山本七平botまとめ/【われらの内なる横井さん①】/「戦前そのもの」とは別の、戦後に再構成された”戦後神話”という「嘘」に、なぜ戦争体験者は迎合するのか?

山本七平著『ある異常体験者の偏見』/横井さんと戦後神話/245頁以降より抜粋引用。
4
山本七平bot @yamamoto7hei

1】グアム島でまた日本兵が現われたらしいという記事か新聞に出ていた。こういうニュースは何となく気になる。何気なく読んでいると「兵隊はみな天皇の声を知っているから、天皇の声を録音して放送したら出てくるであろう」という意味の横井さんの談話が出ていた。<『ある異常体験者の偏見』

2012-09-29 18:28:00
山本七平bot @yamamoto7hei

2】一瞬「オヤ」と思い、同時に「これは戦前の人間の生き方そのものだなあ」とも思い、また「戦後も同じなのかな」とも思った。いうまでもなくこの横井さんの談話は一種の「嘘」である。兵隊は天皇の声など知らない。

2012-09-29 18:57:47
山本七平bot @yamamoto7hei

3】戦後すでに三十年近くをすぎているから、「戦前そのもの」とは別の、戦後にそれを再構成した一種の「戦後神話」ともいうべきものが出来てしまっており、その「戦後神話」では「天皇の軍隊の兵隊は天皇の声を知っている」という言葉もしくは発想それ自体は必ずしも不自然ではないのかも知れぬ。

2012-09-29 19:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

4】「戦後神話」しか知らず、「戦前」とは「戦後神話」だと思っている世代、「マック制」を「天皇制」だと思っている世代が、こういうことを言っても不思議ではないし、(続

2012-09-29 19:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

5】続>また戦前を体験している人々もいつしか「戦後神話」がしのびこんできており、この二つを自らの内に峻別することに、私自身が非常に神経質にならざるを得ないのが実情だから、戦後の日本に住みつづけた戦前の人が、そういうことを言っても、これまた必ずしも「嘘」とはいえない。

2012-09-29 20:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

6】が、しかし横井さんはそうではなく、それが「戦後に創作された神話」にすぎないことを、最も正確に知っている筈の人なのである。ちょっと考えると、そういう人はこの「神話」を否定しそうに思うが、面白いことにそうならず、そういう人が真っ先に、その神話を事実だと証言するのである。

2012-09-29 20:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

7】私が「戦前の人間の生き方そのもの」といったのは、この点である。私はここで少し興味をおぼえて、横井さんが出て来て以来の、その談話乃至は談話として掲載された言動を、出来る限り詳細にたどってみた。そして一種の驚くべきことを、また見方によっては当然のことを発見した。

2012-09-29 21:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

8】この「戦後」も「戦後神話」も知らない筈の人が一種の「見えざる触角」の様なものを出して、あらゆる方法でこの「神話」を察知し、その神話が横井さんとの接触で醸し出す雰囲気を一種の「皮膚感覚」の様なもので捕えて、まるで「熱いものに触れたらサッと手をひくように」すばやくこれに反応し(続

2012-09-29 21:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

9】続>それをもとにして、この神話との間に絶対に摩擦を生じないように、実に的確な、岸元首相も顔負けの、文字通り「ソツのない」応答をくりかえし、全くボロを出していない、という事実である。

2012-09-29 22:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

10】これは、一種の「環境適応」の天才といえるであろうし、…またこれが「すべての日本人」なるものの典型的な行き方かも知れないとも思い、同時に、それなるが故に全日本人が横井さん以上に巧みに戦後の大激動をくぐり抜けて今日の繁栄(?)に到着したのだとも思えた。

2012-09-29 22:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

11】だが同時に「事実」を知っているはずのその人が、真先に神話を事実といえば、それは、一人間を「現人神」にするのも、「南京大虐殺」を事実にしてしまうのも、実に簡単なことであろう、そしてこれが日本を破滅させたのであろうとも思った。

