震災後、なぜ「嘘つき」が支持されるのか?精神科医・斎藤環の分析

震災後、なぜ「嘘つき」(U)が支持されるのかについての精神科医・斎藤環さんの分析をまとめました。 斎藤環(さいとう・たまき)さんプロフィール 医学博士・精神科医。医療法人爽風会佐々木病院精神科診療部長。1961年、岩手県生まれ。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学。批評家として文芸・アート・サブカルチャーなどについても著書がある。『文脈病 ラカン/ベイトソン/マトゥラーナ』(青土社)、『社会的ひきこもり』(PHP研究所)、『戦闘美少女の精神分析』(ちくま文庫)、『「社会的うつ病」の治し方』(新潮社)、『キャラクター精神分析』(筑摩書房)など著書多数。
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東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

森口尚史によるiPS治験デマが盛り上がってるけど、やはり思い出されるのはソウル大学の黄禹錫教授のてんまつ。黄教授は2004年から2005年にかけてヒトクローンES細胞の培養に成功したとする論文をサイエンスに発表し、一躍「国民的英雄」となった。

2012-10-14 21:10:02
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

韓国科学技術部は黄を「最高科学者」の第1号に認定、「黄禹錫バイオ臓器研究センター」が設立され、記念切手が計画され、大韓航空のファーストクラスに10年間乗り放題の権利が与えられ、巨大な銅像が建立され、多数の黄の伝記や漫画が発売されるに至った(Wikipedia)。

2012-10-14 21:10:19
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

卵子入手などの倫理問題を指摘した韓国文化放送 (MBC)の「PD手帳」は非国民と非難されスポンサーへの不買運動を展開されて放送休止に追い込まれた。その後もMBCへのデモ、不買・視聴拒否運動が拡大し、黄教授に対する批判は許さないという風潮が作り上げられていった。

2012-10-14 21:10:38
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

しかし2005年になされた調査で黄教授の論文が完全な捏造であることが判明、サイエンスに発表されたES細胞に関する2つの論文は全て撤回され、黄教授は一転「堕ちた英雄」に。

2012-10-14 21:10:58
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

スキャンダルの背景に成果偏重主義の国民性や素朴な愛国心、生命工学技術を輸出産業として育成するバイオ・コリア計画への巨額投資、この領域における国際的な覇権争いの激化による生命倫理観の欠如などがあった。ネット上で愛国的な世論が瞬時に形成されマスコミが追随する風潮も事態の拡大を招いた。

2012-10-14 21:11:27
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

生命科学の分野(に限らないが)では、研究者がつい自説に好都合なデータのみを使うといった落とし穴が多いという。これに正当に評価されない不満や業績評価の重圧などが加わり不正を生む。公正さを護るインフラと研究の透明性を評価に加えることの重要性。

2012-10-14 21:11:49
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

しかし、精神科医として興味深いのは、黄教授の捏造が徹底的に暴かれ、科学者としての信頼を完全に失ってしまった後も、彼を根強く支持しつづける者が大勢いたという事実のほうだ。古いニュースだがここに解説がある。http://t.co/JP2m4CjX

2012-10-14 21:12:06
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

支持者は繰り返し黄教授支持の集会を開き、むしろスキャンダルを暴いた側を批判しようとした。いわく「名誉毀損」「批判する資格がない」「捏造などは瑣末な問題だ」「米国との特許関係と絡んだ陰謀だ」などなど。

2012-10-14 21:12:23
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

要は「たかが捏造ごときで、彼のなそうとしたことの偉大さや正当性を否定すべきではない」ということか。なんか最近も、どっかで聞いたような文句だな。

2012-10-14 21:12:59
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

この不可解な現象について、社会心理の専門家は「ストックホルム症候群」として説明している。「黄教授が国家的な英雄だったがために独島問題のように国運がかかった問題だと思う人が多い」ソウル大学チャン・トクチン教授(社会学)。

