2012年8月28日

「アイドル」からAKBまで 同時代証言など

その他派生的に議論があったかと思いますが、とりあえず見えた範囲での備忘録。
22
こややし @kova41

昼間tweetしたことの関連でいうと、恐らく今は82年デビュー組以来のアイドル全盛期なんだね。そして、ほぼその間ずっとプロデュースし続けてきたのが秋元康様で、語り続けたのが中森明夫様であった訳だ。凄いよ。30年だもん。

2012-08-27 20:58:11
図星 @zuboc

70年代終わりあたりまでは漫画にメジャーとマイナーってわりとパッキリしたものを感じてたけど、80年代に同人誌やエロ雑誌出身の漫画家が大手出版社の雑誌に連載持つようになってからはあんまり意味を持たないような気がしてたりする。いまのメジャーとマイナーの分水嶺ってなんなんだろうな。

2012-08-28 02:07:10
銅大 @bakagane

漫画に限らず、マイナーとメジャーの変化は、作品の側というよりは、作品を鑑賞する姿勢の差になっている気がいたしますね。メジャー(主流)でないものは、自分にとって良いものでも、自分の人生の主流ではない、という感じがあった気がします。私個人の印象かもしれませぬが。

2012-08-28 02:12:13
銅大 @bakagane

「マイナーではメジャーに勝てない。絶対的な力の差を知るが良い……(ゴゴゴゴ)」みたいな感じが、昔はあった気がします。その年の流行歌は、クラスの全員が聞いているとかそういう時代でしたし。供給側が強かったのが70年代の終わり~80年代初めまであったように思います。

2012-08-28 02:16:02
栗原裕一郎 @y_kurihara

おニャン子クラブは番組が85年4月開始で「セーラー服を脱がさないで」が7月発売だったそうだ。小泉今日子「なんてたってアイドル」と合わせて当時は「これでアイドルは終わったな」と実は思った。言い換えると、82年組をピークとする80年代型アイドルは85年には早くも終焉を迎えたのですな。

2012-08-28 02:33:58
鳥山仁 @toriyamazine

@thedenkiya そうそう。秋元康はワンパターンだけど反意の使い方が上手いですよね。「子供達を責めないで」とか「セーラー服を脱がさないで」とか「アニメじゃない」とか。全部逆の意味ですからね。

2012-08-28 02:45:25
栗原裕一郎 @y_kurihara

実際、80年代の終わりにはアイドル文化は冬を迎え、パードルとか地下アイドルの時代に入って、90年代にはアイドル歌謡はほぼ壊滅した。おニャン子型システムがアイドルを殺したという認識は当然強化されたわけだが、98年におニャン子を踏襲したモー娘。がブレイクして「おや?」となる。

2012-08-28 02:47:33
栗原裕一郎 @y_kurihara

今はAKBの時代で、AKBのスタートは2005年ですか、アイドルを殺したはずのシステムによってアイドルは復活を遂げてしまった。85年に思った「アイドルは死んだ」は間違っていて「アイドルは変質した」と見るべきだったわけだ(雌伏期間がやたら長いが)。このあたり一度整理してはみたい。

2012-08-28 02:55:02
kentarotakahashi @kentarotakahash

僕はあの日を境にアイドル評論はやらないと心に決めました。QT @yanotoshihiro 実際のところ、岡田有希子の自殺というのは、リアルタイムではどうたったんでしょうか。岡田の自殺によって、アイドル文化が決定的に冬を迎えたという意見も〜 @y_kurihara

2012-08-28 03:03:47
栗原裕一郎 @y_kurihara

どうだろうな…。当然個人的な把握認識にすぎないけど、岡田有希子自体が「遅れて咲いた花」みたいな印象があって、ショッキングではあったけど、それはアイドル全体に関わる出来事というより、あくまで彼女個人にまつわる悲劇という受け留めだった気がするなあ。

2012-08-28 03:03:58
Shintarou Ozawa @asakusa_sanpo

@yanotoshihiro そんなことなかったような気がします。彼女の没後も80年代末には南野陽子、中山美穂のブレイクもあったし…。90年だか91年だかの「よい子の歌謡曲」終刊あたりで区切りがついた気がする

2012-08-28 03:05:49
萩原收 @hagiwaraosamu

オレも、あれがアイドル文化の終焉に影響を与えた、とは思いづらいですね。QT @y_kurihara どうだろうな…。当然個人的な把握認識にすぎないけど、岡田有希子自体が「遅れて咲いた花」みたいな印象があって、ショッキングではあったけど、それはアイドル全体に関わる出来事というより…

2012-08-28 03:11:12
栗原裕一郎 @y_kurihara

あと、岡田有希子が死んだとき、おれ20歳で、あの頃は今みたいにいい大人がアイドルに血道をあげる風潮ってなかったから(笑)、受容層はせいぜい20代くらいまでだったと思うのね。当時の高校生とかはまた違う認識転換をした可能性はあるよね。10代の数歳差って、がくぜんとでかいから。

