嘆きのサイレン

突発オリジナル
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羽川 跳 @zyosehuinu

30 m3程の部屋があった。床も天井も四方の壁も無機質な灰色のタイルで、窓や出入り口の類は見当たらない。調度品のようなものは勿論のこと、置かれた物は何一つ無く。ただ、独りの少女が倒れ伏すのみだ。 1

2012-11-21 22:48:03
羽川 跳 @zyosehuinu

牢獄にすら出入り口や窓は存在するのだから、この部屋を正しく評するのなら「箱」や「空間」といった方が良いのかもしれない。そんな部屋に、少女が放り込まれている意味とは何か。彼女は薬物で眠らされており、今のところ生命にも健康状態にも異常はないようだ。 2

2012-11-21 22:49:27
羽川 跳 @zyosehuinu

やがて、少女は目を覚ます。そして当然、自らの置かれた状況に混乱し、まずここに来る前のことを思い出そうとして――出来ない。何らかの理由で、記憶があやふやになっているようだ。一般常識的なことはなんとか判るが、自らの生い立ちや家族知り合いについてが全く思い出せない。忍び寄る、戦慄。 3

2012-11-21 22:53:54
羽川 跳 @zyosehuinu

ひとしきりの狂乱を越えた後、少女は脱出手段を探そうと部屋の中をあれこれ探索してみたり、誰かがこっそり聞いているのではないかと期待して喚いてみたりもしたが、全て徒労に終わる。そして、疲れ果てへたり込んでしまった彼女の脳裏に、突如閃く一つの光景。――どうやら自分は十一歳だ。 4

2012-11-21 23:01:34
羽川 跳 @zyosehuinu

蘇った記憶では、自分の十一歳を祝う誕生日パーティーが開かれており、己の感覚を信じるならば、それはおそらく昨日のことだ。誕生日ケーキの蝋燭を吹き消す自分が、確かに幸せな気分だったことを思い出し、少女は理不尽に苛まれる現状の謎に対して怒り、また涙した。 5

2012-11-21 23:07:54
羽川 跳 @zyosehuinu

更に数時間が経過し、少女を生理現象が襲う。彼女は空腹だったし、尿意もそろそろ限界だった。どんなに目を凝らしても、改めて見回しても、部屋の中にトイレは無く、食べ物も無い。再び少女の顔は絶望に彩られた。 6

2012-11-21 23:09:16
羽川 跳 @zyosehuinu

少女はあらんかぎりの憎悪を以って、聞く者の居ない罵詈雑言を虚空へ吐き捨て、それでもまだ悩み、苦しみ、湧き出る様々な情動と戦い、そして――部屋の隅で致そうと決断した時。彼女の意識は眠りの中へ溶けていた。いつの間にか部屋を満たしていた、睡眠ガスによってだ。 7

2012-11-21 23:11:15
羽川 跳 @zyosehuinu

次に彼女が目覚めた時、尿意はすっかり消え失せていて、服も先刻と全く違うものに着替えさせられていた。意味するところは一つしかない。ほんの一瞬、全てが夢で、自宅のベッドで目覚めたのではないかと少女は期待したが、そこは変わらず無機質な閉鎖空間であった。 8

2012-11-21 23:17:54
羽川 跳 @zyosehuinu

「ぶるり」と。身を震わせる感情は羞恥なのか、あるいは憤怒なのか、もしくは別の某か。最早皆目わからぬと、情動を持て余していた彼女は、空腹感と再会する。そして鼻腔が気付く、香ばしい匂い。眠る前の部屋には無かった要素。 9

2012-11-21 23:20:16
羽川 跳 @zyosehuinu

目を向けると、部屋の隅に盆が一つ置いてある。湯気が立ち昇る程の、出来立てだ。この部屋は、自分が入れられた後密閉された訳ではなく、ちゃんと出入り口が存在するらしい。とりあえず自分を生かすつもりはあるようだと結論付け、少女は飯をかっ喰らうことに決めた。強かに、強かに。 10

2012-11-21 23:26:02
羽川 跳 @zyosehuinu

しばらくは、変化のないまま時間だけが過ぎた。その中で判明したことといえば、排泄と入浴と更衣と食事の用意だけは誘拐犯が継続的にしてくれるらしいという、それだけ。睡眠ガスのようなもので眠らされている間で、勝手にだ。その時以外の干渉は、体感で一週間程が過ぎた現在まで皆無。 11

2012-11-21 23:33:43
羽川 跳 @zyosehuinu

あまりにも単調で、時間の経過すら体感でしか把握出来ない中、遠からず発狂するであろうことは十一歳の頭でも漠然と思い至る。そんな中、最初の目覚めから十三回目のガス睡眠から起きた彼女は、また新しく部屋に増えた物を見つける。それは小さなスピーカーと、リモコンのようなものだった。 12