2012-09-29 23:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

12】何しろ、それが事実でないことを確実に知っているその人が、真先に「事実だ」と証言するのだから、どうにもならない。

2012-09-29 23:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

13】私は本多勝一氏にも横井さんと同じ面を感ずる。確かに「戦後神話」しか知らず、近代戦の実態を知らない人は『百人斬り競争』を事実だと本気で信ずるかもしれない。しかし氏は長年ヴェトナムの前戦で取材され、氏自らの言葉によればヴェトコンと「生死をともにした」はずなのである。

2012-09-30 00:27:55
山本七平bot @yamamoto7hei

14】もし氏の言葉が嘘でないなら、戦後人には珍しく近代戦に参加し、その実態を本当に体験している筈で、それならば「『百人斬り競争』などは事実ではない」と断言する筈なのである。ところがこの場合も、事実でないことを知っている筈のその人が、まず真っ先に「事実だ」と証言するのである。

2012-09-30 00:57:43
山本七平bot @yamamoto7hei

15】これもまた全くどうにもならない。なぜそうなるのであろうか。結局これはその時代の「神話」への「忠誠」を表明して身の安全を図り、一億村の「村八分」いわば「億八分」にならない為、それが神話であって事実でない事を知っており、そう言明しそうだと当然に推定される位置にある者が、(続

2012-09-30 01:28:00
山本七平bot @yamamoto7hei

16】続>その「嫌疑」を払いのけるため、逆に自ら進んでその神話を事実だと証言する、ということなのかも知れない。兵隊が「天皇の声」など聞いたことがないことは、だれよりも正確に横井さん自身が知っている。

2012-09-30 01:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

17】私自身は、最初に入隊したのが近衛師団で、昭和十八年一月八日の陸軍始観兵式に出場した一人だから、戦前に「天皇を見た」ことがあるかといわれれば、確かに「見た」。しかしその声を間いたことはない。近衛の兵隊ですら、声は聞いたことがないのである。

2012-09-30 02:27:51
山本七平bot @yamamoto7hei

18】従ってこの時点では「兵隊はみんな天皇の声を知っている」などという人間はいない。いわば虚言症の患者である。ところがそれからわずか三十年足らずで、この言葉が新聞に出てもだれも違和感すら感じなくなってしまった。

2012-09-30 02:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

19】取材した記者は戦後の人であろうから、その人の頭の中にはもう確固たる「戦後神話」がある。横井さんはそれにスッと自分を適合させてしまったわけであろう。とすると横井さんが語っているのは、記者の頭の中にある「神話」の代弁であっても「事実」ではない。

2012-09-30 03:27:59
山本七平bot @yamamoto7hei

20】同時にこのことは、この「神話」がすでにすべての人にしみ通ってしまっていることを証明している。何百万という新聞の読者も、もちろんこれに少しも違和感を感じまい。

2012-09-30 03:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

21】従って今ここで事実を言うと逆に人びとが「事実」の方に違和感を感じ、それに対して一種の拒否反応を起し、そしてその違和感を感じさせたものを排除してしまおうとする。だがそうなるとその者は「億八分」になりかねない。

2012-09-30 04:27:58
山本七平bot @yamamoto7hei

22】そこで「事実を知っているらしい」という「嫌疑」をうけたものが真先に「神話」を「事実」だということになるわけである。そしてこの傾向は、激烈な生存競争で足のひっぱり合いをしている社会の一員とか、疎外され差別され蔑視されるという境遇の者ほど、逆に、強く出てくる。

2012-09-30 04:57:42
山本七平bot @yamamoto7hei

23】これは非常に悲しむべき事だが、私にとっては否定できない事実である。…私は内村鑑三の弟子を両親としていたので、真先に「神話」を「事実」だと証言して「嫌疑」から逃れたいという誘惑が、どれ程強烈でこの誘惑への抵抗がどれ程苦しい戦いかよく知っている。何しろ「一言ですむ」のだから。

2012-09-30 05:27:55
山本七平bot @yamamoto7hei

24】そしてその一言さえ口にすれば、生存競争で脱落しないですむ場合があるのだから。従って私は横井さんに、同情こそすれ、非難などする気は毛頭ない。さらに、こういう態度は、本多勝一氏の例を示すように、横井さんだけに特有のものでもない。

2012-09-30 05:57:40