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戦う司書って どうなの? パート2 古典映画を語る

戦う司書ってどうなの?の続きですが、内容は、古典映画の見方です!この機会に、古典を『観る』という事をやってみましょう!
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五代雄介 @Eric_Ridel
逆に、失敗例は?@CHIHYA_P RT ストライクウィっチーズw @Trunicht 実際にそれをやって成功した、風刺やコメディの例は?
CHIHYA @CHIHYA_P
ん~、文化のサイクルってのは表現技術やメディアとの「相対的成長」を伴いながら洗練されていくものですが、どこかが勝ち過ぎると逆にボトルネックになることもあるんじゃないかな。とは思う。 @Trunicht ところで、この記事見ました?http://bit.ly/9aPUWC
CHIHYA @CHIHYA_P
これについては「ナイショ」ということにしておきましょう。作家が自分で気づくべきです。 @Trunicht 逆に、失敗例は?
五代雄介 @Eric_Ridel
それに気づけない作家が、『自分の個性だ』と思いこみ、どんどん落ちぶれていく。@CHIHYA_P RT これについては「ナイショ」ということにしておきましょう。作家が自分で気づくべきです。 @Trunicht 逆に、失敗例は?
五代雄介 @Eric_Ridel
どっちにしても、『職業としての』という枕がついてしまえば、劇的に意味は変わりますからね…。一部の常連の声に屈してしまうと・・・。@CHIHYA_P RT 文化のサイクル  @Trunicht ところで、この記事見ました?http://bit.ly/9aPUWC
CHIHYA @CHIHYA_P
ヤマカンさんもインタビューで言っているように、ネット(評価)に踊らされて、「もっとすごいものを作らないといけない」と~現場が疲弊するのでは本末転倒な訳で、映像表現の基礎教育ってのは大事にすべきだとは思います。 @Trunicht それに気づけない作家が、『自分の個性だ』と思いこ~
五代雄介 @Eric_Ridel
RT @CHIHYA_P: ヤマカンさんもインタビューで言っているように、ネット(評価)に踊らされて、「もっとすごいものを作らないといけない」と~現場が疲弊するのでは本末転倒な訳で、映像表現の基礎教育ってのは大事にすべきだとは思います。 @Trunicht それに気づけない作家が、『自分の個性だ』と思いこ~
五代雄介 @Eric_Ridel
それ故、今でも、戦艦パチョームキンなどの古典をじっくり見ることには意義があるという事。@CHIHYA_P RT ネット(評価)に踊らされて、「もっとすごいものを作らないといけない」と~現場が疲弊するのでは本末転倒な訳で、映像表現の基礎教育ってのは大事にすべき
CHIHYA @CHIHYA_P
ファンは作品に触れて成長する訳ですから、露出が増えれば当然、おいていかれる作品も出るし、ファン層が作家の表現に追いついた為に再評価される作品も出るとは思います。 @Trunicht どっちにしても、『職業としての』という枕がついてしまえば、劇的に意味は変わりますからね~
五代雄介 @Eric_Ridel
再評価された作品、商品の例と言えば?@CHIHYA_P RT ファンは作品に触れて成長する訳ですから、露出が増えれば当然、おいていかれる作品も出るし、ファン層が作家の表現に追いついた為に再評価される作品も出る
五代雄介 @Eric_Ridel
折角ですから、当面は、古典映画トークですね!@CHIHYA_P RT 「大砲の街」なんてものでもいいんですけどね^^ @Trunicht それ故、今でも、戦艦パチョームキンなどの古典をじっくり見ることには意義があるという事。
五代雄介 @Eric_Ridel
古典映画に関するトークに移りました。 http://togetter.com/li/37282
CHIHYA @CHIHYA_P
「電脳コイル」w まだまだメディアの側に思い切りが足りません(というかむしろ評価されたくない様な隠蔽ぶりとも思える露出の低さ)が、結局映像の教科書に載るような作品ってのは長く版権を持ち続ける人の「苦痛」を伴うんでしょうね。 @Trunicht 再評価された作品、商品の例と言えば?
CHIHYA @CHIHYA_P
サイレントからですか?w @Trunicht 折角ですから、当面は、古典映画トークですね!
CHIHYA @CHIHYA_P
追記すると興行的評価は常に初期動員に掛かるウエイトが大きいもの、つまり露出を押さえ評判を高めると言う週刊誌的手法が効果的ですが、作品の一側面を常に露出する状況を維持することで評価に晒して共感者を増やす文庫本的売り方もある。 @Trunicht ~も参考になります。
CHIHYA @CHIHYA_P
しかし、映像の読方に対するアプローチは、すでに結構語ってますねw @Trunicht 古典映画に関するトークに移りました。 http://togetter.com/li/37282
五代雄介 @Eric_Ridel
もちろん、リュミエール兄弟のころの話から。@CHIHYA_P RT サイレントからですか?w @Trunicht 折角ですから、当面は、古典映画トークですね!
