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曹操の外交政策の巧さ

幾つかの事例から曹操の外交政策の巧さについて
歴史 三国志 外交政策 曹操
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鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
今日満田先生の話をお聞きして思ったこと。曹操の他群雄との外交関係をしっかり見てみると面白そう。うまく劉表包囲網ができてる。
敎団 @Vitalize3K
@my_birthday0128 街道の集いに参加されたんですね☆お疲れ様です。どのような面白いお話をされたんですか??
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
@Vitalize3K 集い自体は郭嘉のおはなしだったんですが、その後でいろいろとお聞きしまして。劉表が官渡の裏で動けなかったのは曹操が外交的に包囲していたからではないかとおっしゃってました。
敎団 @Vitalize3K
@my_birthday0128 Ustreamに今回の内容がうpされていたんで、そちらを見ていますが、忘年会羨ましいです。官渡の戦いの時は確か長沙太守の張羨が反乱を起こし、劉表はそれを鎮圧するために曹操の背後をつけなかったんですよね。各勢力毎に対応していたので用意周到ですね。
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
@Vitalize3K やっぱり曹操はすごいですね!その立役者は荀彧か誰かだったんでしょうかね
Archer @Archer12521163
@my_birthday0128 官渡の戦いのときに長沙で反乱を起こした張羨は、曹操に使嗾されたとみるべき?
お菓子っ子 @sweets_street
@Archer12521163 @my_birthday0128 僕は「曹操が長沙太守に任命した」という線も疑ってますよ
Archer @Archer12521163
@sweets_street @my_birthday0128 となると、曹操と張羨がどのように結びついて、なぜ後者が長沙太守に任命されるに至ったかが気になります。『三国志』をすべて読んだわけではないので見落としているだけかもしれませんが…
お菓子っ子 @sweets_street
@Archer12521163 @my_birthday0128 張羨は零陵や桂陽一帯の地方官を歴任した荊南の有力者だったそうです。もしかしたら、土着して軍閥化した地方官だったのかも知れません。朝廷に臣従する代わりに長沙太守の位を授かったのかもです
Archer @Archer12521163
@my_birthday0128 張羨に仕えて曹操に味方するように進言しているのですね。そのあたり面白そうなので帰ったら『三国志』見てみます
お菓子っ子 @sweets_street
@Archer12521163 @my_birthday0128 あと、「孫賁に長沙を、張津に零陵と桂陽を任せる」という記事が孫策伝にあります。このことから張津=張羨説を唱える人もいますね
Archer @Archer12521163
@sweets_street @my_birthday0128 ありがとうございます。張羨の死後にその子を立ててまで豪族たちが反乱を継続していることからも、荊南に相当な力を持っていたと思われますね。張津=張羨も興味深い説です。帰ったら当該部をチェックしています。
お菓子っ子 @sweets_street
@Archer12521163 @my_birthday0128 桓階は孫堅によって孝廉に推挙されて尚書郎を務めた後に服喪のために帰郷し、朝廷に戻らずに張羨に仕えています、桓階の家も力があるっぽいので、荊南で張羨の勢力の一翼を担っていたのかも知れませんね
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
英雄記を見ると劉焉が死んだ後、長安政権は新たな州牧を派遣している。英雄記の記述はどの程度信用して良いのかわからんが劉璋が正式な州牧となったのは劉焉死後すぐではなさそう。この正式州牧任命と趙韙の征東中郎将任命は曹操の外交的劉表包囲の一環という可能性はなかろうか
お菓子っ子 @sweets_street
@my_birthday0128 当然のように包囲戦略の一環だと思っていました
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
@sweets_street やっぱりそうですか!曹操の外交政策ってすごいんですね。これからはそういう視点を持って読んでいきたいです。
お菓子っ子 @sweets_street
@my_birthday0128 あと、黄祖を攻めた際に周瑜が江夏太守、呂範が桂陽太守、程普が零陵太守の肩書きを持っていたことが孫策伝に見えます。当時の孫策は曹操と協調関係にあったので、孫策陣営の幹部を荊州の太守に取り立てて劉表に対抗させるつもりだったのかもです
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
@sweets_street なるほど!ますます見事ですね。外交方面で献帝を奉じたことがけっこう役に立ってるんですね。
お菓子っ子 @sweets_street
@my_birthday0128 正規の官位を発行できるってとても大きなアドバンテージなんですよ。皇帝の家来になるのと、袁紹や袁術の家来になるんじゃ立場が違いますからね。皇帝の家来になった方が権威が高まるし
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
@sweets_street そうですねえ。献帝奉戴の利益がようやく明確にわかった気がします。いままでは大義とかいうあいまいなものしかかんがえてませんでしたが
お菓子っ子 @sweets_street
@my_birthday0128 当時はどの群雄も「漢の皇帝の臣下」という建前で動いてるから、皇帝から直接官職を貰って「漢の皇帝公認の臣下」になった方が行動に説得力が出るんですよ
鎮虎大将軍雲子 @my_birthday0128
@sweets_street 考えてみると当たり前のことなんですよね。現代でも勝手に官位を名乗ってるのと、ちゃんとした国家公務員では信用に歴然の差がありますしね。
お菓子っ子 @sweets_street
@my_birthday0128 乱世だからこそ正当性をしっかり確保して、「お前は官位を自称してる悪者だから、皇帝陛下直々に任命された将軍である私が討伐してくれるわ」なんていちゃもんつけられないようにしなきゃいけないんです

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