斉藤清二先生による連続ツイート「心理臨床における事例研究法理論の再構築のための予備的考察」

「心理臨床とは、臨床心理学という学問の単なる臨床現場への応用ではない。そうではなくて、対人支援としての現場での臨床実践がまず先にある。」 関連まとめ 続きを読む
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斎藤清二 @SaitoSeiji

「心理臨床における事例研究法理論の再構築のための予備的考察」として、過去に書いたものの一部を連続ツイートしてみたいと思います。あくまでも、試論かつ私論ですし、かなり理屈っぽい内容になりますので、ご容赦を。

2012-11-18 20:55:36
斎藤清二 @SaitoSeiji

①心理臨床とは、臨床心理学という学問の単なる臨床現場への応用ではない。そうではなくて、対人支援としての現場での臨床実践がまず先にある。実践の現場で刻々と体験される現象のシークエンスを注意深く観察し、記述し、データを収集して分析し、(続)

2012-11-18 20:57:53
斎藤清二 @SaitoSeiji

②(承前)・・そのプロセスをより深く理解し、実践の改善に益するような新しい知を産生し集積し伝達する、このような一連のプロセスが実践研究の一つの典型であると考えられる。しかし、ここで起こってくる素朴な疑問は、そういった活動は「科学的な研究」と言えるのだろうか?という問いである。

2012-11-18 20:59:09
斎藤清二 @SaitoSeiji

③過去20年ほどの間、医学・医療の世界においては、統計疫学的な研究こそが科学的な臨床研究であるという考え方が全世界を席巻してきた。いわゆるEBMというムーブメントである。この潮流は臨床心理学にも重大な影響を与えた。(続く)

2012-11-18 21:01:52
斎藤清二 @SaitoSeiji

④心理臨床の分野においても、効果研究(outcome study)こそが臨床における科学的研究であり、事例研究などの伝統的な研究方法は科学的研究とは言えないとする主張さえなされるようになった。しかし私は、実践研究は効果研究とは異なる種類の科学的研究であると考えている。

2012-11-18 21:03:41
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑤以下に引用する文章は、日本を代表する実験物理学者で、ニュートリノ観測の業績でノーベル賞を確実視されていた戸塚洋二氏が、仏教学者である佐々木閑氏のエッセイに触発されて、自身のブログの中で語った「多世界宇宙論」へのコメントである(戸塚, 2009)。(続く)

2012-11-18 21:05:44
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑥「論理的に整合の取れた理論構造は、天才の頭脳の中で無限に作ることができます。しかし、その理論を自然が採用しているかどうかは、まったく別問題です。そのため、自然がどの理論を実際に採用しているのかを観察等で調べることは、理論構築と同じかそれ以上に重要な科学作業だと考えているのです」

2012-11-18 21:07:09
斎藤清二 @SaitoSeiji

@TanTanKyuKyu おおむね、そのとおりです。私の中ではまだまだ未完成ですが・・。

2012-11-18 21:08:54
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑦ここには、科学の基本的な原則が明瞭に示されている。科学の営みとは、生活世界における現象体験を基盤とした、理論生成とその実証(私たちが生きている現象界での出来事と、その理論がどのくらい適合しているかの検証)のサイクルが作り出す、継続的で漸進的なプロセスである。

2012-11-18 21:10:33
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑧戸塚氏のコメントにおける「自然」の代わりに、「私が実践を行っているその現場(ローカルなコンテクスト)」という言葉を代入してみると、これは心理臨床の実践にほぼそのままあてはまる。(全く異なった状況を一種の「比喩」によって、類似のものとみなしているという危うさはあるが)

2012-11-18 21:12:26
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑨実際に私たちが生活し、実践活動を行っている現象世界において、理論は常に発展途上であり、最終的に真実が証明されるということはおそらくあり得ない。ここでは理論と仮説は同義である。

2012-11-18 21:15:05
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑩そうすると、臨床の実践とは、現場で体験される現象から仮説を生成し、その仮説が次の実践体験に妥当するかどうかを吟味しながら検証し、その経験に基づいて仮説を改変し、さらに精緻化していくという連続的なプロセスということになる。

2012-11-18 21:16:43
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑪つまりこれは、心理臨床の実践において、世界(あるコンテクスト)がどの理論を実際に採用しているのかを吟味しながら、理論をさらに改良していく作業であるとも言え、これはまさに科学的な営みの定義を満たしているといえる。

2012-11-18 21:17:41
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑫そしてちょうど多次元宇宙の併存が論理的には許容されるように、科学における正しい理論は複数あってもかまわないということになる。言葉を換えれば、ある実践を説明し、予測し、改良するための科学理論は一つであるとは限らず、複数の科学が併存することは論理的に許されるということになる。

2012-11-18 21:19:08
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑬Narrative Based Medicine(NBM)の創始者であるグリンハルは、クーンのパラダイム論を援用して、複雑な実践領域における科学研究の包括的レビューを行うための新しい方法論を開発した(2006)。これは、メタナラティブ・マッピングと呼ばれている。

2012-11-18 21:21:54
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑭クーンによれば、科学的研究とは、基本概念、単独あるいは複数の理論、合意されている方法論的アプローチ、採用されている道具のセット、の4つを必ず備えている。そしてどのような科学的知見も、ある特定の研究パラダイムの中で解釈されることによってのみ意味をもつ。

2012-11-18 21:23:23
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑮言い換えればどのようなグループの研究者も、パラダイムと呼ばれる特定の「眼鏡のレンズ」を通して世界を見ている。あるパラダイムの中では当たり前のものとして解釈され共有されるものが、別のパラダイムにおいては、全く共有不能になってしまう。(これには異論もあるが・・)

2012-11-18 21:24:55
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑯例えば行動科学と呼ばれるひとつのパラダイムは、特有の定義、理論、方法論、道具をもっているし、臨床疫学というパラダイムにはまた別のセットがある。それが、別の科学パラダイムにシフトするならば、方法論や道具が全く異なるばかりか、その拠って立つ理論も、その概念も異なるということになる。

2012-11-18 21:27:13
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑰例えば、精神分析やナラティブ・アプローチは、行動科学や臨床疫学とは全く異なった、定義、理論、方法論、道具のセットを採用している。重要なことは、そのようなアプローチが科学であると言えるかどうかは・・・(続く)

2012-11-18 21:29:16
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑱(承前)・・採用されている道具(例えば尺度調査や、MRIなどの電子機器を使っているかなど)によって決まるのでもなければ、特定の方法論(統計学的方法が採用されているかどうかなど)によって決まるのでもないということである。

2012-11-18 21:30:25
斎藤清二 @SaitoSeiji

⑲それらが科学であるかどうかは、「どのような科学パラダイムが、この研究において採用されているか」という疑問に対する、詳細な省察と説明によって明らかにされるだろう。・・・・以上でいったんツイートを中断します。

2012-11-18 21:31:55
斎藤清二 @SaitoSeiji

今後はEBPP2006と命名して明確に区別することにしましょう(笑)@psypub@SaitoSeiji ・・心理療法のエビデンス議論は,2005年以前の認識で行なわれてることが多いように思います。そこの呪縛(?)が解ければ,議論自体が生産的になる

2012-11-19 16:50:54
斎藤清二 @SaitoSeiji

@trishgreenhalgh Greetings! I found your Twitter account. Seiji Saito in Toyama, Japan

2012-11-23 11:35:57
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コメント

モエゾウ(もえぞう) @moe_zou 2012年11月28日
斉藤清二先生による連続ツイート「心理臨床における事例研究法理論の再構築のための予備的考察」第二部、第三部を加えてまとめを更新しました。
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