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「合格実績」という言葉は、いかがわしい

マラソン選手が100m走で好結果を出せなくても「実績が低い」とは言えない。逆もまた然り。
人文 国語 教育 入試
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福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「合格実績」という言葉は、いかがわしい。入試に合格したのはすべてうちの塾のおかげ、と言わんばかりだ。しかし当然、そんなはずはない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
合格できたのは、まず第一に、生まれ持っての才能のおかげだ。教育の効果など最初から小さいということを、忘れてはいけない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
教育の仕事をすればするほど、遺伝(あるいはそれに準ずる生育環境)の影響の大きさを、これでもかというほどに知ることとなる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
ただし、生まれ持っての才能を発揮しきれていない子、持て余している子というのは大勢いる。その才能を十全に発揮するための方途を与え、導いていくこと。それが教育の役目である。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
合格実績の話に戻る。私の塾でも、ここ http://t.co/niSXyN0T に「合格実績」と銘打ち学校名を挙げている。が、これはあくまでも参考程度。だから、年度も人数も書いていない。そんなの、書いても意味がないからだ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
2011年、偏差値70の学校に10名。2012年、偏差値70の学校に2名。と書いたとしても、それは11年にたまたま優秀な子が多く、12年にたまたま少なかったんだろう、という見方を否定できる根拠はどこにもない。教育の質が下がった理由にはならない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
逆もまた同じだ。10年に5名、11年に10名、12年に15名、と書かれていても、その塾の教育の質が年々上がっているという根拠はどこにもない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
特に、私がやっているような小規模塾では、なんの役にも立たない数字だ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
そもそも、日頃の教育成果の評価規準(基準)と、入試の評価規準(基準)とが同一でない限り、「実績」などという言葉はなんの意味も持たない。マラソン選手が100m走で好結果を出せなくても「実績が低い」とは言えない。逆もまた然り。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
要するに、日頃の教育の成果が高いことによる「合格」(あるいは、日頃の教育の成果が低いことによる「不合格」)かどうかが見えないにもかかわらず、多くの塾が「合格実績」という言葉を平気で使っているのはおかしいということだ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
ましてや、「第一志望校合格率」などというものは、まったく虚しい。その生徒の第一志望校が、実力をはるかに超えた高さの学校だったら落ちて当然だし、逆に、実力よりはるかに低いならば受かって当然だ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
とくに中学入試などは一昔前のように「実力がある子だけが受ける」という時代では(とうに)なくなった。偏差値40の子が「憧れ」だけを理由にフェリスやら桜蔭やらを目指し、同じく偏差値40の子の親が「我が子が希望するから」という理由だけで麻布・開成・武蔵を狙わせようとしている時代なのだ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
私は、実力を超えた学校を受験することを避けるよう、親子に口酸っぱく伝えている(理由 http://t.co/twW1GgDi )。それでも、形骸化した憧れと見栄によって、第一志望を開成、第二志望を麻布、第三志望を栄光などとして全滅する偏差値40ほどの子の悲劇を何度も見てきた。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
私の使命は、そういう子の虚しい希望をかなえさえてあげるために、偏差値を30アップさせること、ではない。私の使命は、あくまでも、学力を、国語力を地道に育てていくこと、これしかない。その結果として、「合格」という副産物がついてくればおめでとう、といった程度。これが本筋というものだ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
あ、さっきの学校名はあくまで例ですよ。受験日程的にその3つを志望校にするのは無理、とか突っ込まないでね。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
さらに言うと、私がやっているような単科塾では、もはや合格実績などというものは全く意味を持たない。国語1科目で合格・不合格となる子など、ほとんどいないからだ。国語だけで入試をやっている中学などもないわけではないが、極めて少ない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
算数・理科・社会で合格できたかもしれないのに、いかにも国語で合格したかのように書くとしたら、それは傲慢以外のなにものでもない。逆もまた然り。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
では、実績というものはどうやって出すべきなのか。それは簡単だ。教育の場における指導が、目標どおりに達成されているかどうか、それを試験によって測り、数値化すればよい。ただそれだけだ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
ただしそのためには、条件が2つある。1つは、教育の質が高いことが保証されていなければならないということ。質の低い指導、あるいは間違った教育の達成度を測っても、なんの意味もない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
もう1つは、試験そのものが、学力を測定するために十分良質な問題になっているかどうかということ。試験が狂っていたら、それによって実績が高い・低いを語るなどまったく無意味。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
私は今後、自塾における指導の質をさらに高め、その評価手段の質をさらに高めていきたい。まずはこれらが、私の目標である。入試合格実績、などというものは、私からすれば、正直どうでもよい話だ。
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