2012-11-21 23:41:13
羽川 跳 @zyosehuinu

手にとって見れば、スピーカーにはアンテナが付属している。となれば、些かシンプル過ぎる造りではあるが、スピーカーではなくラジオだろうか。手のひらサイズのリモコンには、等間隔に並ぶ三つのボタン。少女は試しにリモコンをスピーカーへ向け、ひとつボタンを押した。 13

2012-11-21 23:45:52
羽川 跳 @zyosehuinu

ただの鉄屑だったスピーカーが、突如陽気に笑い出した。声の質は三十代か、四十代辺りの男性。ノリの良い音楽も背景に流れている。聞き覚えは無かったが、形態にはすぐ思い至った。やはりこれはラジオなのだ。少女は押さなかったボタンの残り二つを順に押してみたが、無反応。 14

2012-11-21 23:48:59
羽川 跳 @zyosehuinu

電源を入れたスイッチを押してみても、やはり無反応。ラジオが自分の声を拾ってはいないかと話しかけてみたり、外観を調べたり、ぽこぽこ叩きもし、変わらず無反応。仕方ないかと早々に諦め、少女は横になってラジオに耳を傾けた。腹ではなく心が、他者に飢えていたのだ。 15

2012-11-21 23:51:02
羽川 跳 @zyosehuinu

それはどこにでもあるような、流行りのJ-POPを垂れ流したり、DJやゲストのトークを楽しんだりする、現代風のラジオ番組だった。放送時間は55分程。実際は存在しない番組だったが、少女には知る由も無い。時間たっぷり、じっくりと聞き込んで、番組終了と同時、彼女ははっと我に返った。 16

2012-11-22 00:04:05
羽川 跳 @zyosehuinu

番組終了を見計らって、ラジオの電源が切れてしまったのだ。少女は慌ててリモコンのスイッチを連打したが、三つのどれを押してもうんともすんとも言わない。どれだけ試しても再び電源が入ることはなく、癇癪を起こした彼女はリモコンを壁に叩き付け、冷たい床に不貞寝してしまった。 17

2012-11-22 00:09:10
羽川 跳 @zyosehuinu

また次に目を覚ますと(無理矢理自然に寝たのに、恐らくその後お決まりの睡眠ガスタイムがあったのだ)出来立ての食事が用意されており、ラジオとリモコンもその側に置かれていた。惰性で盆に手を伸ばし、少し迷った後少女がリモコンのスイッチを一度押すと、あっさり電源が入ってしまった。 18

2012-11-22 00:10:05
羽川 跳 @zyosehuinu

さっき操作を受け付けなかったのはなんなんだと少女は憤慨するも、やはりラジオを聞きたい欲が勝つ。流れだした声は先程と違って、今度は十代後半くらいの女の子。きゃぴきゃぴした黄色い声は、意外と流暢で聴きやすい。大人の男性DJより親近感も湧く。 19

2012-11-23 22:15:19
羽川 跳 @zyosehuinu

最初に押したボタンは左の一個だったが、今押したものは真ん中だ。だから局が違うんだろうな、と少女は納得していたが、段々と表情に困惑が混じってくる。番組の内容が、どうもおかしい。 20

2012-11-23 22:20:19
羽川 跳 @zyosehuinu

最初の番組で流れた内容は、トークの内容もBGMも比較的馴染み深いものだった。しかし今度の女の子DJが喋る内容といえば、魔法がどうとか、人が空を飛ぶとか、カミサマや妖怪がどうとか、荒唐無稽な話ばかり。しかも創作について語る調子ではなく、これが日常だという前提の話し方だ。 21

2012-11-23 22:25:19
羽川 跳 @zyosehuinu

そういうコンセプトの番組なのだろうかと、少女が頭を捻っているうちにまたラジオは黙ってしまった。放送時間は以前と同じく55分。余計なことを考えず、もっと楽しんで聴けば良かったかなと、思いつつ少女はある程度覚悟してリモコンを操作する。無反応。少し、わかってきた。 22

2012-11-23 22:30:20
羽川 跳 @zyosehuinu

リセット。睡眠ガスからの目覚め。少女は盆の食事を何の感慨もなく平らげ、前二度と全く同じように置かれているラジオを睨みつける。しばし唸り、悩む。リモコンを手に取り、今度は右側のボタンを推す。流れだすのは、また新しく聴くパターンの番組だ。この声は、いや……人間じゃない? 23

2012-11-23 22:35:19