ファスト・アズ・ライトニング、コールド・アズ・ウインター #6
「そりゃそうさ、センセイってのはそう簡単に弟子に負けないからセンセイなん……」「クチゴタエスルナー!」「アッハイ!」アキモトの燃えるような目はもはや客に対する店主のそれではなく、厳しい師父のそれである!「いいか!繰り返すぞ。握りの極意とは、稲妻の如く速く!冬のように冷たく!」25
2012-09-25 21:08:29「稲妻の如く速く!冬のように冷たく!」エーリアスは復唱した。アキモトは頷いた。「スシとは速さ!冷たさだ!指が触れればぬるくなる。だから速く握る!お前はもう十分素早い握りを身につけた。だが更にこの時間猶予を使えば、ワシが高齢ゆえに既に捨てたワザをマスターできるやもしれん!」26
2012-09-25 21:16:43「いいぜ!何でも来い!」「このワザは使い手の手首の腱を著しく酷使する。もう無理だと思っとった……奇妙だな、コトダマ空間ってのは!」アキモトは包丁に指を沿わせ、深く構えた。「これは、マグロを切ると同時に握るワザよ!その名を……ガンフィッシュ!」「ガンフィッシュ」「イヤーッ!」 27
2012-09-25 21:39:16ナムサン!なんたる左右同時不可解ムーヴメントか!左手の包丁がマグロを切り裂くと、その切断エネルギーの余剰によってネタは横へ跳ね飛ばされる。すると空中の軌道上には適切な分量のコメがあらかじめ浮かんで待ち構えている!これは右手が米ビツから跳ね飛ばしたコメ弾丸なのだ!「イヤーッ!」28
2012-09-25 21:47:34次々に空中で合体したネタとコメがまるで落下する事を忘れたかのように滞空!これは左右からの運動エネルギーの衝突が拮抗、完全なトモエ的調和を産み出し、無重力めいて浮遊させているのだ!十数個の滞空スシをアキモトが撫でると、まな板上には完全に握られたスシが並んでいた。ゴウランガ! 29
2012-09-25 21:54:30アキモトはハシを取り、「そしてオーガニック・ワサビを上に乗せる」適切量のワサビを乗せていった。「……すっげえ」エーリアスは目を丸くした。「お前がやるんだ!我ながら驚いとる。全盛期でもここまでの数は握れんかった。これがコトダマ空間か」「だけど……」「お前はニンジャだ。やれる!」30
2012-09-25 22:06:04……ドオン!タイコが力一杯打ち鳴らされ、タマゴ・スシの審査開始を告げる。エーリアス達はメディテーションを終え、立ち上がった。エーリアスはふらつき、転びかかる。アキモトが腕を摑んで支える「大丈夫か」「ああ。ちと集中がキツかっただけ」エーリアスは鼻血と血涙を押さえた。「顔を洗う」31
2012-09-25 22:15:45「スゴイ!ふんわりとしながら決してコメに染み込んで汚す事がないくらいの強度を保った絶妙のタマゴ!」スシ作家のカスマがタマゴ・スシを咀嚼し、驚愕めいて言った。「ノリもオイシイ!」とファンダ。「棄権されて嫌な思いをしたが、素晴らしいタマゴが食べられた!良かったです」 32
2012-09-25 22:25:36「マーケティング的にもタマゴは大事です。サカナがダメな人でも食べられる」タケチが言った。「とにかくウェルシー・トロスシはビジネスをわかっているから、大人気になるのもわかる。さすがのチェーンです。皆さんわかりますか?」「ワオオーッ!」ALAS!完全なる恣意的レビュー! 33
2012-09-25 22:31:04「ヌルいスシですか」ユノモが低く言った。審査員達が息を呑んだ。「何言ってるんですか?美味なら良いんですよ」ファンダが不服げに言った。ファンダはメイヴェンをチラチラと見ている。もっと賄賂が欲しいのだ。「味がすべて!ヌルくても、」「ですから、その味が衰えると言っている」「……」 34
2012-09-25 22:39:47「あなたね!マーケティング的にこうしたパフォーマンスは客を興奮させて……」タケチが述べるが、ユノモの隻眼がギラリと睨むと、尻すぼみに言葉が消えた。ユノモは厳しく指摘した。「パフォーマンス重点もいいですが、これではコメとの調和を欠く。他のスシとのバランスも取れない」35
2012-09-25 22:47:34「面白い意見だ!」凍りついた空気を拍手が割った。メイヴェンだ!「大変参考になります」その眼光がユノモを射抜く。並の市民であれば失禁もあり得るプレッシャーだ。だがユノモは動じなかった。彼がスシシェフとして潜り抜けてきた修羅場経験が、ニンジャの殺気を跳ね返したのだ。 36
