◆自分のためのスケッチ:in Twitter 「リブート(その二)」◆
◆使い古された謂いにはこうある。「世界最古のサービス業は占い師と娼婦」。いつの世でも人は、明日に不安を抱え、それを打ち消すすべを求める。占いや予言は先の見えない未来を照らそうと燈される燭台。そして、性のまぐあいは、自らの精神に目眩を起こさせる、鮮烈な花火のような輝きだ。◆
2012-09-17 11:16:30◆祇園通りも、そうした性のアトラクションを切り売りする場所だ。街路を圧迫するように立ち並ぶ店には、目に痛い電飾の看板が掛けられ、客を引く女達が、扇情的な格好で人々を誘う。どの世界でもありそうな世界だ。一点を除いては。◆
2012-09-17 11:23:20◆『あー、しゃちょーさーん、ねね、よってって~』紐ビキニで装った女が、質の悪いスピーカーから割れた声で呼びかける。だが、彼女はマイクなど握っていない。というより、彼女では「人間の」発音など到底無理だろう。その顔は、キツネの頭部そっくりの形状をしていた◆
2012-09-17 11:27:25◆彼女だけではない。街路に出て客を招くモノたちは皆、人のそれではなかった。犬、猫、狐といったものから、熊や馬、豚など、数え上げればきりが無い。知らないものが見れば百鬼夜行に出くわしたかと思うだろう。◆
2012-09-17 11:30:53◆そして、その客引きと言葉を交わすのは、間違いなく人間。スーツを身に着けたもの、カジュアルな格好で通りを冷やかすものと、さまざまだ。極まれではあるが、女性の姿も見える。◆
2012-09-17 11:33:16◆人間たちは、動物然とした『彼女達』と、気軽に話し、あるいは紙の札を突き付け、店の中に消えていく。そんな人々を照らすのは「検疫済み」「一夜の快感」「性病はありません」などの直裁的な言葉。あるいは「明朗会計」「クレジットお断り」の、ビズの鉄則。◆
2012-09-17 11:45:31◆「だからぁ、今は手持ちが無いんだってよぉ!」通りの片隅、少し暗いネオンサインが灯る店。そこで騒ぎは起こった。『もうしわけありませんお客様。うちはクレジットお断りでして』顔を赤らめた人間の酔漢、それに対応するのは、金の首輪をつけた黒ヒョウの人型。◆
2012-09-17 12:10:46◆仕立てのいい絹のスーツにはしわと、酒で出来た染み。瞳は酒と、相手への侮蔑で濁っている。「知ったことか! 紙の金なんて前の店で撒いちまったんだよぉ!」『それではここから二ブロック行った所に換金所がありますので』ネコ科特有のマズルを愛想笑いに歪めるヒョウに、男は唾を吐き捨てる。◆
2012-09-17 12:15:36◆「作りもんの分際で、俺に意見しよってのか、ああ!?」その後ろに立つドーベルマンの顔を載せた犬人を振り返ると、男は人差し指を突きつけた。「やれ」『警告させていただきますが、現在彼は私達に危害を……』「うるせぇ! 主人の経済危機だ!」◆
2012-09-17 12:44:50◆ドーベルマンは、すっと格闘の構えを取る。『もうしわけありません。主人の命令ですので、排除行動に移らせていただきます』『了解です。お仕事ご苦労様です』黒ヒョウが苦笑混じりに答えを返す。「じゃれてねぇでとっととやれ!」「おーっと、ちょっと待ってくれ」◆
2012-09-17 12:46:48◆「なんだ、テメェ」男が見下ろす先、店のドアを開けて出たのは小柄な、子供のような姿。「うちのドアマンは見た目これだけど、荒事向きじゃないんだ」幅の広いバンダナで額を覆い、大き目のTシャツとチノで装った、新しいケモノが、朗らかに言い放つ。◆
2012-09-17 12:50:22◆麦わら色の和毛が密生し、シャツからむき出しの手を覆っている。両手にはフィットした格闘用のグラブと、金属のリングをいくつか着けている。少し秀でたマズルの端を歪め、スニーカーのつま先を軽くタップ。「そう言う話は俺が聞くことになってるんだ」◆
