〔AR〕その17

東方プロジェクト二次創作SSのtwitter連載分をまとめたログです。 リアルタイム連載後に随時追加されていきます。 著者:蝙蝠外套(batcloak) 前:その16(http://togetter.com/li/386728) 続きを読む
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BIONET @BIONET_

「……ただいま~」 「あら、おかえりなさい、こいし」 談話室でいつも通り紅茶を飲んでいたさとりは、ドアの開く音に振り返る。こいしが、カーペットに沈みこんでいくような足取りで入室して来ていた。

2012-10-12 21:30:10
BIONET @BIONET_

「命蓮寺のお手伝いはどうしたの?」 「今日の分は終わったよ。で、明日またもう一度行くつもり」 「わざわざ戻ってくるなんて……忘れ物でもしたの?」 地上と地霊殿の行き来は、二つの点で容易ではない。一つは物理的な距離。もう一つは地底が荒くれ者の巣窟であるということ。

2012-10-12 21:32:40
BIONET @BIONET_

こいしの場合、無意識の力で、地底の妖怪達は障害にならないが、空間跳躍のような芸当が使えるわけではないため、物理的な距離だけはいかんともしがたい。こいしが度々家を空けてしまうのは、つまるところ地上と地霊殿の行き来に時間がかかるからだ。

2012-10-12 21:34:52
BIONET @BIONET_

命蓮寺に入信して以降、命蓮寺で合宿する事が多くなったのも、その方が手間がかからず、野宿する必要がないからである。 「ううん、そういうわけじゃないけど……」 「別に、命蓮寺で用事がある時は、無理して帰ってこなくてもいいのよ。そりゃ、帰ってきてくれるのは嬉しいけどね」 「……」

2012-10-12 21:35:19
BIONET @BIONET_

さとりは違和感を覚えた。どうも、こいしは先程から浮かない顔をしている。さとりはこいしの心を読むことは出来ない。しかし、流石に今のこいしの様子が、普段とはどこか違うことはわかる。普段のこいしは、空を眺めるような目線でふわふわと笑ってばかりだからだ。

2012-10-12 21:37:20
BIONET @BIONET_

少し心配になってきたさとりは、ソファから立ち上がってこいしに歩み寄ろうとすると。 「……お姉ちゃんは、『Surplus R』って人、知ってる?」 「!」

2012-10-12 21:38:52
BIONET @BIONET_

一瞬だけ、さとりのスリッパ履きの足が、もつれるように止まった。しかし、体勢を崩すことはなく、すぐにさとりはこいしの真っ正面にまで移動する。 「――よくわからないわ。その人、どなた?」 「小説を書いているんだって。そして、バイオネットに投稿してるって。お姉ちゃんと同じ趣味みたい」

2012-10-12 21:40:52
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「へぇ、そうなの――でも、小説を書くなんて、それほど珍しい趣味ではないんじゃない? ま、私は投稿なんて恥ずかしくてできないけれど」 (ちょっとちょっとちょっと――今日のこいしは一体なんなの!?) いつもの落ち着き払った振る舞いの裏側で、さとりは冷や汗で凍り付きそうだった。

2012-10-12 21:42:49
BIONET @BIONET_

こいしがどういう意図で、どこまで考えがあって言っているかは、計りかねるところはあるが、彼女の言葉は、暗にさとりと『Surplus R』の関係を看破しているようなものだった。 「うーん、そうなの?」 「そうよ。私の小説なんて、そんな誰かに読ませられるものでもないし――」

2012-10-12 21:44:49
BIONET @BIONET_

「あ、じゃあさ、別のこと聞いていい?」 「何かしら?」 (いつもの心変わりかな……助かった) さとりは心の中で冷や汗をなんとか拭おうとした――が。 「アルフレッドのこと、地霊殿の住人以外に話したことある? 私はないんだけど」 (!!)

