中国における飲み物の歴史

地雷魚さんの連ツイ 関連まとめ 古代中国を中心とした歴史と食の話 http://togetter.com/li/368615
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地雷魚 @Jiraygyo

周代における嗜好品としての飲み物 水(水だ) 漿(重湯・米湯、周代にそれを売る店がすでにあった) 【酉豊】(黍の粥に麹をほり込んで数日で発酵。古代のビール) 涼(氷水) 医(酸梅湯 http://t.co/fM8VqEaF) 【酉也】(飴、麦芽糖の水割り)

2012-09-08 16:02:06
地雷魚 @Jiraygyo

これにだいたい魏晋において「茶」が加わる。茶は巴蜀の産物で、魏晋の頃は鼎に煮出して食器で飲む煮茶である。この喫茶が始まった初期の頃でも茶の価格は酒よりも安かったらしく、倹約として酒の代わりに茶を飲むことを推奨したりしている文献もある。

2012-09-08 16:10:05
地雷魚 @Jiraygyo

酒については、なぜだか知らないが古代中国では刑罰の一つとして「酒を飲ませる」というものがあった。礼を逸したり、軽犯罪などを犯した者には角製の盃で一気飲みをさせたらしい。また君主が過ちを犯した場合も、罰として酒を飲ませるという事例がよくある。

2012-09-08 16:15:15
地雷魚 @Jiraygyo

一つには古代人が飲酒の機会がそう多くなく、大量に酒を飲むことに慣れていないので本当に罰になったのもあるだろうし、後の中国人に見られるように白酒で何かというと罰杯を飲ませるというように祭り的な賑やかしであったのもあるのだろう。

2012-09-08 16:17:09
地雷魚 @Jiraygyo

もし、極稀に文献や遺跡などに「もしかするとあるのではないか?」と散見される蒸留酒が古代からあったのであれば、リアルに刑罰になるわけだが。しかし、そうでないのなら「アツアツおでん」な刑罰だよなこれ(笑)

2012-09-08 16:18:34
地雷魚 @Jiraygyo

まあ、「食」ばかりでなく「飲」のほうでも中国は古代からけっこうバラエティに富んでいたというお話。

2012-09-08 16:20:17
地雷魚 @Jiraygyo

喫茶については、しばしば「薬用」だったとか「滅多に飲めるものじゃなかった」とか解釈している人がいるが、なぁに、周代からいろんな嗜好飲料飲んでるので、普通に嗜好品で飲んでる。韋曜っていう下戸の呉人が酒の代わりに茶を飲んだって話もあるしな。

2012-09-08 16:24:51
地雷魚 @Jiraygyo

まあ、酒は穀物を馬鹿みたいに消費する上にドゥンドゥン飲まれてしまうから、穀物生産量が落ちまくった後漢魏晋にかけて、「酒じゃなく茶を飲め! バカっ!」とか推奨したくなったのかもしれないな(笑)

2012-09-08 16:33:13
地雷魚 @Jiraygyo

唐代やね、魏晋はその起こりとして研究中な感じ RT @Historian_nomad: @Jiraygyo あれ、喫茶の本格的な普及って宋代じゃなかったでしたっけ

2012-09-08 16:44:55
地雷魚 @Jiraygyo

そりゃあんた、「まとめ」ができるのがあとになるのはとうぜんやろが(笑)RT @akirakenkian: その唐代でも結構あとの方ですね。陸羽の『茶経』があったりしたのは RT @Jiraygyo: 唐代やね、魏晋はその起こりとして研究中な感じ RT

2012-09-08 16:48:38
林小可@猫空茶藝館12/31西け20a_新刊『遥かなる近代』第10号 @xiaoke_As

@Jiraygyo @akirakenkian 壁|v´) それこそ『茶経』の目次と冒頭を読めば、『茶経』が茶の普及後にまとめあげられた書物であることがわかり、茶の服用が魏晋或いは後漢に遡れることがわかるわけで。

2012-09-08 16:55:25
地雷魚 @Jiraygyo

太康(280-289年)年間の張載の詩に「芳茶冠六清 芳しい茶は六種の清涼飲料より冠んで」ってフレーズあるし、魏晋においてすでに前述した6種の嗜好飲料に並ぶ嗜好飲料になっていたと思うんだな、私は。とりあえず飲み食いの普及において中国人貪欲やし。

2012-09-08 16:53:50
地雷魚 @Jiraygyo

『捜神記』にも夏侯愷という人物が死んでも茶を飲みに来たって話もあるぞ(笑) RT @akirakenkian: でも、茶会を詠んだ詩が出てきたのとあまり年代は変わらなかったと思います。 RT @Jiraygyo: そりゃあんた、「まとめ」ができるのがあとになるのはとうぜんやろが(

2012-09-08 16:59:48
地雷魚 @Jiraygyo

東普の傅咸の人の記録で「街で茶粥を売る老婆」の話があったりしてだな(笑) RT @akirakenkian: じゃあやっぱ一般化したのが唐後期って事ですね RT @Jiraygyo: 『捜神記』にも夏侯愷という人物が死んでも茶を飲みに来たって話もあるぞ(笑) RT

2012-09-08 17:11:28
地雷魚 @Jiraygyo

すでに東普の頃には市場で買い物をする庶民たちにも喫茶の風習があったかもしれない記述がチラホラ。

2012-09-08 17:13:23
地雷魚 @Jiraygyo

茶之為飲,発乎神農氏,聞於魯周公,斉有晏嬰,漢有揚雄・司馬相如,呉有韋曜,晋有劉 琨・張載・遠祖納・謝安・左思之徒,皆飲焉。滂時浸俗,盛於国朝,両都并荊兪間,以為 比屋之飲。RT @akirakenkian

2012-09-08 17:15:48
地雷魚 @Jiraygyo

まず陸羽の『茶経』からして、茶の起源は神農氏に発し、魯の周公、斉の晏嬰、漢の揚雄・司馬相如、呉の韋曜、晋の劉琨・張載・遠祖納・謝安・左思が茶に関わる記録がありますよって書いてる。これを実際の考古学や風俗文化史でどこまで遡れるかが最近の研究やがな・・・

2012-09-08 17:19:08
地雷魚 @Jiraygyo

んで、東普の頃には庶民もわりと喫茶の風習があったんではないかな? と推測できる感じにはなってきている。貴族や官僚たちについては、もう後漢の頃に普通に六種の嗜好飲料と同じかそれ以上の位置にはあるよなー、という感じ。

2012-09-08 17:20:57
地雷魚 @Jiraygyo

中国の喫茶文化と官僚たちが宮中で住み込みで働いていたというのを読み合わせると怖いですね、恐ろしいですね……。カフェイン漬けで眠らないように働かされていたんでしょうね下っ端官僚たちは(笑)

2012-09-08 17:43:36
地雷魚 @Jiraygyo

眠くならない飲み物をあげるから!しっかり働いてね!たくさんでいいよ!

2012-09-08 17:48:52
地雷魚 @Jiraygyo

つか鼎で煮だした茶を飲ませることが普及した理由がそれだったらいやだな(笑) 『眠くならない飲み物』

2012-09-08 17:51:22
地雷魚 @Jiraygyo

ワーカホリックでカフェイン中毒な孔明とかありそうじゃないですか、やだー。

2012-09-08 17:52:10
地雷魚 @Jiraygyo

仕事が一段落するたびにお腹がたっぷんたっぷんいって、茶臭いゲップを出す諸葛亮……

2012-09-08 17:53:28