マスコミ偏向は何故生じ、どうすれば正常になるのか

権力により命や生活を奪われる記者が存在することを注視しなければならない。国会議員の数700名、新聞記者の数2万、警察官の数28万、そして有権者の数1億400万。国民が議員とマスコミを支える姿勢を示さなければならない。
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一路 @knp12
【マスコミ偏向は何故生じ、どうすれば正常になるのか】権力により命や生活を奪われる記者が存在することを注視しなければならない。国会議員の数700名、新聞記者の数2万、警察官の数28万、そして有権者の数1億400万。国民が議員とマスコミを支える姿勢を示さなければならない。
一路 @knp12
続き)国民のための政治の実現を妨げる目的で、警察・検察は民主党小沢氏の政治生命に打撃を与えるべく秘書などの不法な逮捕を強行し、さらにマスコミが小沢氏に対する悪印象を与えるための偏向報道を執拗に繰り返している。このマスコミの姿勢は戦前の大本営発表にも劣らない、すさまじいものである。
一路 @knp12
続き)このマスコミ偏向報道の原因として、記者クラブや官房機密費の存在がクローズアップされているが、これだけ強い統制力は、アメである官房機密費の提供や、利益共同体的な記者クラブ制度だけで生まれるものではなく、ムチとしての警察・検察による恫喝によるものであると考えるのが自然であろう。
一路 @knp12
続き)よく言われるように、権力の機密を暴露するような対象を取材、報道しようとした記者が、不自然な自殺や事故死を遂げる例が散見されるが、これこそが警察・検察の闇の力の行使と思われるものであり、権力の機密に手をつける記者の命が危うくなることは、裏常識となっておりこれが恫喝の背景である
一路 @knp12
続き)また警察裏金を追求した北海道新聞への警察の報復行為で、北海道新聞社が打撃を受け、担当記者が左遷されるなどの圧力を加えられた例や、裏金告発を行おうとした大阪高検公安部長が冤罪逮捕による口封じを行われたことなども目に見える形での恫喝行為である。
一路 @knp12
続き)このように権力に対抗しようとする者に対して、権力が牙を向けるという恫喝によって、権力に対しては逆らわずその意向に沿うマスコミの偏向報道が生じているのであるが、それではこれを跳ね返していく上で、国民が動かざるを得ない理由について考えてみる。
一路 @knp12
続き)代議制の日本では、国民の代理者としての政治家が、警察・検察の不法性を国会で糾すのが本来の姿であるが、マスコミが警察・検察の支配下に置かれることにより、政治家に対しても警察・検察の恫喝が及んでいて、政治家も容易に動けないことは、可視化法案の動きなどを見れば明らかであろう。
一路 @knp12
続き)国会議員の数700名、新聞記者の数2万、警察官の数28万、そして有権者の数1億400万。マスコミ、国家議員が恫喝されて身動きできない状態にあっても、警察・検察に対抗する上で、国民が動くことの意味はこの数を見れば明らかであるだろう。警察・検察も国民を敵にすることはできないのだ
一路 @knp12
続き)日本の民主主義の基本は憲法にあり、憲法はその12条「憲法が国民に保障する権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」、16条「何人も、損害の救済、公務員の罷免、・・・その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し」ているとしている。
一路 @knp12
続き)国民は警察・検察の不法な政治介入によって、国民のための政治の実現を妨げられ、憲法13条「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が侵害され、大きな損害を受けている。警察・検察の不法を糾す請願により、マスコミ、議員をこれらの権力の頚木から解放することが求められる。

コメント

腹下しの助 @bitiguso 2010年7月23日
マスコミと警察、検察が癒着関係にある事がだいぶ表に出てきてるのに、いまだ世論を左右する存在なんですよね。つーか最近の世論が完全にマスコミの玩具になっているのを見て、日本人は基本的にバカなんだと実感する。
一路 @knp12 2010年7月23日
国民の現状は、過去の教育の結果です。現在の国民を見て、成功、成功と内心拍手しているものがいるということに気づき、これを糾さないと同じことが繰り返されます。現在の教育は、間違いなくこれまでの教育の延長上です。http://togetter.com/li/35881
腹下しの助 @bitiguso 2010年7月23日
大衆はマスコミの出す正解をなぞって答えていればいいとでも思っているのだろうか?暗記重視の教育が日本人をバカにしたのかもしれませんね。
一路 @knp12 2010年7月23日
日本の国民性とされる主体性のなさ、すなわち自分自身の考えを持たないと、情報に振り回されるということだと思います。主体性、個性を育てる教育を看板はあっても、実際にはやってきていないということです。そのような教育をやると、お上に文句を言う国民が育ってしまうからです。
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