2012-10-14 21:13:18
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

「多くの人々が黄教授についてあまりにも強い希望をもって来た」とし「終末論者たちが終末が来ないと落胆するよりは『今回ではなく10年後に来るんだ』とまた別の希望を持つものだが、今回の場合がそれに当たる」ソウル大クァク・クムジュ教授(心理学)。

2012-10-14 21:13:37
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

人質が強盗犯に愛情を抱いてしまう「ストックホルム症候群」をこの説明にもってくるのは面白い。あるいはトラウマティック・ボンディング(外傷性の絆?)理論もあてはまりそうだ。共依存関係と言っても良いが、トラウマが大きな鍵をにぎっている。

2012-10-14 21:13:56
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

それでわかった。震災後、なぜ「嘘つき」が支持されるのか。ずっと疑問だったのだ。「嘘つき」(以下"U"とする)は、たとえ捏造情報をばらまこうと、被曝デマを飛ばそうと、外紙記者の発言を捏造しようと、大手紙の記事を剽窃しようと、信者は支持をやめようとしない。なぜか。

2012-10-14 21:15:05
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

Uとその信者は「外傷性の絆」で結ばれているからだ。加害者と犠牲者、ここではUとU信者とのあいだに生じる強い感情的な結びつき。それが外傷性の絆だ。その条件は以下の通り。まず外傷的な状況がある。震災や原発事故がそれだ。

2012-10-14 21:15:21
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

(1)権力(情報)関係が一方的である。(2)嘘をつく行為は気まぐれな優しさや愛情を装いつつなされる。(3)U信者は自己防衛のために嘘や捏造を否認する。(4)外傷的な絆のもとでは、U信者は現実の認識すら変化させてしまう。

2012-10-14 21:15:39
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

信者はその関係性をたのむ度合いが大きいほど、Uの嘘を正当化しようとする。認知的不協和は強力な自己保存メカニズムであり、あらゆる証拠が彼の嘘を証明しているにもかかわらず、真実をねじ曲げてでもUの虚偽発言を正当化せずにはいられない。

2012-10-14 21:15:58
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

U信者は嘘をつかれ続けたことを誰に対しても(自分自身にも)認めない。外傷性の絆は、U信者の自我の基盤をむしばみ、本当の危険を正確に認識したり、代わりのアイディアを思いつくことを困難にする。だから、いったんこうした絆ができあがってしまうと、そこから抜け出すことは著しく困難になる。

2012-10-14 21:16:36
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

(被曝の)恐怖に圧倒された被害者はしばしば「解離状態」になったり、麻痺してしまって能動的な判断や行動が不可能になる。サバイバルモードを抜け出して安全が確保されない限りは正常な認知は回復できない。

2012-10-14 21:17:46
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

政府や東電という「敵」の存在もまた、「外傷性の絆」をいっそう固いものにしてくれるだろう。賭けてもいいが、Uはこれからも「敵」を攻撃し続け、嘘つきは連中のほうであると言い続け、危険性をあおり立てることで外傷性の絆をいっそう緊密にしようとするだろう。

2012-10-14 21:18:03
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

無自覚に(自覚的にやれるほどの知性は感じられない)これができるUこそは天性の詐欺師であり情報のabuserであると言いたくなる。外傷的状況に便乗したという意味では、精神医学的に最悪の火事場泥棒というべきだろう。傍目に信者は愚かしく見えるだろうが、彼らは二重の意味で被災者だ。

2012-10-14 21:18:25
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

彼らはこれからも孤立状態に進んで身を置き、「外傷性の絆」への依存はUとの関係が終わったあとも何年も続くかもしれない。その後にやってくるのは重いうつ状態や自殺念慮だ(このあたりはカルトの脱会者と同じ)。悪しき「絆」から解放された後の「信者」のセーフティネットが構築可能かどうか。

2012-10-14 21:19:06
東畑開人×斎藤環 対談集『臨床のフリコラージュ——心の支援の現在地』青土社 @pentaxxx

「嘘つき」はどこにでもいる。目の前の被災者にデマをささやきながら「もう日本はおしまいだ」と優しく微笑んでゴルフに出かけてしまうような男、それが「嘘つき」だ。

2012-10-14 22:29:11