中3女子が土偶について考察

土偶の正体と祈りについて
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狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

大きさによって分かれるでしょうが祭具ないしお守りでしょう RT @_w_dee: なんに、つかうんです? RT @bolero_MURAKAMI: 明らかに陰茎 http://t.co/dDxWhPjQ

2012-10-28 22:25:07
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狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

大きいものはムラの広場ないし祭壇に安置されただろうという学説。

2012-10-28 22:27:31
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

土偶は基本的に女性性ベースなのに対して石棒・石剣は完全に男性性がベースなので、ある意味縄文のジェンダーと言えるかもしれない。とはいえ、土偶の場合特に後期にかけて中性性、両性具有性、性融合性などの表現が見られるので、この時期に何らかの社会的環境的変化が起きたように思える。

2012-10-28 22:33:11
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

ちなみに晩期に入るとまた女性性の表現に回帰するのだが、今度は造形の非人間性が加速してる。

2012-10-28 22:34:44
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

ああ、土偶の造形の非人間性というのは全時代で共通しているのだけど、それと人間的なリアリズムも同居しているのが土偶の特徴であって、しかし晩期に入るとそのバランスが崩れていく。

2012-10-28 22:36:39
さきさか @_n_s_7_

@bolero_MURAKAMI 件のNHKの特集では精霊がモデルという説が紹介されてましたが、そこは実際どうなんでしょう。

2012-10-28 22:39:08
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

まず、先日の日曜美術館では「土偶=精霊」説が新説のように解説されていたが、考古学(縄文学)の世界ではずっと以前から言われていたもので、特に小林達雄先生の一派では定説(むしろ今更感が凄い)。ただし以前は小林先生も「神」などと言われたこともある(意味はだいたい精霊と同じ)

2012-10-28 22:43:54
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

土偶=精霊というのはもちろんアニミズムを念頭に置いたもの。渦巻く風や水や炎、聳える山や獣など自然の万物に霊が宿り、それらは魂の領域で同じ本質を持ち同根であるという思想。これは古神道にも繋がってゆく。

2012-10-28 22:47:25
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

土偶=精霊説の要旨は、なぜ頭部を欠くなど非人間的表現が貫かれているか、という点につきる。これは即ち「人間でないもの=精霊を表現するためには、人間の姿であってはならなかった」と説明される。簡潔かつ明快な推定であって、自分もこれはその通りだと思っている。

2012-10-28 22:51:25
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

ここからは自分の説。「土偶はアニミズム的精霊を表現したもの」これはまったく正しいが、何も精霊の表現は土偶にとどまるものではない。土器の文様もまったく同じである。

2012-10-28 22:55:27
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

獣やヒトガタや、波や炎、あるいはもっと抽象化された魂、精気といった表現は土器によく見られる。というより、すべての土器文様はそれをベースにしているといってもいい。

2012-10-28 22:55:58
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

ちなみに、土器の製法おとび文様表現が確立されたのは時代的に土偶より遙かに先行するので、その表現方法においても、土器→土偶という流れで成立したと考えるのが自然。

2012-10-28 22:57:48
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

ここで土偶の話に戻ると、土偶が「人間でないもの=精霊を表現するためには、人間の姿であってはならなかった」とするならば、逆説的に一つの疑問が湧く。「人間でないものを表現するのに、なぜヒトガタに似せた造形をしたのか?」

2012-10-28 23:00:31
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

自分の考えを述べると、土偶とは精霊の表現であるというのをもっと明確に言えば、「土偶とは祖霊の表現である」。祖霊信仰というのは端的に言えば祖先の霊を祀ることであって、これはアニミズムと同様に本邦における古くからの土着信仰。

2012-10-28 23:04:22
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

祖霊信仰とアニミズムは本邦においてもともと同一の観念だったと考えている。というのも、獣や自然物や自然現象に霊が宿り同根であると信じるなら、人間もまた同様だと考えるのが自然。祖霊とは死者の霊であると同時に自然と同一化した存在、つまり祖霊⊂精霊。

2012-10-28 23:09:04
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

「土偶=祖霊」だとすれば、もともと人間であったのだからヒトガタに似せた造形をするのが自然であり、またそれは既に肉体ある人間ではない精霊なのだから「人間の姿であってはならない」とするのも自然。

2012-10-28 23:11:53
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

更に土偶の「用途」と、たびたび議論される「なぜ手足や頭が意図的に欠損されたか」という典医ついても考えてみる。

2012-10-28 23:13:24
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

まず考古学的な定説について言えば、「土偶の手足や頭を破壊することによって何らかの祈りを捧げた」。これは前提にして良いと思う。問題は、破壊が意味することと祈りの具体的意味。

2012-10-28 23:17:19
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

ところで古代文化で死者の霊というのはしばしば、「死んであの世へゆくもの」であると同時に「これからあの世からこの世へ生まれてくるもの」でもある。例えば甕棺に入れた乳児の骨を戸口の地面に埋め、スカートを履いた母が跨ぐことで魂がまた地面から胎内に戻り、新たな命になるという風習がある。

2012-10-28 23:23:38
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

他にアイヌのイオマンテの儀式は、仕留めたヒグマの神(天上の神がヒグマの姿を借りて地上に降りてくるという思想)を神々の世界へ送り届けると同時に、それは再び神にヒグマの姿で地上に戻ってくることの祈願でもある。死したものは、ふたたびこの世へ戻ってくる。

2012-10-28 23:27:25
狂える中3女子ボレロ村上/陶芸C++er @bolero_MURAKAMI

土偶=祖霊という考えに立てば、土偶は死者の魂であり、また再び生まれてくる魂になる。これが意味するのはつまり命の豊穣祈願、簡単にいえば出産祈願。死者を安らかに送り再び生まれるよう祈る。これは「平均年齢が低く乳児死亡率の高い縄文時代で出産は切なる願いだった」という定説にも合致する。

2012-10-28 23:36:01
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