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子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
中国で「愛国無罪」をいうことで反日デモは正当性をえ、厳しい取り締まりを免れるという。中国で〈反日〉が〈環境問題〉とともに、市民が集団的に声をあげることのできる政治的イッシュであるという事情については別に考えたい。いまは「愛国無罪」というナショナリズムの論理について考える。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
「愛国無罪」とは、中国のように集団的に叫ばれることがなくとも、日本の、あるいは韓国のナショナリストももつ感情の論理である。この「愛国無罪」という標語の恐ろしさは、その反対側に「反愛国=有罪」をもっていることにある。「愛国無罪」の愛国主義に反対することを有罪にしてしまう所にある。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
はるか海洋の島をめぐって「この島はオレのものだ」ということは、どちらがいおうと帝国的な領有の主張である。愛国主義はこのオレの立場を絶対化するだけである。この愛国主義は日本を、中国を危うくし、アジアを危うくする。愛国主義は無罪であるどころか、有罪ではないか。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
中国の反日デモを見続けている。昨日は100都市でデモが行われたという。デモの暴徒化を抑え込みながら、毛沢東の肖像を掲げる集団をも含んで、反日デモは中国政府の意思表示として行われた。民衆の愛国主義を誘発しながらも、その暴発を極力抑えてなされた中国の国家的意思表示であろう。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
これは沈静化をまつ一時的な事態ではない。尖閣問題とは、東アジアの歴史的転換をわれわれに実地教育的に突きつけている問題であるようだ。小泉の靖国参拝は中国の反日運動に火を点けたが、尖閣の国有化が中国に与えた衝撃は質も程度も違う。それは中国の中華主義的国家の存立に衝撃を与えたのだ。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
中華主義的国家とは歴史的には〈中華帝国〉である。私は現代中国はチベットやウィグルなどの民族問題や領土問題をめぐって中華主義的国家(中華帝国)としてのあり方を色濃くしていると思っている。尖閣問題は、たしかにわれわれにとっての実地教育である。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
尖閣問題が日中国交正常化40周年に生起したことは歴史の皮肉だ。尖閣問題は、日本の〈政・官・財〉がひたすら努めてきた〈日中友好〉の名の国家間関係の偽瞞と脆さを暴き出してしまったではないか。だが中国の人々との本当の隣人関係はむしろここから、この壊れた関係から作られると私は信じたい。
境界線上における生存戦略 @ESCHATOLOGIA
@Nobukuni_Koyasu 中華帝国に対抗する、或いはそれを内部から分解しようとする思想的な流れについて関心を持つ人は居るんでしょうか?
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
@ESCHATOLOGIA 大事なおたずねです。内部から解体するものは、やはり民主化運動だと思います。いま中国のさまざまな社会的局面で抑えることができない形で広がっている公民であることの自覚と主張と運動は、中国社会を多層化し、多元化し、それを内部から開いていく力だと思います。
子安宣邦 @Nobukuni_Koyasu
(承前)この中国の公民的要求をもった運動に連帯し、支援し、共闘することが、東アジアのわれわれの平和をもたらすことだと私は思います。これが本当の市民的友好であって、そしてこれが領土をめぐる帝国的確執を破り、こえるものだと思うのです。
境界線上における生存戦略 @ESCHATOLOGIA
@Nobukuni_Koyasu コメントありがとうございます。しかし民主化運動とはいえ、今日においてあまりにも曖昧すぎる表現か思えます。例えば、中華帝国関連のイデオロギー及びその実践に対抗する様々な思想・主張について、先生は特にどの辺りにご着目されていらっしゃいますでしょうか?

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