山本七平botまとめ/【われらの内なる横井さん②】/神話を事実と信じ込ます「ヒトラーの原則」をどうやって見破るか?/~神話には無い、「生物としての人間」が抱く”生理的感覚”とは~

山本七平著『ある異常体験者の偏見』/横井さんと戦後神話/249頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

1】各人の中に「横井さん」がおり、もちろん私の中にも「横井さん」がいる。従って、今ここで問題にしようと思うのは「横井さんその人」ではなく「われらのうちなる横井さん」である。<『ある異常体験者の偏見』

2012-09-30 06:27:50
山本七平bot @yamamoto7hei

2】この問題には二つのケースがあると思う。一つは神話への意識的迎合であり、この方は自らの意思で避けることができる。もう一つが無意識的迎合ともいうべきもので、神話がいつしかしのび込んで来て、自分自身の体験ですら、知らず知らずのうちに、神話と適合するように変形させてしまう場合である。

2012-09-30 06:57:49
山本七平bot @yamamoto7hei

3】これをどうやって排除するか、その方法は、いわゆる「ルポ」とか「体験」とかいうものが、事実の記述なのか創作なのかを見破る一つの方法にもなりうると思うので、少しくわしく記しておこう。

2012-09-30 07:27:55
山本七平bot @yamamoto7hei

4】「文芸春秋」六月号に『紅衛兵の「裏切られた革命」』がある。これを読んでまず感じたことは、これが果して「事実の体験記」なのか、それとも中国を誹謗するための創作なのか、

2012-09-30 07:57:40
山本七平bot @yamamoto7hei

5】あるいは、自由世界に逃れてきた彼が、その世界に適応するため「彼のうちなる横井さん」が、中国誹謗神話をサッと察知して、意識的に、あるいは知らず知らずのうちに自らの体験としてその神話を語っているのか、という問題である。

2012-09-30 08:28:09
山本七平bot @yamamoto7hei

6】これはまた本多記者の『殺人ゲーム』浅海特派員の『百人斬り競争』が迎合的創作か事実か、また創作としてもどの部分が「事実」でどの部分が「創作」なのか、という問題でもある。

2012-09-30 08:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

7】こういう場合、実名・地名・日時・距離・人数・全体的描写・本人の談話・目撃者の証言等々といったものは、一切、判定の基準にはならない。逆であって、そういう点を故意に正確にして記してあるのは、神話を事実と信じこます方法としてヒトラーが愛用した方法なのである。

2012-09-30 09:28:03
山本七平bot @yamamoto7hei

8】この点『百人斬り競争』も『殺人ゲーム』もヒトラーの原則に文字通り忠実なのだが、余りに忠実すぎて、――ここに「虚報」のどうしても処理できない問題が、逆にはっきりと出て来ているのである。

2012-09-30 09:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

9】それはその人間がそこにいたら否応なしに感ずる筈の「生理的感覚」とでも言うべきものの欠如である。私が『百人斬り競争』の内12月11日の「向井少尉の談話」は殆ど事実であろうと判定した理由の一つはこの「生理的感覚」である。そしてここだけが事実である事は鈴木特派員の証言が裏付けている

2012-09-30 10:28:04
山本七平bot @yamamoto7hei

10】…人の記憶とは非常にあやふやなものである。特に幼時の記憶などは、本当に体験したのか、後で両親などから、あの時お前はああしたと何回も言われ続けた為、それがまるで自分の体験のように感じられてしまっているのか、これはなかなか判断がつかない。

2012-09-30 10:57:46
山本七平bot @yamamoto7hei

11】だがこれは幼時だけの問題でなく記憶には全てこの問題が付き纏うのである。史料は普通これを一次資料・二次資料に分ける。そこで私は自分の記憶を二つにわけ、生理的感覚が明確に残っているものを一次記憶、それがあやふやなものを二次記憶として、二次の方には「傍証」以上の信頼はおかない…。

