〔AR〕その18
姫海棠はたては、まばらな林の上空を飛んでいた。今日も今日とて、新聞のネタ探しである。 はたての取材頻度は以前の倍以上となっていた。今までの紙媒体の新聞以外に、それとは記事の異なるバイオネット版を製作するようになった都合上、記事にするネタは常に枯渇状態なのである。
2012-10-17 21:01:55そして、取材の量を増やしても、記事に出来るネタは限られており、この四ヶ月、彼女は働きづめであった。 「『板が切り出される怪』は、食いつく同業者が多すぎて取材する気になんないしなぁ……」
2012-10-17 21:06:43最低限の休養はとっているとはいえ、ここ最近は休日を返上して幻想郷を飛び回っており、さしものはたてもやや疲労の色が滲んでいた。テンションもあまり高くはない。 しかし、それでもはたては、今追いかけているネタを掴みたいという欲求を諦めていない。
2012-10-17 21:07:04現在はたてが調査しているのは、とある噂話の検証である。はたてが現在飛んでいるこの一帯は松林で、人里の住人などが松の素材を求めて度々わけいる場所だった。ここで、人里の住人が奇妙なものを見たという。また、この場所に限らず、最近不可思議な何かを目撃するという噂話が、後を絶たない。
2012-10-17 21:09:52だが、その噂の内容というのが、どうにも判然としない。言うなれば、それは「本来ならば見えないようなものが見える」類の話だ。その見えるものについて、情報は非常に散逸的だ。所詮は噂話である故に仕方ないが、はたてはある程度の情報収集を終えてからも、奇妙な感覚を拭えなかった。
2012-10-17 21:13:18曰く、彼岸の季節でもないのに仏壇に拝んだ故人の姿が見えた。曰く、うなされるほどの悪夢に出てきた化け物が見えた。曰く、食べたいと思っていた食べ物が目の前に突然現れたように見えた――などなど。
2012-10-17 21:13:45それら一つ一つは、明らかに見間違いや勘違い、あるいは精々妖精か木っ端妖怪のいたずらや、まやかしで片付けられそうなものだ。 だが、はたては、様々な場所を取材して、噂や証言を集めていく内に、ある事に気付いた。
2012-10-17 21:13:59前述のような、何かを見た、と証言する者は、多くの場合バイオネットを自ら好んで利用していた。証言者と取材する際の世話話で、ほぼ確実といっていいほど、バイオネットという言葉が出てくる。
2012-10-17 21:15:26気になる事象はもう一つある。バイオネット上には、寄り合い所めいて誰もが利用できる共有設定の掲示板が用意され、好評を集めている。そこにも、噂話と同じような、見えないはずのものが見える話が頻出するようになった。
2012-10-17 21:15:45現時点では、あくまであちらこちらで噂話が頻出するようになった、というだけの話だ……そう言い切ってしまうこともできるだろう。因果関係を立証できる材料はない。そもそも、何か異変が起こっているかどうかすら、わかってはいないのだ。
2012-10-17 21:18:46しかし、はたては記者としての直感で、何かを感じ取っていた。まるで、バイオネットを取り巻く未知の何かが、人々を惑わしているかのようだと。 噂話とバイオネットの妙な符号に、気付いている者がいるかは定かではないが、少なくともはたてが知る限り、この噂話を他の天狗が記事にした様子はない。
2012-10-17 21:19:49これは、烏天狗の間にバイオネットの利用が定着していないせいだろう。何故なら、天狗コミュニティは、バイオネットを歯牙にかけずこともせず、八雲紫からの端末提供を拒否したのだ。よって、妖怪の山には守矢神社と河童コミュニティの二箇所にのみ端末が提供され、天狗はそれを静観する形となった。
2012-10-17 21:24:32――バイオネットスタート一ヶ月が経ったところで、天狗の新聞全体が信じられないほどの売り上げ減を経験したことについて、はたては優越感と危機感がない交ぜになった、複雑な感情を覚えた。
2012-10-17 21:32:34はたてはスタート当初からバイオネットに注目、花果子念報バイオネット版を始めたことが功を奏し、売り上げはともかくとして、多くの注目を集めることに成功した。現時点でも、休日返上が惜しくない程度には、良質の反響を得ている。
2012-10-17 21:32:46一方で、天狗の新聞業界は、混沌とした状況が続いていた。新聞の売り上げ自体は回復しつつあるが、それを作る烏天狗達は、はたてほど時代の潮流に適応しきっているとは言い難い。混乱に急かされているように、一部ではあたら新聞の発行数が増加しているという。
2012-10-17 21:32:59話が逸れたが、ともかく、はたては現在自分が追っている噂が、新鮮なネタになる可能性を強く信じていた。 そして、自分の推測が正しければ――はたて自身も、噂のような幻を見る確率は高い。
2012-10-17 21:38:00バイオネットを良く利用し、さらにはバイオネット上で自分から情報を発信している。噂の現象の対象者となる条件は満たしているといってよい。 「もし今この瞬間で現れたら、ラピッドショットでばっちり写真に納めて特ダネゲット、ってね……」 「私も撮って頂きたいものですわ」 「ぎょわー!?」
2012-10-17 21:38:32林をざわめかせるような悲鳴。弾かれるように、はたては声のした方を急旋回で振り返った。 そして、そこに存在していたツーショットに、さらに度肝を抜かれた。 「や、八雲紫に――パチュリー・ノーレッジ!」
2012-10-17 21:41:39驚愕する他ない。紅魔館の動かない大図書館と、境界に潜む妖怪の賢者。その二名が、屋外で、肩を並べているというこのシチュエーションは、これ自体が記事にできるのではないかといえるくらい、珍しいことだ。
2012-10-17 21:41:56「天狗って、どいつもこいつも声ばかり大きいわね」 「カラスの鳴き声が耳障りなのは、今に始まったことではありませんわね」 「さりげなく酷い事言われてる気が! で、何の用よ」 まだ動揺を隠せないが、はたては紫とパチュリーに訊ねながら、はたてははたと気づく。
2012-10-17 21:42:08「ま、まさか……私は、バイオネットの隠された秘密に肉薄している?」 あまりにもできすぎたタイミングだ。バイオネットにまつわるかもしれない噂を追っていたら、バイオネットの首謀者二名がそろって姿を現したのだ。これは何らかの重要な事実にぶつかったと考える方がはたてには自然だった。
2012-10-17 21:47:14「そうですわ、と言ったら?」 はたての背筋が凍る。しかし、ここで怖じ気づいてはネタを手に入れることはできない。こちらには言論の自由があるのだ……とはたては強気な態度を崩さなかった。
2012-10-17 21:50:59「や、やるってんの!? 魂胆は分かってるんだからね! 私にバイオネットのことを記事にされたら、あんた達のなんかわかんないけどいかがわしい企みが、ご破算になるからでしょう!」 「あー、説明するのめんどくさいから、話が通じるまで本読んでていい?」
2012-10-17 21:51:12パチュリーは、猛るはたてをジト目で見つめながら、懐から取り出した本を開こうとする。 「サポートくらいはしてちょうだいな」 紫はそれをやんわり手で制して、再度口を開いた。 「魂胆……そうねぇ、全部が全部、私たちの意図したとおりに運んでくれていれば、まこと面倒がなかったのですけれど」
2012-10-17 21:55:20「――どういうことよ。もしかして、私ってほんとに、マジでクリティカルな領域に踏み込んでる?」 どうやら、紫とパチュリーは、少なくとも直ちにはたてに危害を加えたりする様子はない。それで少し冷静になってきたはたては、紫の含みのある物言いに問う。
2012-10-17 21:57:58