眠り姫

怪奇の種の八雲より、5話目の『眠り姫』で御座います。
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小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

夜、床に就こうとベッドに腰を掛けると、ある筈の無い物に触れた。思わず短く声を上げ、布団を捲り、掌でシーツの皺を確かめるように何度も先程の感触を探すが、布以外の何物にも触れる事は無かった。翌夜、またベッドに腰を掛けると、昨夜と同じ感触が臀部に触れた。人の腕? いや、脚か。

2012-09-01 03:57:48
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

他に例えようの無い感触である。思わず振り返るが、そこには矢張り何も居なかった。幾夜と同じ事が続き、気味が悪いという感情よりも「ああ、またか。」という慣れが日毎に増して行った。眠る前に、姿の見えぬ他人の脚の上に座る。何とも奇妙な行為だ。

2012-09-01 03:58:07
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

この見えぬ他人は、毎夜踏まれても踏まれても、私のベッドで勝手に眠っているようである。腹立たしいとは思わなかった。多分呆れていたのだろう。ある夜、いつものようにベッドに腰を掛けようとして膝を折った瞬間、悪戯心が芽生えた。腰を下ろすより先に振り返っても、矢張り見えぬものなのだろうか?

2012-09-01 03:58:19
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

そろり、肩越しに振り返ると、緩やかに波打つ髪をシーツに泳がせ、横たわる少女がそこに居た。ふっくらとした柔らかそうな口唇も、頬も、妙に艶かしく。驚いたように双眸を瞬かせて私を見上げる様は、まるで生きている人間のようで。だから、思わず「あ。」と、間の抜けた声を漏らしてしまった。

2012-09-01 03:58:28
小泉怪奇@怪談を蒐めるヒト @kaikinotane

姿を見られたのが恥ずかしかったのか、彼女は目元を僅か朱に染めて、煙のように消えてしまった。それ以来、私は就寝前に他人の脚の上に座る事が無くなった。仄かに淋しくも思うが、一つ気になる事がある。彼女は一体、私とベッドのどちらが恋しくて毎夜ここで眠っていたのだろう。

2012-09-01 03:58:56