2012-08-28 03:12:00
千澤のり子 @noriko_c

岡田有希子が亡くなったとき、自分たちの身近な人が亡くなったという空気があった。足立区の片隅の中学1年生の教室では。

2012-08-28 03:16:54
Koichiro Sukegawa @Teika27

@y_kurihara スガヒデミが事件の直後「岡田有希子の美しさは結核患者的アナクロに立脚したものだ」ということを書いていて、ひどく納得した覚えがあります。栗原説のとおり、アイドルを終わらせたのはおニャン子と小泉の「なんてたってアイドル」。RT岡田有希子自体が「遅れて咲いた花」

2012-08-28 03:22:19
おりた @toronei

松田聖子の最初の結婚も1985年、中森明菜はレコード大賞この年から二連覇でアイドルから歌姫へ。男性アイドルもトシちゃんマッチがチャートから落ちていった年。RT @y_kurihara: おニャン子クラブは番組が85年4月開始で「セーラー服を脱がさないで」が7月発売だったそうだ。小

2012-08-28 03:25:13
千澤のり子 @noriko_c

80年代アイドル全盛期の頃、小学生だったわれわれ世代の女の子は、真似をして歌うことに興味がありました。思春期に入ると、アイドルよりもバンドの歌に注目が集まりました。特にレベッカやプリプリのガールズ系に。それと、歌よりもドラマに出るアイドルが増えたのも原因かなあと。3Mとか。

2012-08-28 03:26:57
栗原裕一郎 @y_kurihara

これかな?>「かっこいい」ということ?岡田有希子の死をめぐって?(『鳩よ!』1986年7月号)http://t.co/YXi2PM4G 読みます。ありがとうございます RT @a_i_jp 岡田有希子が死んだ年に吉本隆明が紀伊国屋ホールでやった講演(『鳩よ !』主催)

2012-08-28 03:41:05
栗原裕一郎 @y_kurihara

たぶん金井覚『アイドルバビロン』が求めておられるものに近いと思います。名著です。http://t.co/APzg9TaW RT @syumi5 栗原さんのアイドル85年終焉論のツイート面白いんだけど、アイドルファンの内側(現場いつも行ってたような)人の話が聞きたいなあ。

2012-08-28 03:47:49
Koichiro Sukegawa @Teika27

@y_kurihara 私は栗原説と同様、「85年アイドル終焉説」を授業で語っています。岡田有希子を本当に好きで、その死にトラウマ的衝撃を受けた人は、当時のアイドルマニアの主流ではなかった気がします。良くも悪くも、八〇年代のアイドルウオッチャーは菊池桃子の方を気にしていた気が。

2012-08-28 03:53:24
栗原裕一郎 @y_kurihara

最後に個人的な話をすると、アイドル終焉をいちばん強く感じたのは、堀ちえみの『潮騒』だったりします。この映画を見たときの魔法の解けた感は筆舌に尽くしがたい。書きましたがw>堀ちえみ主演『潮騒』(85年)http://t.co/EGvPq3TY

2012-08-28 04:07:07
久保内信行 / 𝗧𝗮𝗯𝗹𝗼𝗶𝗱 @tabloid

@y_kurihara モー娘。おただったんですけど、その当時の女ファンとかアイドル志望者や、現在に至るまで15人ほど話し聞いた感じ、セーラームーンとプリキュアをアイドル系の原体験として騙る子が多いです。クリィーミーマミからセーラームーン系への変質を連想しました

2012-08-28 04:08:58
栗原裕一郎 @y_kurihara

それにしても、フォロワーに複数いる『よい子の歌謡曲』関係の方々の沈黙が恐ろしいw

2012-08-28 05:28:23
dada @yuuraku

あんだけ説明しない視聴者置いてきぼりのエヴァが非オタにもアリってことになってるんですから、売れたか売れないかだけですよ。メジャーとマイナーの裟なんて。

2012-08-28 08:57:26

コメント

kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
昨日のこれ、ちょっと訂正。もともと、僕はアイドル評論はできない。アイドル、特に好きじゃないから。「アイドル音楽評論」をやめたのだった。 > 僕はあの日を境にアイドル評論はやらないと心に決めました。
0
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
1980年代前半、アイドルの音楽をはっぴいえんど〜ティン・パン・アレイ系の人達が作るようになった。歌謡曲は好きじゃなかった僕の耳にも、それは入ってきたし、反応もした。
0
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
岡田由希子も松任谷正隆がプロデュースしていたりしていたので、アルバムのレヴューを自分で選盤する雑誌記事に書いたことがある。そういう時代だった。アイドルの音楽評論をちゃんとやろう、と一瞬考えた。
0
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
でも、あの事件で二度とやるまい、と思った。それは、アイドル(という名の年端のいかない女の子)を取りまくビジネスの一部になるのはやめよう、と思ったからだった。
0
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
たぶん、そこには山下達郎さんの影響もあると思う。
0
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
達郎さんは食えなかった70年代は別として、80年代のあの時期、アイドルへの曲提供はマッチくらいしかしていない。沢山、依頼はあっただろうが。
0
kentarotakahashi @kentarotakahash 2012年8月28日
思えば、細野さんがアイドルに沢山曲を提供したのは1982〜1986年くらいだ。岡田由希子の死のあたりを境として、ぐっと減る。そのへんの構造変化と事件の相関関係はあったのだろうか。
0