではCCライセンスは約款として主に非典型契約の定型条項として使われるものになるでしょう。ここで契約に戻って民法91条は「法律行為の当事者が「法令中の公の秩序に関しない規定」と異なる意思を表示したときは、その意思に従う」とあります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
この反対解釈で著作権法の条文で任意規定と解されているものは特約として上書きできるが強行規定は上書きできないことになります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
実際、民法典自身の条文でも総則、物権、親族相続法の規定の多くは強行規定(極論で2人の女性又は男性と婚姻契約を認める特約は当然無効のように何でも任意で取り決めできるとなると法律の根本的意味が無くなるから)です。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
しかも条文ごとに厳密には決まっていないことの方が多く実務上は学説や判例の解釈論が個別的にその条文が任意規定か強行規定を決定しています(強行規定の中には明確に条文で強行規定である旨が規定されているものもあります(例:借地借家法13条(借地借家法16条の規定より))。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
ここで日本の著作権法が著作者人格権を譲渡できない(著作権法59条)、かつ放棄もできないと解されていることが理由で問題が起こります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
具体的には同一性保持権者と翻案権者とが異なる場合(翻案権(を含んだ著作権)が譲渡された場合)において翻案権者と著作物の利用者との間で著作物の翻案に関するライセンスを明記した契約が締結され、それに従い著作物翻案が行われた場合を考えてみます。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
このとき著作者は同一性保持権を行使して改変(著作者外の翻案権者(ライセンサ)と著作物の利用者(ライセンシ)にとっては「翻案」)を差し止めることができるのかが問題となります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
これは同一性保持権と翻案権とが法学上でも色々な学説があって明確に区別できていない状況で、放棄も譲渡もできないとされる著作者人格権と放棄も譲渡も可能な著作財産権が重なり得るとすれば、法的に安定しているとは言えず、創作活動に少なからず萎縮効果を及ぼす可能性があるからです。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
「内面的形式(小説を例にとるとストーリーやプロット等)に及ぶ変更が、必要な限りの外面的変更(内面的形式を保ったままの映画化等)を加えるに留まる限り翻案権者は同一性保持権を侵害したことにはならない」と通説として書かれている基本書もあります。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
しかしその内面的外面的の基準は創作的に曖昧で予見可能性に足りません(私見)。
神代 啓 (Kei Kamishiro) @ars_luculenta
そのことは日本だけで起こり得るものではないのでCCでは「第3条 ライセンスの付与」において「許諾者は本作品又はその二次的著作物に関して、この利用許諾に従った利用については自己が有する著作者人格権及び実演家人格権を行使しない」と書かれており著作者人格権不行使特約が明記されています。
残りを読む(23)

コメント

KirimiSakana/切身魚 @Kirimisakana 2013年2月11日
このまとめ主旨と、切身魚の信条は異なります。信条:立法は現実の後追いしかできないので、過去の判例しかない根拠の法学解釈より、他のことを優先させます。それは、『いかに上手にシェアして、文化として発展するか』=デファクトスタンダードになるか?ということ。