2012-09-25 22:53:21「皆さん美味しかったですね?」間髪いれず、司会者が観客審査員達に問いかけた。「どうですか!」「ワ、ワオオーッ」歓声が答えた。司会者は満足げに頷き、メイヴェンをちらりと見た。「素晴らしいタマゴでした!一方ワザ・スシはタマゴを作りません。自動的にウェルシー社のポイントになります」37
2012-09-25 22:59:35ビガー!電子音が鳴り、ウェルシー・トロスシ側のポイントショドーがめくられた。「次はお待ちかね!マグロですよ!」「ワオオーッ!」観衆が応えた。「さて。どう足掻くつもりか」メイヴェンは再びアキモトに近づいた。「勝算があるなら言ってみるといい」「……」「ケチなマグロカスを握るか?」38
2012-09-25 23:07:39「なんとウェルシー社はこの日のために惜しげもなくオーガニック・トロマグロを潤沢に準備しているとの事!」司会者が叫んだ。「ワオオーッ!」「三戦目をやるまでもない。これで我々の勝ちだ」メイヴェンは言った。「ニンジャスレイヤー=サンはどこだ?尻尾を巻いて逃げたか。セプクを恐れたか」39
2012-09-25 23:13:21「黙れ」エーリアスが怒りに震える声で割り込んだ。「黙れよ」「ハ!図星か」メイヴェンがせせら笑う「ネオサイタマの死神!フン!所詮テロ行為しか能の無いアサシン紛いの男に過ぎなかったな。政治力、経済力のパワーを前にすれば、ヘコヘコと遁走だ。その程度のクズならば生き延びても問題無し」40
2012-09-25 23:19:20「逃げてねえッつってんだ」エーリアスは睨みつけた。眼力で殺さんばかりの形相だ。コワイ!だがメイヴェンは当然ひるまない。「ならばそういうことにしておこう。どのみち、今さらニンジャ一匹増えたところで……」メイヴェンは眉をしかめた。観衆がざわついている。 41
2012-09-25 23:24:56「おい、あれ……何?」「何あれ?」「マグロツェッペリン?」「それよりは小さくない?」「近づいて来てない?」ィィィィ……メイヴェンは空を睨んだ。鳴り響くこの音……ィィィィ……ゴウ!急速接近!戦闘機!?違う!車だ!ウイングを生やした車なのだ!「バカな!?」 42
2012-09-25 23:29:49観衆の頭上の空を、ジェット噴射する武装霊柩車が通過!「アイエエエ?」「アイエエエ!」「車ナンデ!?」「ナンデ!?飛ぶナンデ!?」「アバーッ!」観衆が霊柩車の下腹を見上げ、口々に悲鳴を上げる!爆撃?否!通過と共にそこから何かが飛び離れた。爆弾ではない。もっと恐ろしい存在だ!43
2012-09-25 23:34:54武装霊柩車は轟音と共に反対側の空へ飛び去る。クルクルと回転しながら、その者は……武装霊柩車から飛び降りたその者は、メイヴェンのすぐ目の前に、ひらりと着地した。 44
2012-09-25 23:40:40人々は赤黒の恐るべき影を見た。彼らは悲鳴を上げかけた。しかし炎のような閃きと共に影は失せ、そこにはトレンチコートを着た男が立っていた。男は警戒色の大きなボックスを片手で肩に担いでいる。「遅くなった」男はアキモトとエーリアスを一瞥。そののち、メイヴェンの凝視を受け止めた。45
2012-09-25 23:48:18「今更何をしに来た」メイヴェンが言った。「貴様の居場所などない!」「……それは私が決めよう」男は言い、ボックスを地面に投げ落とした。ズウン!質量!アスファルトに亀裂!「おい!それ、まさか……」エーリアスが駆け寄った。「まさかではない」男は振り返らず言った。「当然、マグロだ」 46
2012-09-25 23:52:48エーリアスが注意深くハッチを開けた。バシューッ!噴き出す圧縮空気!「マジだ」エーリアスは笑い出した。「ははははは!馬鹿野郎!馬鹿野郎!マジだ、マグロだ!」「いい具合だ……」アキモトが覗き込み、言った。「いい解凍具合だ……信じられねえ……とんでもねえマグロだ……」 47
2012-09-26 00:05:54「こんな、馬鹿な!」メイヴェンが思わず叫んだ。「あり得ない」「……」男はアキモトの腕を、エーリアスの出で立ちを見た。彼は察した。「オヌシがやるのか」「ああ。やる」エーリアスは真っ直ぐに見返した。 48
2012-09-26 00:12:57エーリアスの目には決意と確信がある。単なる悲壮なヤバレカバレではない重みが。勝利への意志が!男は頷き、メイヴェンに向き直る。「くだらぬ小細工は存分に楽しんだか?どうやら遊びの時間は終わったぞ」「貴様ァーッ……」「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」49
2012-09-26 00:30:20