2012-09-17 13:00:03◆「けっ。こんなチビ出してくるとはな」侮蔑が侮りに変わり、男は軽く指で指し示す。「やってやれ」『……申し訳』「あー、いいよいいよ。どうせあんたの主人、《天国》に来るのは始めてのおのぼりさんだろ?」チビの発言に男が眉間に谷を刻む。それでも、彼は気負いなく構えた。◆
2012-09-17 13:03:21◆「痛くしないようにやるけど、怪我したらごめんな」「……このチビっ!」息巻く男に短い侮蔑を投げ、小さな影が距離を詰める。『クイ、手早くな。他のお客に迷惑だ』「了解」「んだっ!? この……」男は最後まで言い終わらない。敵対者の彼我が一瞬で消失する。◆
2012-09-17 13:07:16◆ドーベルマンのステップインが、一気に距離を詰める。体格差は倍近い、肉厚で、堅牢な背筋と、束ねられた筋繊維。そこから生み出された右拳の打ち下ろしが、麦わら色の額に殺到。だが、倒錯は一瞬だった。◆
2012-09-17 13:12:41◆重い砂袋が落ちるように、地面に叩きつけられるドーベルマン。その片腕を極めつつ、その首筋に踵で踏みしめる。「悪いね。俺よりでかい奴なんてざらだから、対処には慣れてるんだ」「ば、バカヤロウ! 早く振りほどけ!」「そんなことしたら……」クイは腕に力を込た。みしりと骨が軋む。◆
2012-09-17 13:24:08◆右腕を捻じ曲げられ、顔を苦痛に歪めながら、それでもドーベルマンは言われたとおりに身じろぎしようとする。「あんた、どっかの会社の人だろ。会社の備品を勝手にボディガードにつけて、壊しでもしたら、責任問題じゃないのか」「く……」「分かったら、さっさと命令しろ」◆
2012-09-17 14:27:06◆「排除は中止だ! 中止しろ! これでいいんだろっ!?」「それだけじゃない、ちゃんと金も払ってくれ。《太平天国》は人外の地だ、そこのルールにはちゃんとしたがってもらうぜ」言いつつ、クイは拘束を解く。ドーベルマンは苦痛に顔を歪めつつ、立ち上がった。◆
2012-09-17 14:30:00◆男が苦々しげに唾を吐き、戻ってきたドーベルマンに片手を上げる。「このやくたた……」「……っ!」『よせクイっ!』空気が弾け、麦わら色の影が一瞬で男の懐に入る。そして――。「はぐううっ!」緩んだ男の腹に、突き刺さる拳。「しつけのなってない飼い主だな、ええ!?」◆
2012-09-17 15:12:10◆『敵対行動と判断。迎撃開始』『ちょ、ちょっと待てって!』冷徹に職務を遂行しようとするドーベルマンの前に、ヒョウが立つ。『バカ、何やってんだ!』「おい、犬さんよ。これ以上荒事をすれば、こいつの勤務査定に響くぞ」「お……ごぉ……」みぞおちに喰らった男が、酸い液体を漏らす。◆
2012-09-17 15:16:37◆「おっさんも、自分のおいたを部下の責任にしてる暇が合ったら、とっとと金目のものを換金してこい」軽く腕を振るい、男を地面に転がす。犬はそれを抱えて、歩き出した。 『クイ……』「お説教は後で聞くよ。逃げられないように付いていってくれ、マーク」ヒョウは顔をしかめ、その通りにした。◆
2012-09-17 15:55:06◆『終わった?』辺りをうかがうように、ドアから顔を出したのは、人そっくりの顔。ただし、その頭の上には、尖ったネコの耳が付いている。「片付いたよ、全部な」『ほんとー? また余計なことしたんじゃないの? マークもいないし』口元をむき出しにして笑みを作ると、クイは肩をすくめた。◆
2012-09-17 15:59:24◆「お客さんは換金中で、あいつはその見張り。俺はここで店番だ」「まったく……」彼女の顔は一瞬曇り、ほっとため息をついた。「んじゃ、ドアマンがんばってね」「おう」顔が引っ込み、クイはそっと店の壁に背をもたせかける。街の喧騒は、相変わらずのうねりを取り戻していた。◆
2012-09-17 16:29:04