五代雄介 @Eric_Ridel
RT @FukushimaKokugo: 型を持つということは、選択肢を持つということである。「型」と「型破り」の2つの選択肢を持つということである。
CHIHYA @CHIHYA_P
と言うことは演劇や見世物の延長線上にあった活動写真からか~ @Trunicht もちろん、リュミエール兄弟のころの話から。
トゥギャッター公式 @togetter_jp
.@Trunicht さんの「戦う司書って、どうなの?」が1000PV達成してる。別に気にならないけどねっ。うそ。 http://togetter.com/li/37282
五代雄介 @Eric_Ridel
そういうこと。@CHIHYA_P RT と言うことは演劇や見世物の延長線上にあった活動写真からか~ @Trunicht もちろん、リュミエール兄弟のころの話から。
CHIHYA @CHIHYA_P
ではまず、演劇における役者の表現要素として重要なものはどんなものがあげられると思いますか? @Trunicht そういうこと。
五代雄介 @Eric_Ridel
たとえば、役者の『声』とか、身振り、動作とか、あと・・・ううん・・・何もしないというのも案外重要かも・・・。ただ、よくわかりません@CHIHYA_P RT ではまず、演劇における役者の表現要素として重要なものはどんなものがあげられると思いますか? @Trunicht
CHIHYA @CHIHYA_P
声量と身振りってのがまず重要になる。野外における古典演劇において声量は表現者の意思を観客に伝える為に非常に重要で、役者はまずここで淘汰される。 @Trunicht たとえば、役者の『声』とか、身振り、動作とか、あと・・・ううん・・・何もしないというのも案外重要かも・・・。
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コメント

五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映画の話をするとき、前提として、古典演劇の話から、まずスタートしています。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
演劇における物の見方を一通り解説し、映画の話に入ろうとしています。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映画草創期には、さまざまな笑い話があったんですか!
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
演劇を踏まえると、映画が『いかに自由』であったかが分かる。たといサイレントと言っても。もっとも、新しい枷が生まれたのも事実だ。なぜなら、サイレントには、『音声言語』がなかったからだ。それが、大げさな動きなど、さまざまな表現を開拓するきっかけになる。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映画の歴史をさかのぼっていきます。特に les troisieme arts の画期的なところは、『演者も、観客も、自由な視点を持てる』という事です。これが、重要なのですが・・・。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
古典映画論を語りつつ、作者と観客のバイアスの話、さらに、『映画を鍛える』観客たちの存在に話が及びます。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
ここで、 @mikogami22さんも、参戦してきました。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
日本で、もっと映画が『豊か』になるための条件ということで、@CHIHYA_Pさんが、提言する。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
いくら技術があっても、『面白くないと意味がない』という、忘れがちなところに、再び回帰しつつある、今の戦う司書談議です。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
此処でひと段落。ボールド処理し、論点を整理しました。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
引き継ぐべきものとしての『映画』って、何だろう。また、折角の商品、作品も、『露出の失敗』という致命的な失敗によって、海の藻屑と消えてもおかしくない。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
この指摘は極めて重要;『アメリカ映画を映像だけで見てたら評価を誤るよ。リアリティの持たせ方一つでも彼らは本当に「分かってる」』
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映像以外の観点から、映画を語るフェイズに突入。@CHIHYA_Pによれば、 『写実として描くファンタジーにおいて、視覚的な現実って言うのがまず共感を得るための重要な「言語」になる。個々に違和感を感じると、仮想の世界はまずコメディになる。』そうだ。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映画における『リアリズム』の表現について、ただいまトーク中。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映画における『リアリズム』論議、まだまだつづく。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
さらにコメント追加。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
リメイクネタがメインです。『リアリズム』の追求、『リアリティ』の見せ方という点から、このネタに移りました。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
リアリズムを表現するため、リアリティを表現するため、どんなことがなされているのだろうか?リメイクをネタに語る。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
映画の『整合性』は、避けて通ることができないところだ。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
リアリズムに関する議論、まだまだつづく。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
リアリティを、『カットの面』から、どう表現するか。この話題が出てきました。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
此処で話の際の前提を確認するという事で、アメリカの映画監督が、どんな立ち位置なのかをかるーくおさらいしました。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
アメリカの映画製作で、撮影開始後、一番時間をかけるのは、照明だそうです。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年7月28日
次の発言は参考になる。『手を抜かずに絵作りしようとすると、真逆には大掛かりなライトチェンジが必要になる。これで時間(=スタッフ全員の人件費)をかけていいってならそれはそれで止めないけど、Pは怒るかもw だからプランニングって重要になる。』 勝負は、脚本の地点で、かなり決まっているといってもいいのだろう。
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