2012-10-12 21:47:25
BIONET @BIONET_

ポーカーフェイスを維持するのも臨界点に近づいてきた。心臓の鼓動が早鐘のようだ。 こいしの無意識の力か。さとりが隠し通そうとしている『Surplus R』としての側面、それに肉薄する追求が、こうも立て続けに来るなどと、さとりは覚悟する猶予もなかった。

2012-10-12 21:48:09
BIONET @BIONET_

「な、なんでそんなこと聞くの……? 死んでしまったペットの話をしても、悲しくなるだけよ。好きこのんで誰かに話したりはしないわ」 「……そっか。そうだよね」  こいしは、突如踵を返した。 「ご飯になったら、呼んでね」 「え、あ、うん……」 こいしは、ふらふらと談話室を出て行った。

2012-10-12 21:50:33
BIONET @BIONET_

さとりは、一秒の逡巡の後、開きっぱなしのドアから廊下を歩くこいしの後ろ姿を見た。その背中には、普段の浮遊感がなく、どこかぎこちなかった。  こいしの姿が角に消えたところで、さとりは談話室のソファーに戻った。座った途端、ソファーの柔らかさに吸い込まれるように体全体が沈み込んだ。

2012-10-12 21:52:49
BIONET @BIONET_

それは、先程の僅かなやりとりが、さとりにとって大きな疲れをもたらした印のようだった。 「ううん……詰めが甘かったかしら……」 冷静に考えれば、この間の作品投稿は迂闊であった。こいしは、おそらく今日地上に行った時に、なんらかの拍子で『頼れるアルフレッド』の存在を知ったのだろう。

2012-10-12 21:53:27
BIONET @BIONET_

それを糸口に、さとりが『Surplus R』ではないかと疑いを持つことは、誰だって容易なことだろう。  タイミングとしても、こいし達がバイオネットに興味を持ってすぐのことであったので、こいしが存在を知る確率は高まっていたはずだ。

2012-10-12 21:55:54
BIONET @BIONET_

「流石に、あの調子だと、確証を得ようと思えばすぐにできるわよね……下手なごまかしは逆効果になりそう」 こいしは意識こそ散漫であるものの、無意識の力故に、たやすく隠し事を見抜くことがよくある。意識を逸らそうとするほどに、こいしは逸らしたい方向に食いつく。

2012-10-12 21:56:54
BIONET @BIONET_

「まぁ……仕方がないか。その時は諦めるほかにないわね」 家族のこいしに正体がばれるのは、実際のところさほどのダメージではない。ただ、家族相手に隠し事をしていたという後ろめたさは拭えなかった。 「なんとか、口外しないように頼もう……チョコレートの禁制解除も検討かしら」

2012-10-12 22:00:09
BIONET @BIONET_

そうしてしばらく、さとりはソファに沈み込んだまま、言い訳の模索を続けた。

2012-10-12 22:00:21
BIONET @BIONET_

談話室でさとりが頭を捻っている間に、こいしは自室に辿り着くと、すぐさまベットに倒れ伏していた。

2012-10-12 22:04:24
BIONET @BIONET_

こいしの自室は、さとりの部屋に比べて、どこか殺風景だった。部屋の間取りは同じなのだが、姉の方が書斎めいて机や本棚、調度品が整然と置かれているのに対して、妹の方は申し分程度に家具とぬいぐるみが置かれているだけで、広く感じられる。

2012-10-12 22:04:51
BIONET @BIONET_

うつ伏せに寝転がって、こいしは煩悶としていた。 普段彼女と接している者は、今の彼女の眼差しを意外に思うかもしれない。その目は、いつもの焦点があっているのか定かではないものではなく、明確に何か一点を見つめていた。

2012-10-12 22:07:09
BIONET @BIONET_

そしてそれが、彼女自身の心にある問題に対して向けられているのだと、気づく者はいるだろうか。 (お姉ちゃんが、あの小説の作者なのは多分間違いないよね) こいしは、実は既にさとりが『Surplus R』であることを、確信していた。

2012-10-12 22:07:59
BIONET @BIONET_

何故なら、彼女は今日、稗田阿求とアリス・マーガトロイドと会話した後、命蓮寺の用事を済ませ、地底に帰る前にバイオネットで確認を取ったからだ。先ほどの談話室でのやりとりは、合格したテストの答え合わせのようなものであり、さして重要ではなかった。

2012-10-12 22:14:28
BIONET @BIONET_

『頼れるアルフレッド』は、地霊殿の住人でなければ思いつかないような要素や描写がちりばめられていた。なにより、主人公の犬が実在したアルフレッドそのものとしか思えず、当事者であるこいしは懐かしささえ覚えた。

2012-10-12 22:15:03