菊地誠と東浩紀とソーカルと

まとめました。
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kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

SF大会の懇親会で出た話題について。比喩というのは、それが比喩として機能する相手にしか意味を持たないわけです。たとえば、「フラクタル」を比喩とするなら、その言葉で「雪の結晶みたいな形ね」と思う人と「フラクタル次元はいくつなんだ?」と思う人とでは機能のしかたが違う @hazuma

2010-08-10 12:05:27
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

比喩はそのものずばりではないことによって、相手の知識次第でまったく違う受け取られ方をされうるし、もちろん、時代が変われば受け取られ方も変わる。この点は比喩を使う側が当然負うべきリスクなわけです @hazuma

2010-08-10 12:11:24
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

僕の考えでは、科学的な用語を「比喩」として使うのがいけないのではなく、たとえば「フラクタル」を比喩としたときに、フラクタルに詳しい人から「フラクタルのどの側面を比喩に使っているのか」と問われるのはしかたないということです。共通認識のないところに比喩は成立しない @hazuma

2010-08-10 12:13:09
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

逆にフラクタルを知らない人に対して比喩としてフラクタルを使っても通じないわけですから。@hazuma

2010-08-10 12:14:14
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

いっぽう、フィクションはどんなでたらめを書いてもいいので、でたらめでかまわない。ただ、たとえば「ニュートリノで人体をスキャンする」と書かれたら「それは筋が悪いなあ」と思う人が一定の率いるのはしかたない。そう思っちゃった人はもうその作品を楽しめないかもしれない @hazuma

2010-08-10 12:17:16
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

それはもう作家側が負うべきリスクとしかいいようがないわけです。読者の知識の程度によって楽しめたり楽しめなかったりするのは当然なので。「どれだけの読者をあきらめるか」と「うまい嘘のつきかた」の問題でしょう。 @hazuma

2010-08-10 12:20:58
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

「科学的に正しいSFなどありえない」というのが当然理解しておくべき基本なのだけど、それでも「そうは言っても、この間違いには本を閉じたくなった」とかそういうレベルの話はいくらでもあって、それは読者個々人の「ツボ」の問題だから、解決策はない @hazuma

2010-08-10 12:46:27
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

何度も書くけど、小説のジャンルというのは重要なのです。その問題については『黄色い部屋はいかに改装されたか』を読めと、何度でも言いたい

2010-08-10 12:54:34
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

もちろん「歴史的に正しい歴史小説」などない

2010-08-10 12:55:13
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

なんか @kikumaco さんからいろいろツイートされていることに気付いた。

2010-08-10 13:37:13
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

この手の話はネットで議論するとすぐ炎上するので、遠慮させてください。申しわけないです。 @kikumaco

2010-08-10 13:38:14
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

いずれにせよ、ぼくは(当日も議論ではなかったと記憶していますが)ソーカルは基本正しくて、ただ、あのとき言ったのは、(1) たとえば、ラカンは完璧アウトだけど、ドゥルーズは中ぐらいで、デリダはちょっととばっちりじゃなかろうかとか、そういう細かい差異はあるのはあるのだということと。

2010-08-10 13:39:55
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

(2) ひとには比喩を使う権利はあるし、(ここ大事ですが)そもそも大陸系の哲学の一部はとうの昔に科学ではなく文学になっているのだから、比喩を比喩として使っている人間をあまり暴力的に断罪するのもいかがなものか、という2点につきています。

2010-08-10 13:41:43
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

たとえばフランスだとわかりにくいのでドイツの例で行くと、フッサールの科学的誤謬を衝くのは意味があるけど、ハイデガーの誤謬は衝いても意味がない。あれはカルナップが同時代に正確に指摘したように科学よりも詩に近い言語だからです。

2010-08-10 13:43:17
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

そしてラカンはそもそもが、「フロイトのハイデガー的解釈」のひと、つまり「科学言語の詩的再構成」をやっているひとなのであり(そんな彼が精神分析という「科学」を標榜していたことは責められるべきでしょうが)、したがってあまり彼の科学的誤謬を衝いても意味がないのです。

2010-08-10 13:45:11
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

……といった感じかな。結局応答してしまったw でもこれ以上は遠慮させてください。ほんと、すぐにいいがかりがくるのです。@kikumaco

2010-08-10 13:45:59
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

ちなみにぼくは(だれでもそうだと思うけど)、ぼくの文章が嫌いなひとに「好きになれ」なんて言ったことはありません。そうでなくて、たとえみなさんの目から見えぼくがバカでくだらない人物でも、ぼくの文章が好きなひとはいるのだから、放っておいてくれと言っているだけです。@kikumaco