2012-09-30 11:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

12】というのは人間は抽象的な存在でなく動物である。動物である以上、ある体験をしたなら、その時の「感覚」が何一つ残っていないことは、ありえない。

2012-09-30 11:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

13】そしてその「感覚」は、本当にそこにいた人もしくはそれをした人しか感じないのであって、「他人の感覚を感覚する」ことはできないから、これだけは何としてもごまかせないのである。

2012-09-30 12:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

14】『紅衛兵の「裏切られた革命」』は、「記憶」をもとにしている。記憶にはもちろん誤りがあり、いかに努力してもこれは避けられない。それは私も同じである。

2012-09-30 12:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

15】もちろん問題はその点でなく「体験の記憶」を語っているのか、あるいは横井さん流に「中国人はみな毛主席の声を知っているから……」といったようなこと、あるいはこの逆のようなことを言っているのか、どちらかという問題である。

2012-09-30 13:28:07
山本七平bot @yamamoto7hei

16】本当に「声を聞いた」のなら、その声が天皇であれ毛主席であれ、それを聞いた場所・時点・状況・寒暖・音質・内容・そのときの自分の状態といったさまざまなものが感覚に残っていなければおかしい。

2012-09-30 13:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

17】といったことを念頭におきつつこの記録を読んでいくうちに、ある場所で私は思わず笑い出し、「こういう点では、どの人間も結局同じだし、同じはずだな――ハハア、この記録は本物だ」と思わずつぶやいたのであった。

2012-09-30 14:28:02
山本七平bot @yamamoto7hei

18】…それは実は排泄のことである。何十万か何百万(?)かの紅衛兵が毛主席の閲兵をうける。こういう場合、大日本帝国陸軍の近衛兵であろうと中国の紅衛兵であろうと、閲兵するのが天皇であろうと毛主席であろうと、本当にそこに参列した「体験者」ならすぐ頭に浮ぶのが「排泄問題」である。

2012-09-30 14:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

19】人間である以上、これだけは、たとえ「神の如き指導者」とて、停止を命ずることはできないからである。と同時にこれは、そこに参列しなかった人間には、印象にも記憶にも残らないことなのである。

2012-09-30 15:28:01
山本七平bot @yamamoto7hei

20】戦争中の観兵式の記事や文化大革命の記事をどれほど集めようと「参列者にとっての最大問題・最大関心事は自らの排泄の問題であった」とは書かれていまい。みな「歩武堂々」だとか「目を輝かしていた」とか「空は青かった」とか、上の空のことしか書いていない。

2012-09-30 15:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

21】だがそこに実在している人間はそれどころではない。これはいわばやや極端な一例だが、ほかの点でも結局は同じで、見た者は見たという「感覚」をもっているから、この紅衛兵も、毛沢東・林彪の印象を目にうつったまま書いている。

2012-09-30 16:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

22】彼はこの時点では毛主席を尊崇しているのだから、その書き方が不思議なように見えるかも知れないが、これがむしろ普通で、伝説化された人物を本当に見ると、逆に、見たときの印象すなわち「見た」感覚だけが、かえって鮮明になってくるのである。

2012-09-30 16:57:45
山本七平bot @yamamoto7hei

23】そしてそのことを本当に知っているのは、本当に「見た」人間だけである。この紅衛兵は確かに本当にその位置にいて「毛沢東を見ている」のであって、新聞・雑誌等の写真や論説を基にして、それを再構成して、自己の体験の如くに語っているのではない。

2012-09-30 17:28:05
山本七平bot @yamamoto7hei

24】なぜそう断言できるか、なぜそれが私にとって思わず笑い出すほど面白かったか。それは、私が、彼と同じようなことを言ったからである。この紅衛兵の記録の一面と、観兵式の後で私が家族に語ったことの一面とには、奇妙なほどの共通点がある。

2012-09-30 17:57:44
山本七平bot @yamamoto7hei

25】もっともこれは今ではわが家の「伝説」になってしまって、私自身少々抵抗をおぼえ「確かに、そういうことも言ったが、もうちょっとマシな常識的なことも言ったはずだ」と主張しているのだが――、

2012-09-30 18:28:01