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ポッドキャスト「東北文化放送#75 kanon問題を考える」を聴いた時のTL

参考: 東北文化放送 : 東北文化放送#75 kanon問題を考える http://www.voiceblog.jp/seasidecity/1128475.html ■[galge]「Kanon的問題」リンク集 2010-05-16 - 八月の残りの日 http://d.hatena.ne.jp/imaki/20100516#p1
エロゲ ポッドキャスト
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highcampus @highcampus
聴いてみようかしら / 東北文化放送 : 東北文化放送#75 kanon問題を考える http://htn.to/Tb2f2P
白潟@入渠中 @_imaki
聴いてる。語り口w QT @highcampus: 聴いてみようかしら / 東北文化放送 : 東北文化放送#75 kanon問題を考える http://htn.to/Tb2f2P
highcampus @highcampus
よしiTunesに突っ込んで聴こうか
highcampus @highcampus
11分くらいからやっと本題に
highcampus @highcampus
ギャルセカに接続するのかー
白潟@入渠中 @_imaki
「結局のところ、実のある話はできませんでした」て。その通りだけど。Kanonの概要の説明とか秀逸だったのでよしとするか。
highcampus @highcampus
http://htn.to/Tb2f2P 放送後記にあるように、あの問題は心の問題だと思う。外の人間からするとくだらないテキスト読解議論に見えるかもしれないけどね。その背景には作品に触れた者の戸惑いや感傷があって、だからこそあれだけ盛り上がったと理解している
highcampus @highcampus
少なくともDG-Lawさんとか端的にそう言っていたし。テキスト読解とは別に、ある説を主張することでその人は何を守ろうとしたのか、ということについて考えてみると有意義かもしれない
雪見バーガー @H926
ラジオ聞いた。KANON問題て何が問題かって、プレイヤーがそんな問題意識(やその元の選択に対する罪悪感)を感じるようなつくりになってることが、制作者(久弥直樹?)の意図する通りであるということで、何故そんな風にしたのか、てとこでしょ。
@crow_henmi
@H926 必ずしもそうとはいえないのでは。テクストは作者を離れて存在してしまうものですし。意図自体も考慮に価するとは思いますが。
白潟@入渠中 @_imaki
プレイヤーにそのテの選択にまつわる罪悪感?を明示的に突きつけてくるゲームは他にあるわけで。Phantomとか君望とかそのへん。しかしKanonにおいては明示的でない。がゆえに、その罪悪感を自前で組み上げる必要がある。材料は与えられているにせよ材料でしかない。
白潟@入渠中 @_imaki
で、人は他人が語る理路整然とした話より自分で作ってしまったデタラメ話を必ず信じる、がゆえに、その罪悪感から距離を置くことができないようになっている。プレイヤーに自分で考えさせる仕掛けであり、自分で考えてしまったことだから他人事にできない。
白潟@入渠中 @_imaki
というのがこの発言http://twitter.com/_imaki/status/13582363536の説明であるわけですが。
@_imaki
それがなぜKanonだったのか、といえば、「私たちは他人の語る理路整然とした話より、自分で作ったデタラメ話の方を信じる」(http://www.tatsuru.com/diary/yogiri/yg0111.html)からだとは思う。
白潟@入渠中 @_imaki
別の言い方をすると、主人公を経由せずにプレイヤーにダイレクトアタックを仕掛ける手法であり。そのへんAIR/CLANNADでも反復されてるというか。
highcampus @highcampus
マシュー・カソヴィッツ、北野武/"私たちは他人の語る理路整然とした話より、自分で作ったデタラメ話の方を信じる。 必ず信じる。だって、それこそ「私が聞きたかった話」だからである。" / 夜霧よ今夜もクロコダイル-2001年11月 http://htn.to/h2NEjE
highcampus @highcampus
一応まとめてみた。Togetterの方がやっぱり楽なのは楽だな ポッドキャスト「東北文化放送#75 kanon問題を考える」を聴いた時のTL - 響きやがて - はてなグループ::ついったー部 http://bit.ly/d3ML6T
雪見バーガー @H926
チュンソフトのサウンドノベルは選択肢からパラレルに話が進んでいく。人物や世界設定まで変えて。『ToHeart』や『とらハ』は選ばれなかったヒロインの想いを志保だの、さくらルートの唯子で示唆したけど、誰を選んでも表面上皆仲良く幸せにやっていく。PLに罪悪感は感じさせない方向だった。
雪見バーガー @H926
ハーレム肯定というか楽園というか、なんかそういうの。ヒロインを物語を選ぶということが凄く軽いものになりかけていた状況。そこに選択、女の子を取捨選択するということの罪悪感を持ってこようとしたのが『ホワイトアルバム』であり、『KANON』ではなかったか。
雪見バーガー @H926
@crow_henmi KANONというテクストは寧ろ久弥直樹自ら突き放した、離した感も。実際の意図はともかく、その後、完全に離れてしまってもいますが。
雪見バーガー @H926
そもそもKANONで示された、ああいった状況・構造から全員を救う方法だのどうのこうのを考えるのは創作者の仕事で、実際それは二次創作や、KANON後のKANONを意識したであろう一部作品群で為されてる。KANON問題なんて議論の結論は個々の創作者がとっくに出してると思うわけで。
雪見バーガー @H926
問題、疑問は寧ろ、何故流れに逆らって久弥直樹がそんな問題の土壌を投げ込んだのかということと、それに対するプレイヤー及び創作者、麻枝准の反応、その後のエロゲ史ではないかと。
雪見バーガー @H926
『ONE』で「永遠の世界」なるものに攻略失敗ルートを組み込み(みさき先輩、澪、茜のBADは彼女らとの出会いのシーンを「これが、永遠の始まり…」として終わる)、後の1000の夏の土壌なんかを作ったのも久弥直樹てことになると思うんだけど、『KANON』はそういったものの否定ではないか
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