不安を口にするのはいけない事? 本音が話せる繋がりが必要なのでは?
- uchida_kawasaki
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集団疎開裁判の集会や郡山の人のインタビューで、被曝の不安を口にすることができないという声をきく。先日北海道ローカルのNHKで、洞爺湖での保養をやっていた。「放射能のことは地元では話せない、ここに来てやっと話せる」「不安だと言ってた人たちは、もうあらかた居なくなっちゃったから」と。
2012-09-15 22:10:11「不安解消のために、子どものゲノム解析を」と細野さんは言うけれど、不安を口にすることさえできない環境に置かれている人たち。親戚や隣人・知人にも、言っても大丈夫かな、と探るような暮らし。子どものゲノム解析が、不安解消に至る道とは思えない。あの放送も、北海道のTVだから流せたのかな。
2012-09-15 22:17:58過度な怯え、それによる過剰な我慢や抑圧、悲観的な思考が良くないというのは当然のこと。それ以前に「不安を口にも出せない環境」は、対象がなんであれ、健康で文化的な生活ではないし、子育てに向いた環境とは思えない。どれだけ息苦しいだろう、そんな生活、いつまで続けられるんだろう、と思う。
2012-09-15 22:33:02放射能だけじゃなく、何重にも圧迫されてるように見える。何も無ければ、豊かな自然と暖かく居心地のいい地縁血縁で繋がれた暮らし、今はその全てが、がんじがらめの糸となって縛りつけているようにも見えてしまう。普通に当たり前に暮らしたいだけだろうに。今回の事故は、とことんむごいと思う。
2012-09-15 22:46:12洞爺湖に保養に来ていたお母さん達、賑やかにメアド交換をしていた。「これで地元に戻っても、メールで話せる」「来年もここで会えるといい」「戻っても情報交換できるし、がんばれる」遠方に親子で保養に行くのは、こういう効果もあった。ゲノム解析の前に、やれることはまだまだたくさんあると思う。
2012-09-15 23:17:00言い換えれば、「戻ったら、話ができる人がいない」「わかりあえる友がほしい」「現地では情報が入ってこない」「もうがんばるのも、なかなか難しい」そういうことにならないか。夏休みが終わって、戻っていったお母さん達。湖に飛び込んでた子どもたちを思い出しながら、お母さんたちの孤独を思う。
2012-09-16 00:20:20--関連まとめ