2010-08-10 13:47:56
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

@hazuma さんは人のツイートを気にしすぎるから

2010-08-10 14:34:38
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

比喩を使う権利も自由もあり、それを批判する権利も誰にでもありますね。そして、これは「ジャンル」の問題ですが、文学における比喩は端的に「うまいか下手か」「通じるか通じないか」、あるいは「どれだけの読者をあきらめるか」に尽きると思います。あ、別に返事はなくてもいいです @hazuma

2010-08-10 14:47:49
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

フィクションの中でなら、なにをどうでたらめに使おうとかまわない。フィクションというのは嘘を書くものなので、「でたらめ」だという理由で非難するのはどうかしています。ただ、「でたらめ」だという理由でつまらなく感じることも読者の権利なので、それはしかたがないのです。 @hazuma

2010-08-10 14:51:38
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

全面的に同意しています。RT @kikumaco 比喩を使う権利も自由もあり、それを批判する権利も誰にでもありますね。そして、これは「ジャンル」の問題ですが、文学における比喩は端的に「うまいか下手か」「通じるか通じないか」、あるいは「どれだけの読者をあきらめるか」に尽きると思い

2010-08-10 14:55:47
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

そしてこれも同意しています。RT @kikumaco (..) フィクションというのは嘘を書くものなので、「でたらめ」だという理由で非難するのはどうかしています。ただ、「でたらめ」だという理由でつまらなく感じることも読者の権利なので、それはしかたがないのです。

2010-08-10 14:56:12
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

というか、ぼくも小説書いたりアニメの原案やったりしているので、そんなことは十分承知しているつもりです。ぼくは「QF」なり「クリュセ」なりについて、「これをおもしろいと思わないのはきみがダメなのだ」とは一瞬も一回も言ったことがないはずです。なにか誤解されているのでは……

2010-08-10 14:57:19
東浩紀 Hiroki Azuma @hazuma

おもしろい、おもしろくない、と思うのが読者の権利なんて、そんな基礎的なことをわかっていない人間だと思われている、という事実に深い衝撃を受けている。そんな先入観をもたれているのでは、ぼくはもうどうしようもないです……。S

2010-08-10 15:00:51
kikumaco(10/31,11/22ビッグアップル) @kikumaco

いや、それが考えすぎなんですよ。僕は「面白い面白くないは読者の権利だということも東は理解していない」なんてことは言っていないんですよ @hazuma

2010-08-10 15:03:04
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コメント

-24dbLOPASS @24dbLOPASS 2010年8月10日
「単なるユーザーなの?というがっかり感」て指摘はいいなぁ。そしてあずまんもそれを自覚しているという。この二人には是非現代ビジネスあたりで対談してほしいな
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saitou @taroriX 2010年8月10日
科学を哲学に持ち込むのではなく、哲学を科学に持ち込む事は可能なのか?東氏が言う「役に立つかどうか」という悩みは、恐らく、科学が科学のみで達成できる目標を、どう拡張できるのかという事なのかも。
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@minazuki_eve 2010年8月10日
東浩紀って科学者と付き合いがあるの?
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いしかわ ひさし @cQ_Q 2010年8月13日
ニューアカ系みたいに簡単な事を難しく(科学的エレガントで装う文章とかかな?)ではなく、難しい事を簡単な言葉で語りたい、と東氏はツイートしてたっけ。そう言うところ、このやり取りを見ても一本筋が通っていると。僕は哲学も科学も分からないけど、東浩紀氏が広く支持されて来たのは、そういうことなのではないかと思ったりする。
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望月茂 @motidukisigeru 2010年8月13日
東浩紀が、ラカンやらを援用して行ってきた、社会分析や評論は、科学的根拠のない「文学」という理解でよいのだろうか?
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@minazuki_eve 2010年8月13日
おまけを追加したよ
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@arbel3000 2010年8月16日
うーんでも、科学の専門用語を「比喩ではなく厳密に使った」と言い切った彼女はどうすればいいのか‥
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@minazuki_eve 2010年10月17日
マンデルブロが死んじゃった。
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andoo @ando_kouta77 2013年1月24日
@hazuma氏の事件に対する姿勢に強い違和感。「哲学が変なことになった」という自覚が生まれたのが事件前なら「なぜ黙っていたのか?」ということになるし、事件後なら「門外漢のソーカルですら気付いたデタラメに、専門的に研究しているあなたが何故気付けなかったのか?」ということになる。つまり知的に不誠実であるか、そうでなければ余りに無能だったと言うことになる。どちらにしろ批判を受ける側の立場であって、「ラカンはアウト」などと人事のように批評できる立場ではないはず。
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