イスラエルによる「占領」の忘却について

関連まとめ:「ガザ情勢と中東紛争をめぐる一ユダヤ研究者のつぶやき」http://togetter.com/li/410610
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直立演人 @royterek
ハマスは「占領」という言葉をつねに付け加える。パレスチナ人が闘っているのは、単なる「ユダヤ人国家」ではなく、占領という現実なのだ。一方、現代ヘブライ語の「占領」(kivush)という言葉が同じ文脈で使われることはない。占領地には「地帯」(shetakh)という曖昧な語が使われる。
直立演人 @royterek
イスラエル人が使う現代ヘブライ語の用法を見ると、彼らがどの程度「占領」という現実を意識し、向き合っているのかを疑問に思わざるを得ない。
直立演人 @royterek
イスラエル人は事実上の占領下にあるヨルダン川西岸地帯のことを単に「地帯」(shetakh)と呼び習わしてきた。一方、パレスチナという土地をユダヤ人は「イスラエルの地」(Eretz Yisrael)と呼んできたが、そこに根づいたイスラエル人はただ「土地」(Ha'aretz)と呼ぶ。
直立演人 @royterek
何をもって「占領」と呼ぶかは議論の余地があるものの、パレスチナ側が占領をつねに意識しているのに、イスラエル側が占領に目つむり続けている限り、お互いの認識のギャップは埋まらぬどころか、広がっていく一方だろう。イスラエル人はそもそも自分達が占領に関与していると自覚しているのだろうか。
直立演人 @royterek
イスラエル人の意識の中で占領に対する責任意識が薄まった要因ははっきりしている。空間認識においては、シャロン政権時代に実施されたガザからの「分離」(ユダヤ人入植地の撤収)と、西岸における壁の建設であり、心理面では、自爆テロとロケット砲攻撃の恐怖による一方的な被害者意識の確立である。
直立演人 @royterek
もう一つ忘れてはいけないファクターは、イスラエルの生存権を認めていないとユダヤ人側から概ね理解されているハマスがパレスチナ側の支配者となったことである。これらすべての要因が相まって、イスラエル人の大半から、自分達の国家は占領に責任があるという意識が拭い去られてしまったわけである。
直立演人 @royterek
さらに事態をいっそう紛糾させている要因がある。それは、1967年戦争の停戦ラインであるグリーン・ラインの向こう側(すなわち他ならぬ占領地帯)に居住するユダヤ人住民の性格の著しい変貌である。
直立演人 @royterek
かつて西岸の占領地域には、IDFの駐留部隊の他には、大イスラエル主義を掲げる原理主義的なユダヤ人入植者(宗教シオニストないし国民宗教派)しかいなかった。政府や軍の命令に抗って、時には黙認される形で入植地を拡大した彼らは明確なイデオロギー集団であり、数的には取るに足らぬ存在だった。
直立演人 @royterek
それが、オスロ合意の失敗と第一次インティファーダを経て、イスラエル政府は、エルサレム周辺地域を中心に、グリーン・ラインを越えた土地に住宅地を次々と建設することにより、そこにロシアからの移民や超正統派ユダヤ教徒といった低所得者層に、比較的快適な住居を安価に提供していったのである。
直立演人 @royterek
ロシア系移民や超正統派ユダヤ教徒たちは、当然ながら、極右と言える宗教シオニスト(国民宗教派)のような明確なモチベーションもイデオロギーも持ち合わせていなかったが、中東紛争の問題点をさほど理解していない彼らに、自分たちが住むことになる土地が明確な係争地であるとの認識は希薄だった。
直立演人 @royterek
したがって、イスラエル政府の無責任なお墨付きを受けて、明確なイデオロギー集団以外のユダヤ人たちまで占領地域に住まわせることになった結果、西岸のユダヤ人入植地拡大の既成事実化を推し進めただけでなく、占領地域からの入植地の撤収とIDFの撤退を、いっそう困難にさせてしまったわけである。
直立演人 @royterek
【訂正】少し前のツィートで「オスロ合意の失敗と第一次インティファーダを経て」と書きましたが、正しくは「第一次インティファーダ(1987年~)からオスロ合意(1993年)の失敗を経て」でした。失礼しました。

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